開きたるは異界の門か、それとも神域か
人には歴史あり。
その連続性を失おうとも。
偽物が本物と証明するにはどうしたらいいか。僕はこの疑問を、バイクで移動する数日間考え続けていた。
例えば、容姿が違う。
これは実にわかりやすい例ではあるが、見たまんまの相違点を答えればいい。
では、容姿が一致していれば何処で判別すればいいのか。答えは簡単、性格だろう。
人格というのはそれこそ模倣できる代物ではなく、フィクションで言えばかなりありふれた看破要因だ。理解が浅ければ浅いほど、細部の差異に着目され、果ては追及され看破へと至る。
そして、ここが最後というところか。
性格まで同じとなれば、着目するべき場所はおそらく話し方となるだろう。
口調や発音、区切り方。列挙しようとすればキリはないが、三つのいずれかが大きな枠組みだろう。いずれか違えば違和感の積み上げには十分だろう。
「………い」
しかし、相手は怪異でドッペルゲンガーだ。
完璧な模倣で名を連ねる有名人を、世界に対して偽証を成立させる怪異を、果たして僕は倒せるのだろうか。
「お………」
大体なんで僕は怪異と旅行なんざしているんだ。さっさと帰って家のベッドに横になりたいというのに、昨日は漫喫で寝させられて寝不足だ。全くふざけている。
「おーい!着いたって」
「え?」
無心でしがみつく僕の腕を叩き、今すぐ離すように促す。
「あぁ、すまない」
手を離すとドッペルゲンガーはすぐさまバイクから降りて、ハンドルを握っていた手を軽く叩き合わせて汚れを払う。
「ほら」
何を考えているのか、ドッペルゲンガーは笑顔で手を差し出してくる。
「あぁ、ありがとう」
その手を遠慮なく握り、バイクから降りる。
「行くよ」
「おい、ちょっと」
握った手はそのまま強く握り返され、ズンズンと前に引っ張られる。
「なんでそんな急いでるんだよ」
「自分の元ネタを知れるんだよ。気持ちが逸るに決まってるじゃないか」
引っ張られながら進んでいくと、山をくり抜いたように連なる階段が姿を現す。斜めに重なる階段はその行先を隠し、ネタバレを防止している。成程、こりゃやばそうだ。
「ここ登るのかよ」
旧家というのは、山の上に建てないと気が済まない性分でもあるのかね。行き道はまさしくテンプレをなぞっており、建物の規模もおそらくフィクションよろしくの馬鹿でか屋敷だろう。それに倣って驚かないように規模感を脳内アップデートしておくか。
「えーっと、確か2000段ぐらいだったかな。1時間もあれば登れるよ」
「1時間も登りたくないんだが」
文句を言っても先には進まないため、一歩目を踏み締める。そこまでいくと心の中で折り合いがつき、二歩三歩と登り始める。
そんな僕の様子をドッペルゲンガーはにこりと笑い、並走しながら階段を歩いていく。
「なぁ、自分探しってのは一体なんなんだよ」
「自分探しは自分探しだよ。名前の由来とか、誰から生まれたとか、何で構成されているかとか」
「そんなもん知ってどうすんだよ」
「そんなもんって、君は自分が何者なのか気にならないのかい?」
「ならないね。そんなこと気にするぐらいなら、今日の飯のことを考えた方が生産性がある」
自分ってのは所詮今の自分以外の何者でもなく、それを深掘りしたところで、自分の中身がいかに醜いかを理解するだけだ。
「消極的……、無関心……、うーんどれも当てはまってない気はするけど、君は自分の正体を知りたくないんだね」
「正体って大袈裟な。僕は僕だよ」
「………知りたくないならいいよ」
500段を登った頃だろうか、少し広めの踊り場が姿を表し、その場で尻餅をつくに至る。
「ハァハァ、死ぬ」
「死なないよ、大袈裟だね」
燕先輩ならば嬉しそうに一足飛びで駆け上がるだろうし、旭先輩ならば探検家の体力で押し切れるだろう。春夏秋冬先輩は………、まぁこの世の法則に即してないため、瞬間移動でもしてみせるだろう。それ以外は僕と同じ無様を晒すかな。
「体力……、切れ……、はないのか」
「怪異だからね、そんな概念持ち合わせてないんだよ」
無限の体力なんて羨ましいことこの上ない。
そんなものがあったら僕は………、僕は……….。
無限の体力で何をしたいか。その答えが出てこない辺り、僕には想像力というものが欠けているらしい。
「ハァハァ………。フゥー、行くか」
「お、回復早いね」
完璧な回復を待つと気持ちが完全にポッキリ折るため、無理にでも登るしかない。
「ファイトファイト!」
ドッペルゲンガーが笑顔で煽ってくる。
殴りたい。殴るか。やらいでか。
「何を考えてるか丸わかりだけど、少なそうな体力が余計なくなると思うけど」
くっそ、お前絶対にギャフンと言わせてやるからな。
「ぎゃふーん♪」
「ぶっ殺すぞ」
「君、結構口悪いよね」
そんな戯言を吐きつつも、僕らは1000段を越える。そこまで行くと頂上の景色がチラリと見える。そう、何かしらの建物の破片とか。
「……………」
いくらなだらかに設計されているとはいえ、この高低差で見えるということは、相当に高いものが聳え立っているんだろう。
「戯言を吐く気力も無くしたね。大丈夫かい?」
「お前と、話したく、ないんだよ」
「話そうよ、暇なんだよ」
「僕は忙しいんだよ」
足取りはひどく重く、暑さのせいもあって汗が全身の毛穴から吹き出している気もする。太腿にはすでに筋肉痛が襲い、一度でも立ち止まって仕舞えば動くことはできなくなるだろう。故に、全神経を総動員して、歩くことに全霊を費やす必要がある。
「必死だね。まるで苦行を味わっていると言わんばかりだ」
「……………」
「ふっ、最早言葉も出ないか。そんなお釈迦様な君に、悪い知らせがあるよ」
ドッペルゲンガーが前に向かって指を指すと、100段先ぐらいには、積み上がる階段が無くなっていた。つまり、頂上。
「…………ッッッッ!」
疲労困憊の足は言うことを聞くまいと必死の抵抗をしていたが、頑張らなくていい理由が見つかると、即座にご褒美に飛びつこうとする。だが、溜まった疲労は濃く、先ほどの一段差ほどの速度しか上げられない。
「つ、、、、、着いたぁ」
最後の一段を踏み切り、地面に向かって勢いよくヘッドスライディングをかます。多少擦り傷を負ったが、動けぬほどの筋肉痛よりはマシだ。
「見事な死に体だね。まぁ、何はともあれお疲れ様」
ゴロリと道の真ん中に転がり、天空を仰ぎ見る。夏らしく太陽が燦々とこちらを照らしており、視界の端にはドッペルゲンガー。その顔には汗一つなく、先ほどの無限体力が大袈裟でないことを表している。全く、殴りたい。
「………」
パシン。
無言ではなった拳を、ドッペルゲンガーは容易く手のひらで止めてみせる。
「そんなとこに寝転がってると汚れるよ」
そのまま僕の拳を握り、グイッと腕を引いて上体を起こさせる。
「ほら、振り返りなよ。the 旧家って感じだから」
座り込んだまま手で体を操作し、憎き階段から後ろの景色へと視線を移す。
「………でっか」
その景色は語彙力をかき消すには十分すぎる迫力を持っていた。そこには荘厳な雰囲気の門が聳え立っており、まるでその奥には神社が立っていると言わんばかり。全体は綺麗な朱色で塗られており、施された金色の装飾は、主張するようにギラギラと太陽光を反射している。
「…………………」
絶句。絶句せざるを得なかった。
御厨先輩、あんたこんな所育って、どうしてあんな風になれるんだ。こんなとこで育てばあれだ。お淑やかと言う概念が和服で身を包み、しゃらんらと金色の髪飾りを差しながら高下駄で歩くはずだ。
「いや、いくらなんでもそれは時代錯誤だろ。昭和でも大正時代でもそんな人物はいない」
「はぁ、さてどうするか」
「とりあえず立てば?座ったまま見上げるのは、どうにも間抜けくさいからね」
反論を述べようとしたが、確かに同意できるところはあるため、即座に立ち上がる。
「…………ッッッ!」
2000段の疲労は伊達ではなく、生まれたての子鹿のようにプルプルと足を震わせながら、なんとかその場で立つことを成功させる。
「立てたならいい。そしたら、その場から左か右に一歩でも移動するんだ」
「は、はぁ?何を、言ってんだよ」
震い続ける足に絡めとられそうになりながら、僕は精一杯気丈に振る舞う。
「下、見なよ」
「下?」
下には石畳の道。左右には砂利が敷かれており、明らかに道が強調されている。それは門の方まで伸びており、その先には旧家の家があるんだろう。だが、自宅にこんなものをわざわざ敷く必要もないため、その先にはおそらく神社がある。
詰まるところ、これは参道。
僕がいるのは、正中。
所謂、神の通り道。
「そうだな。失礼ーーー」
「儂の散歩道を5分も遮るとは、余程の無礼者かそれとも無頼漢か。なんにしても、神を信じてないと見える」
視線を上げると、門の目の前に女性がいた。
ここの荘厳な雰囲気に似合わず、髪色は太陽のような橙色に染まっており、片手には煙管が握られている。煙を天空に吹かしながら、こちらにゆっくりと歩いてくる。
「な、なんなんだあいつ」
異様であることは事実であり、その正体を聞き出そう
とドッペルゲンガーの方向を見る。が、それはできないことを悟る。なにしろ、歯をガタガタと震わせながら、全身から汗を流していたのだから。
「だ、誰だ」
「初対面で誰とは失礼な。儂の存在を知らないとはいえ、これは殺しても構わんほどの無礼に当たるんじゃないだろうか。いや、先史時代のような価値観は持ち合わせてはおらんが、知識としては知っているからのう。うん、お前のような粗忽者はきっと打首獄門がいいところじゃな」
100メートルほど空いていた距離はすぐさま1メートルまで縮み、目の前に到着した彼女は煙管をもう一度口につけ、フゥーと僕の顔に煙を吹きかける。
「まぁ、儂のような存在が相手じゃったらの話だけどな」
やばい。
やばいやばい。
やばいやばいやばい。
何がやばいかは明確にわからないが、やばいことは明確にわかる。
この説明感のない不条理さは、春夏秋冬先輩に似ている。でも、纏う雰囲気は似て非なるものだ。
「どうする。ぶっ殺されたいなら、あと10秒その場にいるといい。そうじゃなければ移動しろ」
煙管を服の胸ポケットに入れて、神妙な面持ちで手刀を構える。
「いーち」
僕は恐怖を押し殺し、そのまま正中から左側へと、倒れ込むように飛び込んだ。
すると、先ほどまで参道でカウントしていた彼女が、僕のお腹目掛けて拳を放っていた。
「ガハッ」
ボグッ。
拳は正確に鳩尾を捉え、ミシミシと胸骨の下部を軋ませる。内臓がまとめて背中へ押し出されるような感覚を覚え、あまりの威力に周囲の肉は内出血を引き起こす。勢いでわずかに浮きつつも、胃の中身を吐き出しながら地面に叩きつけられた。
「これで不敬はチャラだ。次からは相応に敬うことだな」
「ッッッ!」
「お腹が痛うて喋れんか。はっ、鍛え方が足らんのう。これと比べれば、神楽は余程鍛えているとわかるな」
それだけを言って、彼女はその場から消えた。
「ゲホ、ガハッ」
内臓のダメージは深刻であり、吐瀉物と共に僅かな血が混じる。前時代的な価値観は持ってないみたいなことを言っていたが、この一撃は人によっては死ぬものだ。
「くそ、なんだったんだ」
お腹の痛みが僅かに引き、漸く言葉を吐くに至る。
「…………神、だね」
「神……だって?」
「あぁ、間違いなく、あれは神だ」
神、神だって?
この現代において、そんなふざけた存在がいるってのか。
「怪異もいるんだ。神が生息したっておかしくない」
「いや………、おかしいだろ」
真剣な顔で呟くドッペルゲンガーにツッコミをしたが、先ほどの理不尽性を加味すると、納得ができてしまう。
「じゃあ何か、信賞必罰に倣って神罰を自ら下しにきたってのかよ」
「まぁ、そうなるね」
「律儀な神様もいるもんだな」
色んな痛みに折り合いをつけて、フラフラと立ち上がる。
「顔、青白いよ?」
「だろうな。とりあえず、目の前の家に治療をしてもらおうじゃないか」
千鳥足になりながらも、参道を全力で避けて、門の前へと辿り着く。
すると、どこかに生体認証でもあったのか、巨大な門扉が重低音を鳴らしながらゆっくりと開いていく。
そして、いつからいたのか、一人の男が姿があった。
「ようこそ、お客人」
深々とお辞儀をして、僕らの歓迎をする。
「御厨家の用人、和楽万歳と申します。以後、お見知り置きを」




