断章 邂逅
日本には八百万の神がいる。
それは伝承という形で、昔話のように現代に連綿と受け継がれてきた。そんな中で、旧家名家というのは伝承を何よりも重んじ、それに倣って生きてきたと言っても過言ではない。
つまり、伝統という不自由さの中で、家の連続性は保たれる。
ここ、御厨家は旧家であるため、例に漏れず伝統を受け継ぎ、伝承を広める役目を担っている。
そんな家の跡取りであった我が愚姉は、不自由さに息苦しさを子供の頃から抱えていたため、高校の頃にはとうとう出ていってしまった。
モデルをやっていると噂に聞いていたが、それを聞いた両親は、「嫁入り前の女性が肌を見せるなどはしたない」と揃って批判していた。
これだけで姉が出ていったことはわかるし、私も出ていきたい気持ちはあるけれど、幼子の妹二人を置いて消えてしまう勇気などない。
そうやって家族を慮ろうと気持ちを制御するたびに、姉の自由さが羨ましくもあるし、同時にそのような配慮は欠けているんだろうと思う。
「神子様、今日もお参りですか?」
「えぇ、私の日課ですから」
私、いや独り言ぐらいは俺でもいいだろうか。
齢にして18になってしまったため、周囲は俺に大人としての振る舞いを求め、最初に一人称の変更を矯正した。いや、強制か。
同調圧力、そして排他的な土地柄を含めて、俺を跡取りという役目に固定化した。
毎日何かしらの稽古や勉強があり、忙殺されていく日々だ。自由時間の概念は日中はなく、遊び時間など夢の中だけだ。
それでも投げ出してないのは、姉への復讐心と、笑って過ごす妹たちのためだ。
「はぁ、今日も祈るか」
日課、それは家近くの山の中にひっそりと立てられている墓のような社への参拝だ。
両手で持ち上げられるほど本当に小さな社ではあるが、手を合わせて祈らせてもらっている。
神社の伝統に縛られている人間が、神に祈ることが唯一の自由など、これほど皮肉めいたことはない。
そして、祈ることはいつだって変わりはない。
「自由になれますように」
ザァーーーーー。
木は風でなびき、ざわめくように葉を揺らす。
揺らめきと共に朝日は見え隠れし、俺と社を交互に照らす。
左、右、左、右。
震えるように小刻みに光は移動する。
左、右、左、右。
やがて凪が訪れ、ざわめきは鳴りを顰める。日光も定められた場所、社をスポットライトのように照らす。
そのタイミングでなんとなく、目を開けて顔を上げる。
すると、
「はぁー」
社を椅子代わりにして、ため息を吐く何某がいた。
「………ッ!?」
「時間と共に蔑ろにされる社をただ傍観するばかりだったが、お主のおかげでどうやら干渉できるぐらいには顕現できたようじゃ」
和服を着崩し、太陽のような橙色の髪。
日本人離れした容姿をしているが、それでも目を引くような、惹かれるような、圧倒的な存在感。
「まるで…………神」
「まるでとは失礼な。儂は神そのものだ。まぁ、神名も真名も無くなってしもうたがの」
「失礼しました。でもなんでこんなことに神が」
俺にとって、この参拝は壁に向かって叫ぶようなストレス発散であり、神が顕現するような儀式でもなんでもない。
「いや、儀式にはなっているし、儂が顕現できるほどの力はこの場にはある」
「恐れながら、儀式というのは何をしたんでしょうか」
「儂のような弱小神に取り繕わんでもいいと思うがね。そうさな、御百度参りって知ってるよな?」
「えぇ、知っておりますが」
「お前は今日で千度、ここに参拝に来ている。それも
普通の参拝ではなく、かなり強い願いを込め続けた。お前にとっては日課のストレス発散だったかも知らんが、この社に相当数の力を注いでいたわけじゃ。それに神社の跡取りの祈りともなると、自動的に神秘性も高まったってわけじゃな」
その美女は煙管を燻らせながら淡々と、さも常識を教えるように状況を説明する。
「わ、私は………」
「何を戸惑っているんじゃ?神がせっかくいるんだから、お前の願いを口にすればいいのに。まぁ、千回も聞いているから内容なんかはとっくに理解しているがの」
そんなつもりじゃなかった。
これが一番だが、状況が上手く処理できてないというのもある。そして、目の前の女が本当に神かわからないし、そうだとしても悪神かもしれない。
「心読みながら会話しているんじゃから、特殊な存在の証明にはなると思うがの。というか、第一印象で悪とか出てくるのは少々疑いすぎやせんかの」
…………………。
「黙ったって無駄じゃ。心は読めるんじゃぞ?なぁ、御厨神楽」
「…………ッ!?」
「名前を呼んだだけで顔に動揺が出過ぎじゃ。旧家の跡取りとしては失格じゃのう」
驚きはある。だが、それよりも今は嬉しさが勝る。名前を呼ばれたことなど、何年ぶりだろうか。姉が家出した頃だから…………。
「6年じゃな。………成程、お前は人間扱いをされてはないんじゃのう。他でもない神の儂が同情してやる」
社からすくりと立ち上がり、神様は俺の胸に人差し指を立てる。
「お前、いや神楽。唯一の信仰者として、末代までの栄光をくれてやろう」
そういって、神はニヤリと笑う。
「儂の名前をつけよ。それもとびきり偉そうなのを」




