真作とは、究極の贋作
一方その頃。
「どうした、食べなよ」
ドッペルゲンガーは手を裏返し、目の前に広がる料理を食えという。いやまさか、本当にファミレスに行くとは思わなんだ。
料理に毒物が混じってるとは思えんし、仕掛けてくる様子もない………か。
好意は甘んじで受けろと言うが、それは人間であればの話であって、怪異であれば別の話になって……、思考がゴチャゴチャしやがる!
僕は巡らせた考えを放棄して、目の前のハンバーグの端にフォークを突き立てる。
「おぉ、ワイルドだね」
そのままでは入りはしないため、大人しく右手にあるナイフで切り離してから口に運ぶ。
うん、美味い。
ファミレスだけに平凡な味をしているが、家庭的でない僕からすれば満足できる味だ。
「うーん、美味い。いやぁ、このファミレス好きなんだよね」
告知したことはある程度守るが、ちゃんとこちらを振り回してくる。自分が満足していれば他人の意見を聞くけど、そうでなければ無視してでも考えを貫く。根本的な理由、つまりは自分探しとやらがあるけど、それは僕を振り回す理由になるのか?
くっそ、怪異のくせに行動原理が理解できない。御厨先輩だからなのか?あの人は怪異特性にまで侵食するほどの個性なのか?
これじゃあまるで、御厨先輩本人を相手にしているみたいだ。
「なんだよ、ジロジロ見て。私の顔に何かついてるのかい?」
「あぁ、ハンバーグの屑とかソースが付いている」
「拭いてよ」
「自分で拭け!」
自分探し………か。
僕はあまり自分という生物に興味はないけれど、そんなものを解明してどうだと言うんだろうか。
人生………、いや怪異生に意味を見出そうとしているんだろうか。人間ではないからなんとも言えないが、そんなものは自分が死んでから付いてくるもので、生きている間は実感できないものだ。
だってそうだろ?生物ってのはどこまでも主観的で、客観的に見ることはできないんだから。というか、そんなものを求めるのは、決まって自分に自信がない奴だ。
チッ、どこまで考えても、こいつは既存の怪異に当てはまらないし、論理的じゃない。
まるで人間だ。
「よく見てくれるじゃないか。さっきまで他の人に目移りしていたのに、二人きりを楽しんでいるのかい?」
「あぁ、色んな意味でな」
「肯定……するか。うんうん、ちゃんと私のルールに則して、好感度を稼ぎに行ってるわけだ」
都合のいい解釈をしてくれるな。
いや、都合のいい言動をさせられているのか。
気に食わねぇな。
「ドッペルゲンガー、お前はーーー」
「嫌だな、今の私は『御厨久遠』だよ。さっきみたいに、御厨先輩と呼んでおくれよ」
…………そうか。
そういうところは怪異なのか。
「やめろ、僕にとって御厨久遠は一人しかいない。ドッペルゲンガーのお前じゃない」
「何を言ってるんだい?"今の私"は御厨久遠だよ。御厨久遠の声をして、御厨久遠の容姿をしていて、御厨久遠の性格をしていて、御厨久遠の友人といる。これのどこが、本人でないと言い切れるんだい?」
「それは、僕がそう思わないから」
「そうか。でも、それは君だけだ。客観的に見れば、私は紛れもなく御厨久遠だよ。現に、私がこの容姿をし続けられているのが、世界に認められている証拠だよ」
ドッペルゲンガーは嘲笑うようにしたり顔を浮かべながら、足を組み替える。
「私、ドッペルゲンガーの怪異特性は、謂わば諸刃の剣でもある。文字通りにね。その存在が世界に認められなければ、私は塵となって消える。勝者と敗者が存在するように、真贋ってのは表裏一体だ。本物が偽物の可能性がある以上、贋作も本物になりうるってわけだ」
「それを決めているのが世界ってか」
「そうだろ?世界ってのは、唯一自分を客観視してくれる装置なんだから。君もそうだし、大衆もそうだし、写真も、ビデオも、何もかも全部」
自信満々に指差すドッペルゲンガーに思わず、
「はぁー」
大きなため息を吐いた。
「余程自分に自信がないんだな。可哀想を通り越して、少し哀れだぜ」
「お、反論かい?いいね、聞こうじゃないか」
「変人を模っているくせに、奇人を気取っているくせに、今更人の目が気になりますなんて言い訳にもなってないが、それを受け入れようじゃないか。だって、そうじゃないとお前は生きていけないんだろ?」
再びハンバーグを口に運び、勢いよくフォークを抜き取る。
「受け入れて、踏まえて、主観的な意見を言ってやるよ」
先ほどやられたように、ドッペルゲンガーにビシッと指を指す。
「他人の意見に惑わされる生き方なんて、芯がないと言ってるようなもんだ」
「……………」
僕の反論に対して、ドッペルゲンガーは黙する。もちろん、喧嘩を売っているこの状況は非常に不味いが、誰かを犠牲にして好感度を得ようとする人間など、豚の餌がお似合いだ。
「…………そうか、そうだな。合点もするし、納得もいく。君からそんな芯がある台詞を言われると思わなかったけど。うん、そうだな、ここは私の負けだと認めよう」
そう言いながら、ドッペルゲンガーはサラダのレタスを箸でつまみ、大きく口を開けて放り込む。
「でも、指標にはなり得る。主観的に生きて、自責に駆られるのは結構だけど、それらが無かった時に、君は意義を無くすよ」
その反応、反論は意外だった。
まるで僕の何某かを見透かしたみたいだけど、
…………怪異の台詞を真に受ける方がおかしいか。
「さて、脱線はここまでにしよう。行き先の場所を話そうじゃないか」
「行き先って、そもそも行く宛なんてあるのかよ」
「ある、実家に帰ろうと思ってね」
実家、ね。
本当に、自分を御厨久遠とでも思ってんのか。
しかし、それは揚げ足か。
何を話し合っても現状は平行線だな。
「はぁ、それでついてこいと」
「うん、正解」
なんかもう構ってほしい小学生みたいだな。
「それで、実家はどこにあるんだよ」
「三重の神社だよ」
「三重の神社!?」
「正確に言うと、伊勢神宮付近にある家だけどね」
それって、つまり伊勢神宮の関係者ってわけで、神社の関係者ってことは、由緒正しい家って所か?
「うん、君の考えは正しいよ」
考えがまた顔に出ていたことはこの際置いといて、あのなりのあの職業で、巫女だったと言うのは凄まじい背景だ。
「急急如律令なんて言って、お前を払ってくれると助かるけどね」
「それは巫女じゃなくて陰陽師だし、払うのは怪異じゃなくて穢れだよ」
的確なツッコミをどうも。
はぁ、大学に行くっても不利になるだけだし、御厨先輩の実家にお邪魔すれば解決の糸口になるかもだな。まぁ、そんな理由付けなんてしなくても、行くしかないんだが。
「ふふ、楽しみだね。小旅行だ」
笑顔を浮かべるドッペルゲンガーを見ながら、僕は先ほどから浮かべている思考を表在化させる。
気づいているか、お前は今、酷く矛盾している。
代わりがいないと言いながら、真贋が表裏一体であると自分で証明している。偽物が実存すると言うのは、本物に代わりがいるってことだろう。
ドッペルゲンガー、お前の実存がお前の説得力を奪っているんだ。
だから、僕の思考は当然のように一つの疑問へと行き着いた。
お前、本当に怪異なのか?




