紫苑の花と、白き虹
図書館。しかも心海大学の。
この大学が特異的であるのは周知の事実だけど、そんな場所の図書館なら、特殊の蔵書があるはずだ。ここに来たのは、そんな見当がついたからで、なければ当てもなく彷徨うしかない。それは状況的にも、季節的にもあまりしたくない。
「さて、探そうか。手当たり次第。私は左、久遠ちゃんは右でいいかな?」
「え?こう言うのはジャンルで探せばいいんじゃないんですか?怪異なんて、それこそ民俗学の分野にでも書いてあるんじゃ………」
「フッ、ノンノン。それはナンセンスというものだよ、久遠ちゃん」
燕は人差し指を御厨に向かって突き出し、右に左と動かして見せる。
「ありふれた探し物なら、それでいい。でも私たちが探しているのは怪異だ。怪異がいつも怪異として記録されるとは限らない。医学書の症例かもしれないし、写真集の注釈かもしれないし、誰かの日記の一節かもしれない。だったら、本の端から端まで当たるべきだよ」
と言ったものの、この数百万の本から的確に探すなんて難しいだろう。いや、時間があればローラー作戦も通じるだろうが、今はわりかしない。であれば、本のスペシャリスト、それもこの図書館に特化した人物がいればいいけど。
「色々考えなきゃいけないことはあるけど、動くとしよう。久遠ちゃん、任せたよ」
「わかりました、行ってきます」
早歩きで端っこまで歩いて行く久遠ちゃんを見送り、私も目的地へと足を向ける。
右の端の入り口側。つまり端の端の棚の前までいくと、そこでは先客が本を立ち読みしていた。
「………………」
目を上げると、そこにはずらりと本が並ぶ。本棚の上には本棚が重なっており、その上にも重なって、それが天井まで続く。落ちたら死ぬんじゃないかと思うハシゴが用意されているのも、合点がいく。
「………………」
さしもの私でも、無茶を通り越した無謀の前に、ポジティブでいられない。だが、それをやらなければ………。
「なんで百面相しているんですか」
悩んでいる姿が余程おかしかったのか、横にいた先客が話しかけてきた。
「い、いやぁ、その調べ物の本がどんなものか分からなくてね」
ルールに則し、小声で話す。
先客はそんな私の様子をまじまじと見つめる。
「うーん、どこかで見たことあるような。あぁ顔は覚えているんですけど、名前が思い出せない………」
「名前?私、なが―――」
「あ、思い出しました。貴方、新種の星を探した人ですね。テレビで見ました」
「え?」
テレビで見た。なんて芸能人しか言われないと思っていたが、まさか自分が言われるとは。
だが、彼女の反応もあって、有名人として接している気分にはならない。
「会ったことは……」
「ないですよ。まぁ、先輩って言ってたから、貴方は友人の知人かもしれないですけど」
私を先輩と呼ぶのは大多数いるけれど、大学構内となるとそれはぐっと減る。それこそ、後輩くんぐらいの人物でないと。
「君の名前、聞いてもいいかな?」
「これは失礼しました」
パタンと本を閉じ、軽く咳払いをすると、彼女は小さく言う。
「黛紫苑です。以後、よろしくお願いします」
⬛︎
「紫苑ちゃん。なら、しーちゃんって言えばいいかな」
「お好きなように。それで、何を探しているんですか?」
「えぇ、怪異に関して調べようってね」
「怪異?」
私の発言で、しーちゃんの眉毛はぴくりと動いた。
「先輩隠せて………、いや私以外ならただの物好きな人か。疑い深いのも考えもの、ってわけか」
頭を抱えて、ぶつぶつと何かを言っている。
うーん、おそらくバレたな。
一年生というには落ち着き払っている。というか、場慣れ感みたいなものがある。三年だったら研究室にいるだろうし、四年なら就活中で大学にいない。詰まるところ、二年生かな。
「しーちゃん、一ついいかな?」
「なんでしょうか」
「君、後輩くんの友達でしょ?」
「………私も後輩ですけど。まぁその場合は『ちゃん』ですけど」
おぉう、そうだよね、呼び方でわからないか。
「⬛︎⬛︎君の友達だよね?」
「…………それなら合ってます」
つまり、こーくんの知り合いだったわけだ。
頭を抱えるのも理解できる。
どれほどの関係性かわからないけど、少なからず怪異案件に幾度も首を突っ込んでいること知っているようだ。そうじゃなければ、あんなに反応しないだろう。
「怪異に関して、でしたよね。対象がわかれば記載されているもの、および近い描写がある本とかも提案できるかもです」
この場面において、これ以上ないほどの当たりを引いた気がする。
こーくん、君は知り合いもすごかったんだね。
「君、ここの本全部覚えているのかい?」
「全部とは行かないまでも、色々ありましたからね。半分ぐらいはインプットされてますよ」
インプットされている………ね。
訳ありってことか。
「後遺症みたいなもんですけど、知識は活用してこそですから。蓄えるだけじゃ無意味ですよ」
………成程。
了解、私も何も言わない。
「ドッペルゲンガー、だよ。それに関する書籍をお願いしたい」
「………また厄介な奴を。わかりました、30分ほどください。そしたら、そこのテーブルに置いておきます」
しーちゃんが指を指す先には、通路でも読めるように配置された小さな丸テーブル。そこには、二人で読めるスペースはある。
「手伝わなくて大丈夫?多いなら、かなり重いと思うけど」
「大丈夫です。頭の中に本は浮かんでいるので、少しの確認作業しながら運ぶだけです。気持ちは嬉しいですけど、この方法なら一人の方が効率的ですから」
先ほどまで能面のような顔だったけど、今は少し笑顔を向けてくれている。
ある程度気を許してくれたんだろうか。
「わかった、なら30分後にここに来るよ。お願いね、しーちゃん」
「はい、任されました」
こーくんの知り合いだからかな。初対面なのに、不思議と信頼しようと思える。
「さて、久遠ちゃんを回収するか」
しーちゃんに背を向け、久遠ちゃんを探す。
図書館を横切り、いるであろう場所へといくと、そこにはヒソヒソと談笑している女子二人がいた。片方は久遠ちゃん、片方は……誰だ。
「久遠ちゃん、探し物はどう?」
「あ、先輩。いや、違うんです。ちゃんと探してたんですよ?」
「それは心配してないけど、その子は誰だい?」
「あ、さっき知り合って。後輩君との話で盛り上がって」
こーくんとの話で盛り上がる。ってことは、しーちゃんと同じ友達ってこと?
「こんにちは、こーちゃんの先輩ですよね」
『こーちゃん』か。
随分と親しげな呼び名だ。
「私、辰野白虹って言います」
彼女は白く透き通った肌をしており、まるで人里に紛れた雪女とでも言わんばかりだ。久遠ちゃんを都会の美人というのなら、白虹ちゃんは田舎の美人ってところか。あどけなさがあるというか、無垢さが混じった白さを感じる。
「どうしました?」
「いや、なんでもないよ。盛り上がったっていうけど、後輩くんとは知り合いなのかい?」
「知り合いというか………」
言い淀みながらも、白虹ちゃんは僅かに照れる。
「幼馴染、なんです」
幼馴染!?
「こりゃ驚いた。幼馴染と同じ大学に行くなんて、そうそうないんじゃないかい?」
「そんなことないですよ。世間からすればありふれたことです」
30分は時間がある……か。
しーちゃんと分担して探した方が効率的だが、こーくんの話は聞いておくべきか。
「白虹ちゃん、近くのベンチで話でもしないかい?」
「いいですよ、どうせ時間はいくらでもありますから」
「あ、ずるい。私も聞きたい!」
その後手にした本を棚へと戻し、3人で図書館を出る。外に出るのは自殺行為に等しいため、研究棟の徹夜した人間が倒れ込むためのベンチに、白虹を挟むようにして二人は座る。
「さて、幼馴染なんだよね。何を聞こうかな、何を話してもらおうかな」
ワクワクが止まらない。
こーくんの過去を聞けるんだから。
私たちだけが一方的に知られているため、彼のことをもっと深掘りしたい。
「先輩、ここは小さい頃の話でも聞いて、弱みを握っときましょうよ」
「いいね、久遠ちゃん。ナイスアイデアだ!」
何聞こう。
あれがいいかなこれがいいかな。
白虹を間にしながら、二人は精一杯質問を考える。そんな中、白虹は窓の外にある張り切って光を浴びせる太陽を見つめる。
「白ちゃん」
「白……ちゃん?」
「白虹だから、白ちゃん」
しーちゃんは紫苑ちゃんだから、白虹ちゃんは白ちゃんしかない。うんうん、それしかない。
「白ちゃん、後輩くんの失敗談を聞かせて!」
「あはっ、なんですかそれ」
「いいだろー」「いいですよー」
燕の間抜けな質問に、白虹は笑顔で答える。
3人の女子は姦しく、その笑い声は沈黙の廊下を満たすように響き渡っていった。




