裏から表へ、レンズは目の前に
「はぁ、暇だ」
私は思わずため息を吐きながら、雲混じりの晴天を仰ぎ見る。ここは渋谷。ありとあらゆる服が混在しており、そこから多様な流行が生まれ続ける。そんな場所で着たこともなければ似合いもしない服を纏っている。
我が身可愛さに腕を切り付けることもできなかったために、心の中で切歯扼腕しながらこれに身を投じていると言うわけだ。
いっそ愚かだと指をさしながら馬鹿にしてくれた方がいい。と言うよりも、それぐらいでようやく釣り合いが取れる。
空から視線を落とし、街へと目を移すと、『モデル 御厨久遠』が澄ました顔で映し出された看板がいくつも貼り付けられている。
うんざりだ。
鏡の前でも、雑誌の表紙でも、テレビのCMでも、自分の顔を見ない日はない。ここまでくれば嫌がらせの境地であり、ゲシュタルト崩壊でも起こしそうだ。いや、起きているのか。
自分の顔が映っているはずの場所だけ白飛びしてるんだから
「仕事………、まぁあの私なら完璧にこなせるか。あれほどモデルに熱心なんだから」
バイクもないため、移動は公共交通機関のみ。
無論渋谷に住んでいるわけでもないため、ここまで数年ぶりに電車に乗ることになったのだが、古びたICカードは改札で黙した。そのため、結局切符を買う羽目になり、使えもしない残高を抱えたまま余計な金まで払うことになった。少しだけ腹立たしい。
「見てみて、モデルの久遠が着てた服!似合うかな?」
「うーん、少し背伸びしているって感じかなぁ」
どうでもいいことを考えながらハチ公前で項垂れていると、隣に座ってきた女子高生が楽しく話している。
「えー、そっちは着ないの?」
「私は似合わないからね。それこそ隣のお姉さんみたいな可愛い系じゃないと」
可愛い系なのか、これ。
「でも、久遠って人気だよね。街の至る所に看板があるんだからさ、何かの記念でもなんでもないのに」
「そりゃスーパーモデルだからじゃん。ミスジャパンに選ばれたぐらいだし、そうなってもおかしくないよ」
妙に持ち上げるな。
まぁ、実際去年までは私は凄かった。
その自負があるからこそ、今の私は情けないことこの上ない。
プルルルルッ。プルルルルッ。
振動した携帯を取り出し、ボタンを押して通話を開始する。
「もしもし」
「くーちゃん、元気かい!」
電話の相手、それは最近下の名前を伸ばすことがマイブームの燕先輩だ。
「どうしたんですか、急に電話なんかして」
「いやね、研究してたらさ、ふと最近話してないなと思って電話をした」
「そうですか、相変わらず元気ですね」
「そういうくーちゃんは元気がなさそうだね。らしくない、いつもはバイクを乗り回して後輩くんにでもダル絡みしてるのに」
「私だってたまには落ち込む時はあるんです」
私も所詮は人間だ。そうなんだ。
それは去年から嫌というほど思い知らされている。だからこんな状況なんだ。
「相当なようだね。どれ、先輩が聞いてあげようか」
「キャラじゃない事を言わないでくださいよ」
「これも私のキャラだよ。と言っても、最近余裕が生まれたからとも言えるけど」
「余裕が生まれたって、あぁ失明が直ったてことですね」
「そうだよ、我らが後輩くんは優秀だからね」
優秀、優秀か。
過ぎるというのが正しいんじゃなかろうか。
これでも彼より一年速くサークルに所属しているわけで、怪異の案件をその分だけ経験している。
だから、分かる。
解決に導くというのがどれほどの難易度か。解決できないのが半数を超えるというのに、成功率100%など不可能だ。春夏秋冬先輩はそれを含めて高く評価しているため、私も彼をそう評価した。そうすることにした。
「先輩、彼は誰なんでしょうか」
「誰?随分と不思議な聞き方をするんだね。私は私、後輩くんは後輩くんだよ。それ以上でも、それ以下でも、それ未満でもない。というか、モデルである君が一番よくわかっているんじゃないのかい?自分なんてものを一番持ってる職のはずだよ」
「………そうですね。そうだと思います」
「マジもんってわけか。………うーん、どうにも私は人生相談に向いてないようだ。そうだ、こういう時こそ後輩くんに頼ったらどうかな?」
後輩君か。
散々振り回してきたというのに、私の話を聞いてくれるんだろうか。
「心配ない、私が保証するよ。彼は話を聞いてくれる」
「春夏秋冬先輩もそうでしたけど、なんでそこまで高く買ってるんです?」
「相談すれば分かる。これはどうしたって経験則が勝るからね」
「…………わかりました」
携帯を切り、片手で操作して違うアプリを起動する。そこには画面いっぱいにマップが表示され、心海大学の入り口で赤いマークが表示される。
「夏休みに登校してる」
春夏秋冬先輩のために発信機をつけたんだけど、携帯に取り付けている以上わかりやすいはずだ。だが、それが外れる様子は微塵もない。
話を聞いてくれるというのは、こういうことも含まれているんだろうか。
「何もしない………、よりはいいか」
先輩が後輩を頼るなど少しばかり………、いやかなり気恥ずかしさはあるけど、これ以上情けないところを晒す方が問題だろう。
決意が揺らがないうちに勢いよく立ち上がり、駅の改札にICカードをかざす。
ビーッ!ビーッ!
認識面が赤く染まり、エラーが発生した事を知らせる。
「忘れてた…………」
気を取り直して切符を買ってから電車で移動をする。ファッションがド派手なこともあり、注目を集めると若干危惧はしていたが、そんなことはなかった。
そんなこんなでガタガタと揺られながら移動し、最寄駅へと移動する。
「…………さて、どうするかな」
今日は学校のモデル撮影だ。
間違いなく、もう一人の私に鉢合わせになることだろう。伝承通りなのであれば死ぬことは自明の理。
燕先輩に言われて飛び出たのはいいが、移動中に思考が追いつき、結局この結論を出せずにいる。
プルルルル。プルルルル。
再び電話。
「もしもし」
「あ、御厨先輩」
「珍しいね、紬ちゃん」
「まぁそうです。ぶっちゃけ燕先輩が騒ぎ立てないと電話なんてしませんから。御厨先輩とあんま話したことないですし」
紬ちゃんは後輩君以外に懐いていない。春夏秋冬先輩も卒業しているため、その例に漏れていない。
まさしく代替わりというわけで、時代というのも感じることができる。しかし、来たばかり尖りを彼以外に発揮し続けるのはやめてほしい。
自分もこうして弱っていなければ彼を振り回しているのだから、文句はあれど丸くなれとは言えない。
「紬ちゃん、今日は何処にいるんだい?」
「なんですか急に。今は福岡の実家にいます。宿題を終わらせてダラダラしようと思ったんですけど、帰ってこいと親に泣きつかれたんですよ」
冷たい印象を持っていたが、義理堅い所もあるようだ。
「そうか、元気そうで良かったよ」
「先輩こそ、騒ぎ立てるほど落ち込んでなさそうですね」
「まぁね」
「だったらもう切りますよ。さっきから昼ごはんができたと母親が九官鳥のように………、ってもう行くから待ってて母さーー」
ブツン。
うーん、最後のは聞かない方が良かったのだろうか。
「…………」
盤面が実に都合よく動いている気もしないが、それでも利用できるものはするべきか。
「はぁ、行くか」
ため息吐いてからゆっくりと歩き出す。
最寄駅から徒歩5分。裏口からの登校であれば追加で3分と言った所だが、さほどのロスでもあるまい。
「着いた」
嬉しいことなのだが、全く労することがないのが不穏だ。
「自分、先輩の凄さも知らんで付き合っとんか!?」
何処かの叫び声が聞こえたような気もするが、そんなことはさておき、大学の中へとできるだけ音を殺しながら入っていく。厳重な警戒をしながら構内を登っていたが、それを嘲笑うかのように、廊下にも階段にも人はいない。
「ふぅ〜スッキリしたーって、何やってるのつーちゃん」
見つかった。
サークル室はあと一歩だという所だったのにーーー。
「って、燕先輩ですか」
「相変わらず私たちには死ぬよね、感情が」
使うしかなかった。
今の私は存在が浮いている状態。
ドッペルゲンガーによって模倣をされている以上、世界が私を誤認し続けている。故に、『御厨久遠』という人物はどちらかであってどちらでもないというわけだ。
つまり、こういうバグを意図的に起こせる。
怪異であると勘違いさせるようなやり方のため、何回もやれば怪異であると認められてしまう。
「…………つーちゃん、とりあえずサークル室に行こうじゃない」
「はいはい、しょうがない人ですね」
トイレ帰りの燕先輩はハンカチで一通り手を拭いたあと、鼻歌混じりで私の横を通り過ぎる。
演技力にかけて億が一でもバレたなんてことはないが、それでも警戒はしてしまう。
「ほら、何ぼーっとしてるの。いくよ、つーちゃん」
「先輩が速いんですよ」
急いで先輩の背を追って、サークル室の中へと入る。そこには誰一人としておらず、壁面にはどでかいマップが貼られていた。
「何やってんすか、これ」
「天体観測をしやすい場所と、そこから見た夜景を貼り付けているんだよ」
私がマップの大きさに呆気に取られていると、燕先輩は肩に手を乗せてマップを指差す。
「興味を持った?興味を持ったんだよね!ここね、月を綺麗に見える程の高さがあってーーー」
研究者ってこういう節があるよな。
自分の畑に引き摺り込みたいのか、それとも話したいだけなのか。おそらく後者が強いんだろうが、ある程度の知識がないと外国語にしか聞こえない。
「というわけで、星は素晴らしいんだよ」
どうやら演説は終わったようだ。
5分という短い時間であったが、話をまるで覚えてないため、おそらく気絶していたんだろう。
「……それよりもーーー」
ガラリ。
燕先輩が何かを言おうとした瞬間、サークル室の扉が開かれる。
「燕先輩♪」
自分が入ってきた!?
「ありゃ、いつの間に甘えん坊になったのかい」
抱きつく自分は見るに耐えない上に、驚愕で思わず口を開きそうになったが、それらを全部喉奥へと仕舞い込む。
そんな最中、再び扉は開け放たれる。
「ハァハァ、待ってくださいよ」
額に汗を滲ませながら、肩で息をする後輩君が入ってきた。どうにかしてくれと助けを求めそうになったが、手のひらに爪を突き立てるほど強く握りしめ、痛みで平静を装う。
「先輩、汗だくでどうしたんですか」
私は冷静にそう言った。




