見せられる、魅せられる
「冷・・・・ちゃん?」
「とてもいいじゃない!流石噂の後輩君!みくりん、これは言いふらして自慢した方がいいよ」
「そうなんだよ、私の後輩君はすごいんだよ」
いつから所有物になってしまったのか。そんなツッコミはしないとして、横にいるのキャノンへと視線を移す。キャノンは頭を抑えてうずくまっているため、おそらく目の前の情報が耐性を貫通してしまったのだろう。
僕も草原に行きたい。
「二人とも死んでるけど、どうしたんだろう。まぁいいや、先にドレスアップを終わらせとこうか」
「うん、冷ちゃんも忙しいだろうし、先にやっとこうか」
そう言って、二人は僕らをほっといて準備に取り掛かる。会話を放棄した上に、モデルという界隈の人間でもないのに、その裏側を見るのは些か気が引ける。しかし、視界に収まっている以上、わざわざ視線を外す必要もないか。
「…………はぁ、覚悟を決めるしかないか」
視界の端にキャノンが映る。どうやら、ため息を吐きながらも立ち上がることに成功したようだ。
「無理しなくていい。僕にやり方を教えてくれれば、後日カメラを返すよ」
「一眼レフを扱えるような技術があるとは思えんのやけど」
「まぁ、ないけど」
「しかも、これ3桁や」
「へー、お値段999円以下の一眼レフか。随分とリーズナブルだな。僕でも買えそうだ」
「自分、わかっとって言うとるやろ」
こんな漫才を続けているが、僕の目はしっかりと御厨先輩に釘付けになっていた。見過ごしていたのだろうか、冷ちゃんは自分のものであろうキャリーケースを全開で開かれてる。その片側には服がピッシリと折りたたまれており、宝物のように光っているのを見ると、相当に手入れが行き届いているものと思う。そして反対にはもちろんメイク道具がたくさんあり、およそ百種類の物が所狭しと並んでいる。
「これがプロってやつか」
ふざけているような印象を受けていたが、仕事の誠実さはそれらを見れば一目瞭然だ。
「当たり前や、かの有名なスタイリストやからな。れ、冷、冷ちゃんさんは」
「知っていたのか」
「インタビューでしか知らんかったからな、どんな人かわからんかったけど、まさかあんな変人だったとは」
成程、頭を抱えたのはギャップに苦しんでいたのか。
「仕事を受けるモデルは、ビビッと来た人しかやらんらしい」
「そんなこと言っても、どうせ超有名なモデルとか俳優とかじゃねぇの?」
「いや、私もそう思っとった時期あったけど、例外ってやつはいる。現に、御厨先輩は有名になる前からやってもらってる」
「マジかよ」
変人度とやらが同レベルのおかげで共感性でも高まったのだろうか。
「ていうか、そんな人物に焦点を当てられるほど、御厨先輩はすごいのか?」
「はぁ?」
何言ってんだこいつみたいな顔された。
「自分、先輩の凄さも知らんで付き合っとんか!?」
その反応、なんだがデジャブだ。
あそうだ、九十九に俺が春夏秋冬先輩のことを知らないと言った時だ。
つまり、御厨先輩は界隈ではその知名度ってわけだ。
「このモデルがすごい!ランキング2年連続一位を走っていて、あの超有名な女性雑誌nanaで3ヶ月に一回は表紙を飾っている!メイクを始めたての小学生から、大人の女性を含めて、カリスマ的人気を誇っているんだから」
キャノンが興奮しながら勢いよく捲し立てて来るが、僕にはちっともその凄さを理解できない。界隈に所属してないのもあるが、一番邪魔しているのはあの人の身勝手さであり、その被害を被り続けているため、ただの傍迷惑な人としか思えない。モデルの凄さの欠片でも見せてくれれば、リスペクトも生まれるというのに。
「みくりん、今日は何が着たい?」
「ダークネイビーのスラックスに、黒いヒール。あと白色のクロップドトップスで」
「うーんいいね、文句のつけようがない」
その一言ともにケースから凄まじいスピードで服が取り出される。流石に着替えのシーンを見るのは忍びないため、後ろにある木を見る。すると、パン!という手のひらを叩く音が聞こえたため、僕は振り返る。
「いいじゃない!うーん、マーベラスってやつだね。
自分でやっておいてあれだけど、今日もバッシバシに決まってるよ、みくりん」
「うん、冷ちゃんありがとう」
礼を言うと、先輩は座っていたベンチからすくりと立ち上がり、全身で主張するために、僕の前へと立つ。
「見惚れてね、後輩君」
金のイヤリングを揺らめかせながら、先ほどの服装とメイクを備えた上で、先輩はポーズを極める。
「………………」
絶句。そして、屈辱でもあった。
いや、ギャップが激しかったのもあるのだろう。
目の前から放たれるオーラは並大抵ではなく、言葉なくとも超一流であることは理解できた。
パシャ。
シャッターが切られた音で漸く現実に帰ることができ、深く深呼吸をした。
「………プハァ!」
息が止まっていた。
いや、止めさせられていた。
それほど魅力的で、圧巻だった。
「息切れするほど綺麗だったのかい?」
イケメンと見紛うほどの顔だと言うのに、髪型をオールバックで決めれば、それはもう完璧だと言うしかない。
スラックスで足のラインをわずかに出すことで滑らかさを演出し、あえてお腹を出すことでくびれを強調して女性らしさも出す。
要素が混交として喧嘩しそうな物だが、それらは渾然一体となっており、完璧に着こなしている。
「せ、先輩。凄かったんですね」
「うんうん、関心関心。欲しかった反応をそのまましてくれるなんて、素直な後輩を持って私は幸せ者だよ」
「み、御厨先輩っ!」
「わかっているよ。後輩君、そこでしっかりと見届けるんだ。私の仕事を」
「は、はい」
パシャシャシャシャシャ。
シャッター音が鳴るたびに、御厨先輩は次々とポーズを決める。キャノンも連写しながらそれを逃すことなく撮って見せる。
その後もシャッター音は止まらない。
十枚、二十枚。
気付けば五十枚を超え、それでも二人は止まらなかった。
百枚近く撮り終えた頃、ようやくキャノンがカメラを下ろした。
「ふぅ…………、一旦休憩でお願いします」
「うん、わかった」
キャノンは顔から滲み出した汗を持ってきたタオルで拭きながら近くのベンチへどかりと座る。反対に御厨先輩は汗一つかいておらず、無言で僕の手を引き、キャノンの向かいに座らせ、自分も隣に座る。
「どうだい?私の仕事」
この気持ちを吐露すべきだろうか。
いや、今の御厨先輩は僕からすれば超激レアなわけで、例えるならば、気象条件が完全に噛み合い、本場のウユニ塩湖を思わせるような風景となった父母が浜みたいなもんだ。
要は、奇跡的な状況。
罷り間違って「綺麗です」などと口に出すのは憚られるし、思い通りにされているようで屈辱だ。
「す、スゴイですね」
反射的に出る言葉を必死で喉奥へと仕舞い込み、苦し紛れの抵抗をし、なんとか表面を取り繕おうとする。
だが、そんな僕の反応を見て、先輩はニヤニヤとニヤけ顔を浮かべる。
「そうかそうか、綺麗だったか」
抵抗虚しく、僕の本音は見透かされてしまったようだ。隠すのが下手とも言う。
「先輩」
「綺麗だった」
「せ………」
「綺麗だった、SAY!」
「キレイダッタデス」
「感情を込めて!愛情を込めて!そして、先輩の敬意を込めて!SAY!」
一々英語なのが癪に障るな。
ただでさえ0に近いのに、褒めたい気持ちが目減りしていく。
ガシッ。
「へ?」
気づけばキスしそうなほど顔が近づいており、両手で顔の向きを自分に向けることで、強制的に視線を奪う。
「綺麗、だったよね?」
パラッ。
わずかに乱れた髪の毛が先輩の顔にかかる。
「き、綺麗でした」
「よっしゃあ、後輩君に勝ったー」
赤面する僕をよそに、先輩はケタケタと子供のように笑う。無意識でこんなことをやっているのだろうか。こんなことに付き合わされ続けるのは心臓に悪い。
パシャリ。
そんな茶番を繰り広げる中、首を傾げながらもキャノンは写真を撮る。
「やっぱり」
「やっぱり?」
僕は思わぬ言葉に、瞬間的に反応してしまった。
「どうしたんだキャノン」
「いや、ちょっと」
煮え切らない返事をするキャノン。僕と先輩は顔を見合わせて、キャノンのそばへと近づき、握られているカメラの画面を後ろから覗く。
それを見れば、キャノンの疑問はすぐさま理解できた。
「………二重っている」
致命的と言うわけではないものの、先輩が二重に見える。それだけでもなく、僕の姿もわずかに透けている?
「キャノン、カメラの故障か?」
「いや、そんなわけないと思うけど」
キャノンはすぐさま画面を操作して、今日撮影した風景に紛れた僕を映す。そこにはアホヅラを晒す僕がいるだけで、風景に関しては問題なく写っていた。
「うーん」
「どしたのどしたの?」
荷物を片付け終わったのか、冷ちゃんが近づいて来る。キャノンはすぐさまそれにカメラを構えて、パシャリと撮る。
そして、それを三人で確認する。
………問題ない。
「なんだ、これ」
疑問符が浮かぶ。
だが、突拍子もなさすぎて解答が見出せない。
「見して見し…………」
到着した冷ちゃんはキャノンのカメラを覗いた瞬間、押し黙った。
心当たりがあるのだろうか、数秒間の沈黙をしたあと。
「うん、まぁたまにはこう言うこともあるよね。後輩君、スタイリストとしてみくりんの客観的意見が欲しいから、ちょっと来て。みくりんはいつも通り、そこら辺に待機しといて」
「わかった」
カメラ相手に百面相するキャノンを無視して、冷ちゃんに手を引かれるまま、校門まで移動する。大学の入り口から校門まで数百メートル離れているため、大声をあげても聞こえないだろう。
いくらなんでも徹底しすぎている気がするが。
「ここでいいかな」
「なんですか、冷ちゃん」
「うん、ちょっとね」
先ほどとは打って変わって、その表情には険しさが加わっている。付き合いが短い僕でもわかる。彼は真剣だ。
「後輩君。君はみくりんの後輩君でいいんだよね」
「え、えぇ。そうです」
「だよね、だったら教えたほうがいいよね」
冷ちゃんはすぐさま携帯を操作して、電話を始める。二、三回ほど会話のラリーを終えて切ると、すぐさま携帯が振動し、受信したことを知らせる。
「…………」
携帯を確認すると、さらに冷ちゃんには翳りが増していく。
「後輩君、みくりんにあまり詳しくないって言ってたよね」
「…………はい」
「ミスジャパンを決めるコンテスト、これがいつあったのか知ってる?」
「知りません」
「だよね、去年の10月にあったんだよ」
まるで、そこから何かが起きたと言わんばかりだ。いや、言っているのか。
何がとは言わないが、雰囲気から察するにもうあれしかないだろう。
「ミスジャパンにはもちろん選ばれたんだけど、そこから写真を撮っていると、二重に見えることが増えたんだよ」
見える?なんだか妙だ。
「疑問があるっていいたげだね。そうだよ、みくりんにはそれが見えてない」
「…………決定的だな」
僕がため息をつくと、ダメ押しと言わんばかりに、先程送られた写真を水戸黄門のように見せつける。
それは、歩く御厨先輩を盗撮したものだ。
しかも、先ほどとは違う系統の格好。
と言うよりも、真反対の属性の服だ。
地雷系?とでも言うのだろうか。
いやいや、そんなことを言っている場合じゃない。写真の端に写り込んだ通行人のスマホ画面には、今日の日付と現在時刻が表示されていた。
つまり、先輩は二人存在している。
「二重体か」
ここにきて、超有名なものが来たか。
「後輩君、みくりんを助けてあげて」




