魅せる、即ちモデル
魅せる。魅入られる。
それは誰であっても。
「お前、理解しているのか」
僕は激怒していた。それもこれ以上なく。
腕を突き出しながら人差し指までピンと伸ばし、目を見開いてドスの効いた低い声で再び言う。
「自分のしでかした事を理解しているのかと聞いているんだ」
冷静さを欠いている事は、思考が怒りという二文字しか浮かび上がっていないことを踏まえれば、それは理解できている。
だが、何度でも言う。
感情と論理は常に一致などしない。
「しでかした事を理解しているのか、だって?随分と大仰なセリフを吐くじゃないか。まるで、私が悪いことをした上に、そんな事は微塵も気に留めてないように言うね」
僕が指し示す先、そこには青色に染めた髪をなびかせる女性がいた。
モデルらしく、すらりとした長身と抜群のスタイルを誇り、ライダースーツでその身を包む。傍にはド派手なバイクが停めてあるため、それに乗っている事を光景がこれでもかと主張している。
即ちその人物とは、御厨久遠である。
「それに、お前なんて随分と荒々しい言葉を使うじゃないか。燕先輩ほどではないし、その他の先輩方々とも比べものにはならないけれど、君をぶちのめすぐらいだったらできる」
「何が言いたい」
「殺されたいのか、と聞いているんだよ」
冷ややかな殺意が体を通り過ぎていく。
この状況において、洒落や冗談などが飛び交っているわけでない。
残念ながら、この場は決戦場というわけだ。
「やってみろよ。僕は少々どころか、かなり生き汚いぜ」
ナイフを構え、僕も口上を立てる。
いやはやどうしてこうなったものか。
殺し合いなど、僕の得意分野でもないと言うのに、激情から罷り間違ってこんなことを。
事の次第は二週間前に戻る。
「あひゃあーーー」
奇声を上げる趣味は特にはないが、一週間前後もサークル室に入り浸っているだけであれば、こんな声も出ることになろう。
「暇そうだね、こーくん」
「その呼び方はもう固定なんですね」
「結構いい呼び名だと思うんだよね」
燕先輩はペンを走らせたメモを地図に貼り付けながらもそう言う。
「後輩であることは変わりないし、君の下の名前の頭文字が『こ』であることも含めれば、こーくんと呼ぶのは自然だとも言えるよね」
「自然であるかと言うと少し抗議したい所ですが、たとえ暇を極めていてもそんな事をしたくないので、好きに呼んでください」
「じゃあこーくんで決定で」
他のサークル会員は自分の趣味嗜好に東奔西走している最中であるため、この室内にいるのは僕ら二人だけ。だが、燕先輩は有名な研究室に推薦が決まり、こうやって天体観測に適した場所を調べるため、毎日地図と睨めっこしている。僕はと言えばみんなのような趣味人ではないし、なんなら趣味と呼べるようなものは特にないため、こうやってぼーっとするしかない。
「先輩、やることがないっす」
「そうだねーーー」
その返事はテキトーだった。
どうやら、集中しているらしい。
「僕、ちょっとそこいら散歩してきます」
「うん、いってらっしゃい」
顔を見合わせることもやる気もない見送りを背に、サークル室から廊下へと出る。差し込まれる陽光で明るく、日中であり晴れであることをアピールされる。窓の外を見ると、桜はすでに散っており、その代わりとして緑が生い茂る。最高気温は28度を記録しており、横切っていく大学生は半袖や薄い洋服を着ている人が多い。
要するに、七月である。
「あっつい」
僕はそう言った時、サークル室に引きこもっていた理由を思い出した。クーラーがしっかりと効いており、室内温度が25度と過ごすには適した温度に固定されているからだ。
わざわざ涼しい部屋を出て、ダラダラと廊下をゾンビのような足取りで散歩をしているのを考えれば、環境変化に対してあまり関心がないのだろう。
はっ、つくづく、僕は研究者には向いてない。
そんな自虐をしながら歩く。追試のトラウマを植え付けた講義室を避け、行く意味のない研究棟にいかず、注文しない食堂を横切り、気づけば外へ出ていた。
「あひゅうーーー」
本日二回目の奇声を上げる。
しかし、状況は変わることもなく、炎天下にその身を晒し続ける愚行を重ねるだけ。そんな愚かな僕の前に、一人の人間の影が差す。
「自分、暇そやな」
関西弁、に憧れて似非関西弁を言い放つ女。追試常連である僕の同志で、その気軽さから紫苑の大学における二人目の友人。
名を、漣カノン。
「キャノンさんよ、見かけるたびに暇人呼ばわりするのはどうか思うぜ。実際に、僕はこうやって空を見上げることによって、平穏を享受しているのさ。やるべきことがないってことは、何かに追われてないってことだからな」
「だったら、人をキャノンというのをやめてもらえんかな。一時の言い間違いを、人の呼び名にすんのは失礼と思うんやけど」
言い間違いであったが、キャノンというのはなかなかどうしてうまく呼んだものだと自分で感心している。そのまま見るならば文字通り大砲と言えるものだが、彼女はそこまで発達した肉体を持っているわけでもない。というか、そう意識して呼ぶのは女性に対して失礼というものだ。ではなぜそう呼ぶのかと言えば、写真が大好きだからだ。それこそ肩から紐で繋がっている一眼レフはその呼び名のメーカーだ。
故に、キャノン。
「そいで、何しにきたんだよ」
そういうと、なぜかキャノンは僕を横に押し除けながらベンチへと座る。
「写真を撮ってたんよ」
「さいで」
「それでこの辺を撮ってたんよ」
「はぁ」
「そしたらな、風景を馬鹿面で台無しにしている奴がいたからな」
言い回しが相変わらず酷い。
「僕は邪魔者かよ」
「人っ子一人おらん方が風景は綺麗に撮れるさかい、邪魔者であることは否定できんな」
「成程。じゃあ、僕は遠慮なくここにいるとしよう」
「なんでやねん」
「人生の疲れを癒している最中なんだよ。思考停止で風景を眺めるのは、勉強に忙殺された頭を休めるにはいいだろう?」
「・・・・自分、隙さえあれば勉強するタイプじゃないやろ。そもそも大学は夏休みに入ってんやから、何でここにいるんかも理解し難いわ」
「というか、そういうキャノンこそ、何のようだよ」
「私は野暮用や。自分みたいに何もせんとここにいるわけやない」
それはサークルのルールの関係上、というのを話すわけにはいかないか。
さて、どう言い訳するか。
「ほら、家にいてもやることがないだろ?大学だったら何かしらのイベントに巻き込まれるってな」
「つまり?」
「暇・・・・って、嵌めやがったな!?」
「いや、ただの自爆やろ」
しかし、本当にやることがない。
本来であれば誰かの研究に巻き込まれるか、依頼がサークルに舞い込むか、御厨先輩に拉致られるかのどれかだ。どの選択肢が一番面倒かつ連鎖反応を引き起こすかというのは言うまでもない。
ブルルン。
どこからかエンジン音が聞こえる。
「はぁーーーーーー」
噂をすれば人の影が差すというけど、こんな即時配達は求めてない。断じて。
「やらかした」
「え、急にどうしたんや」
僕は両手で顔を覆う。
その音というのはもちろんあの人が来る合図であり、問答無用で連れ去られるというわけで、つまりは暇ではなくなるということだ。
いや、暇を持て余したからそれを解消するという願望は叶うわけだが、突発的なイベントを求めていたわけではない。
「キャノン、また今度だ。僕は逃げる事とする」
「何したかわからんけど、やらかしたんなら早々に挽回することやな」
「あぁ、肝に銘じでおくよ」
急いでベンチから飛び起きて校舎へと向かう。室内ならばさしもの先輩でも侵入するわけにもいかないため、時間稼ぎにはなるだろう。
結局捕まるのだが、それでも抵抗することに意義はある。
効くかどうかはともかく、嫌がっているというアピールにはなるんだから。
というか、未だに左手が完治してないのに、どうやって後部座席に座らせるんだよ。
「はぁはぁ!」
左手から走ってくる痛みに邪魔されながらも、懸命に左足と右足を回転させる。
「あと少し!」
右手を限界まで伸ばし、校舎へと続くドアノブへと指先が触れようとする。
「ダメだよ、後輩君」
その一言が聞こえると、腰に蛇のように手が巻きつけられ、そのまま肩に抱き抱えられる。どうやらかなり無茶な軌道をバイクに要求したようで、見渡すとバイクが旋回しながら地面を削った跡があった。
「後輩君、ダメだよ。仕事を手伝ってくれる約束をしたはずなんだから、やってもらわないと」
抵抗とは、斯くも虚しき行いだっただろうか。
相変わらずこの人の自由さには敵わない。
そして、訂正しておくが、約束なんてしてない。
「何の話でしたっけ?」
「しっかりしてよ後輩君。モデルの仕事に決まってるだろ?」
どうやら決まっていたらしい。
「えーっと、あれですよね。F1とかの車が轟音鳴らすレース場の中で、白黒模様の旗を振り回す仕事でしたっけ」
「レースクイーンじゃないね」
「あ、思い出した。何かの風景をバックに、季節もの服を羽織ってキメ顔で撮るんですよね」
「雑誌モデルでもないね」
「あ、わかりました。あれですよね、あれあれ」
「あれとは?」
「あのー、あれっすよあれ」
どうやら僕はモデルという仕事をよくわかっていない。というか、杜撰な理解しかしてないことをわかっていただきたい。
「君はモデルを女性らしさをアピールするためのものだと思ってないかい?」
「まぁその節はなくもないっすけど」
「君はもっと多角的な視点を持って物事を捉えた方がいい」
「多角的な視点ですか」
人間を肩に担ぎ上げ、片手でバイクを運転している人間のセリフだとは思えない。
故に、「お前は馬鹿だべ」ぐらいの地元ノリ全開のヤンキーが吐くような物言いをするべきだ。
「というか、今日はちゃんと話してくれるんですね」
「いつもしているじゃないか。君が私を変人扱いしているからそう思うんだよ」
あぁ、そうだ。
この人に逐一突っ込んでたらキリがないんだった。
「それで何するんですか」
「私は何でモデルになったんだっけ?」
そうやって、ヒントを与えるように御厨先輩は僕に言う。
そして、僕は動かしてなかった脳を僅かに回転させながら答える。
「ミス心海大学に選ばれたから?ですよね?」
「うんうん、じゃあモデルはどういう仕事だと思う?」
「なんすかそれ」
モデルとは。僕はポケットからスマホを取り出し、その文言を検索画面に入力する。
「洋服やアクセサリーなどの魅力を伝えるために、身に着けて見せる職業。だそうです」
「うん、不正解」
「え?」
おいおい、インターネットに書いてある模範解答だぞ。
「まぁ間違ってないけど、それは狭義的だよね。私が言ってるのは、もっと広義的な意味合いだよ」
「コーギーですか」
「君、わからなくなってくると巫山戯るよね」
犬種ではないこともわかっているし、広い意味での捉え方をしろと言ってるのも理解しているが、残念な僕の頭では解答を弾き出せない。
「答えは広報活動だね」
「広報、つまりは宣伝ですか」
「そうだね。君がさっき言ったアクセサリーとか服とかも、モデルがつけることによって有名になったりするし、雑誌もその人の写真が載っているからと買う人もいるからね」
「それで今回もその広報活動とやらをすると。何を宣伝するんですか」
「はぁ、やれやれ。私が何でヒントを出してやったんだと思うんだよ」
成程、あれは今日の仕事のヒントか。
「心海大学の宣伝ですか」
「正確に言うなら、パンフレットの撮影だけどね」
魔窟の宣伝など、これまた物好きな。
というか、世間的に見れば研究の最前線なんだから、そんなことをしなくても人は大量に来るのでは?
いや、そうか。
今年の倍率は1.2倍だ。
10倍であったことを踏まえれば、試験者が目減りしていることは事実だ。入ることに優秀さは必要だろうが、それでも選ばざるを得ないと言うよりも、選べると言う方がいいのだろう。
事件を引き起こしたのは大学側だと言うのに、その立ち位置にいたいのは大学単位の傲慢さか、それとも金の亡者が人事側にいるのか。
いや、そんなわかりやすい俗人は魑魅魍魎が跋扈するここでは凡人の思考だ。前者の方が現実的いや、心海大学らしいと言える。
「はぁ、帰りたい」
そんな文句を言っていると、回転していたタイヤがブレーキ音と共に静かに止まり、御厨先輩は僕を下ろすことなく、バイクから飛び降りる。
「さて、行こうか」
バイクを走らせること五分。
わかっていたが、視界の端に門が映っていた。つまり、心海大学の正面玄関である。
「さて、集合時間まであと十分か。ちと早く着いたね」
何だろう、先輩がちゃんとした行動をとるたびに驚きを隠せない自分がいる。
でも、実は常識人でしたという評価をすることはないと絶対の自信がある。
「そういえば、いっつもライダースーツですけど、着る服とかは用意しているんですか?」
「多分」
「多分って何ですか」
「私には専属のスタイリストがいるからね。服やらメイクやらは任せているんだよ」
あー、確かに芸能人とかにそういうのがいると聞いたことがある。
「そのスタイリストさんってのは誰なんですか?」
「後輩君は知らないと思うよ。見せたことないはずだし」
スタイリストも気になる。
けど、僕がぶら下げ続ける状況の方が気になる。
「先輩、そろそろ下ろしてください」
「ダメだよ。そんなことしたら逃げるだろ?状況が固まればそんなこともないだろうけど」
チッ、僕の事をよくわかってやがる。
「後輩君」
「何ですか」
「左手はどうだい?」
み、御厨先輩が心配を………した?
ぼ、僕の心配を!?
「どうしたんだい、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をして」
天変地異だ。世界の終わりだ。
すまない、僕のせいで全人類が巻き添えに。
「今度はドブ色の顔だね」
何ておふざけはともかく、僕の左手は握れはできるものの、物を持つことはできなくなっている。握力が無いと言ってもいい。
1ヶ月半でそこまで行けるのは驚異的な回復力であり、ニュアンスはまるで人間じゃ無いと言わんばかりだったが、例外はあるのだろう。現に回復しているのだから。
「まぁまぁ、ですかね。まだ痛みはありますが、それでもだいぶ治りましたよ」
「じゃあ、よかったね。君は私と同じタイプだから、どうせこれからも無茶苦茶やるだろうし、それぐらいの傷はこれからも覚悟しといた方がいいよ」
「重傷ですけれども」
「だから、それに耐えれるようになれって言ってるんだよ」
この大学四年の過程を経て、とんでもない化け物になるかもしれないな。この重傷もだいぶ覚悟はいったが、それもいずれ麻痺するんだろうか。
リンゴーンリーンゴーン。
正午の鐘が鳴り、現行の授業の終了を知らせると共に、集合時間に成ったことも教える。
「あれ、先輩方の話と違う」
大学の入り口からそんな事を言いながら、三脚を肩に乗せた一人の女性が静かに歩いていく。その様相はとても手慣れているように感じ、カメラマンとしての一定の信頼が全身から感じられる。
「キャノンかよ」
背筋をつりそうになりながら限界まで観察していた僕だが、何となく予想がついていたこともあり、あまりの予想通りっぷりにがっかりせざるを得ない。
「君が今日のカメラマンかい?」
「は、はい!よろしくお願いしま……って、何で人を担いでいるんですか?」
「あぁ、これは逃げないためにね」
「逃げない……ため?」
あまりの意味不明っぷりにキャノンは頭に疑問符を打っているようだ。このまましたり顔を浮かべながら、洗礼を浴びるところを観察しておきたいな。
「知り合いならいいか。ほら、挨拶して」
「ぐへ」
雑に地面へと放り投げられた僕は間抜けな声を出しつつも、服についた砂やらを払いながら立ち上がる。
「いつもの胡散臭い似非関西弁は使わないのな」
「何で自分がいるんや!?」
まさに驚いていますよと言わんばかりに、目を開いて指を指しながら大声を上げる。
「後輩君とはひょんなことから知り合ってね、こうやって担ぎ担がれる関係、だよね?」
「色々言いたいことはありますが、まぁそういうことでいいです」
「意味不明や」
二回か。持った方じゃ無いか?
会った瞬間に頭抱える人もいるぐらいだし。
「と、とりあえず撮影を……って、服はそれじゃ無いですよね」
「あぁ、もうすぐスタイリストが来ると思うから、ちょっと待っててね」
「ていうか、そのスタイリストってどんな人なんですか」
「自分も知らんのかいな」
「そんなもんは知らん」
そもそも、御厨先輩に興味を持つことすらなかったし、ただの厄介な人、それで十分だったとも言える。ぶっちゃけバイクで連れ回されることが多かったから、交流と言えるものがあまりなかったというのが一番の理由か。
結局、この人のせいじゃないか。
「うーん、そうだね。変人度は私と同じぐらいかな」
変人度とは。
「変人度って何ですか?」
聞いちゃったよ。
そうだよな、気になるよな、キャノン。
でも、この人に関して細かいところを突き詰めると終わるぞ。
「まぁアニメで言うところの戦闘力みたいなものだよね」
スーパー変人とか、それの2や3がいるってわけか。勘弁していただきたい。
「あれ、僕の悪口?」
「「………ッ!?」」
僕とキャノンは背後からの声に驚き、即座に振り返ったが、そこには誰もいなかった。
「こ、声がしたよな。な、なぁ、キャノン」
「あぁ、確かに聞いたはずや。やから、人がいるはずやけど」
「僕のこと?」
「「ッ!?」」
急に差し込まれる声に再び驚き、声のした方向、御厨先輩がいる方へと視線を戻すと、そこには先輩と同じ身長を持つ短髪の男がいた。
「相変わらずサプライズが大好きだね、冷ちゃん」
「インパクトってのは第一印象では大事だからね、初対面の人を見るとやりたくなる衝動に駆られるんだよね」
上げられていたはずのハードルを開始早々から飛び越えるのはやめていただきたい。
「その目論見は成功しているよ。ほら、二人とも口が開きっぱなしだ」
「いいね。じゃあついでに自己紹介も済ませよう。僕の名前は愛宕冷泉だよ。気軽に冷ちゃんって呼んでね」




