飛燕よ、星より高く
1時間前。
「しゃああああッ!」
僕は雄叫びをあげ、
「くそおおおおおッ!」
京極先輩は慟哭をあげていた。
二人の間には手が差し出されており、片や拳を握りしめ、片やピースをしていた。
じゃんけんである。
凶星が寄生している事がわかった以上、どちらが引き剥がす役割をするのか。つまり、端的に言えば燕先輩を誰が救うかのじゃんけんだ。
「くっ、日本史なら負けねぇのに……」
「いやいや、それじゃ今のサークルで誰も勝てませんよ」
自分の分野を持ち出すほど悔しいと言う事か。
まぁそれもそうだろう。
2勝2敗と言う超接戦を演じた上に、4回のあいこの末に決着がついたのだから。
僕も緊張のあまり、心臓が口から飛び出るかと思った。
「一喜一憂しているところ申し訳ないですけど、マジでやるんですか」
「マジでやるに決まってんだろ。少なからず、燕先輩から否が応でも離れてもらう」
目撃されることによって対象に寄生する、と仮定すれば、燕先輩の目を見れば勝手に剥がれる。見ると言う作業が挟まる以上、生物じゃないと無理だし、それを他人やわけわからん生物に取られるのも癪だ。
依頼を受けたんだ。燕先輩らしく言うなら、最後まで責任を持つと選択したのは僕らだ。
「だからと言って、自分を賭け金に使うのはだいぶ理解し難いと言うか、依頼如きにそこまでやるのかと」
「何言ってんだ。人一人救おうってんだぜ、逆に人間一人の賭け金で済むなら儲けもんだろ。お前は1000円勝つために、1000円未満で勝とうとするのかよ」
「いや、賭けはよくわからんですけども……」
言いたいことは分からんでもない。
そう言いだけだ。
だが、納得はできないか。
「紬、燕先輩に倣って、先輩らしく僕がお前に一つ教えてやろう」
「なんですか」
「依頼如き、僕もそう思ったことは何度もある。なんなら、大多数の依頼はそう思ってもいいと思う。でも、今回は違う」
僕はサークル室の壁にかけてある木札にある名前、そこに指を指す。
「先輩が、友達が、身内が、心の底から助けてくれと言ったんだ。それに気づかなかった僕は馬鹿だが、それがわかってしまった以上、助けない理由はないんだよ」
「それはわかりますけど、自分を秤をかける理由にはならないんじゃ」
「あーあ、野暮だな。世の中なんでも論理じゃねぇんだよ」
僕と京極先輩は顔を見合わせ、紬に言う。
「「男の矜持だ」」
そして、場面は戻るーーーーーーー。
「何をやろうってんだ!後輩くん!」
「何をやろうって、大体わかるでしょ燕先輩」
格好をつけてはいるが、僕は結構驚いている。
マジで何も見えない。だが、黒い星だけがはっきりくっきりと見える。
これだけ嫌らしさに能力を全振りした怪異は久しぶりだろうな。
「御同輩、大丈夫か?」
「揃いも揃って心配しすぎですよ。先輩なら、後輩のやることを黙って見守らなきゃね」
さて、やるか。
痛いのは嫌いだが、脅しとは大仰にやるからこそ効果がある。
「さて、凶星さんよ。俺は今からお前を殺すわけだが、何か申し開きはあるだろうか。燕先輩に土下座して謝って元の位置に戻ろうってんなら、それは控えてやるよ」
・・・・・・。
何も言わない、か。
そりゃそうか、喋るような感じじゃないもの。
「はぁ、まぁ見られていることを認識している以上、お前を生物と思う。と言うか、それしかあり得ないと思っている。だから、精々ビビるといい、僕みたいな異常者に取り憑いたことを」
口上は終わった。
ならば、あとはやるべきことをやるだけだ。
「先輩方」
僕は振り返ることなく、二人に声をかける。
「今から出血多量で気絶することになりそうなので、バックアップは任せました」
そして、のうのうとそんなことを言う。
「待って!何をする気だい!目を潰すのかい!ダメだよ、そんなこと。だったら、私が!」
目の負担に耐えながらも、手を伸ばす燕。だが、その手を旭は止める。
「ダメだ、ダメなんだよ。請け負った以上、依頼人が満足する形で俺らが着地させなきゃならない。燕、お前が犠牲になったらそれは破綻することになる」
「でも!だって!彼が!」
声を聞けば、狼狽えている事がわかる。
心配、してくれているんだろう。
でも、残念ながら俺は目を潰す気はない。
「先輩、大丈夫です。大丈夫ですから、そこで黙って見てろよ」
一息分の空白。
そして、決意を固めてナイフを突き立てる。
その凶刃の先にあったのは、左の手のひら。
「ーーーーッッッ!!!!」
痛い。痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛いッ!
全身を震わせ、冷や汗を流し、手のひらからはボタボタと血が皮膚とナイフの隙間を縫って流れていく。
声にならない絶叫をあげそうになりながらも、それを全力で喉奥へと押さえ込み、自分の目の前であろう場所に、刃を引き抜いて風穴が空いた手のひらを開いてみせる。
「これが、お前の末路だ」
血管も、神経も、後から手術をすれば元に戻るらしい。リハビリは時間がかかるかもしれないとも言っていたが、そんなものは後の話だ。
掛け金が戻ってくる上に、一人の人間の未来を勝ち得るってんだ。わかりきった勝負に賭けるというのは、どれだけ楽だろうか。
「どうだ?ちったはビビったか?なぁ、凶星さんよッ!」
ここまでしてんのに離れねぇのか。
やべぇ、血が止まらねぇ。
血の気も引いてきやがった。
「お前は人間の末路が何かを知らないのか。教えてやろう、人間は死ぬとな、火葬されるんだぜ?それも目を閉じた状態でな。お前は誰にも目撃されることもなく、僕とともに炎上網の中死んでいくんだ」
朦朧としていく意識の最中、僕は自分の目に切先を向ける。
「道連れになってもらうぞ、燕先輩が笑うためにな」
その切先は迷いなく、勢いよく、
僕の目へとーーー。
だが、そうならなかった。
燕先輩が、僕の手を握り、刃を無理やり止めたのだ。
そう、見えている。
「燕先輩、さっき振りですね」
「無茶するね、後輩くん」
ぐらり。
安堵と共に力が抜けてしまったのか、僕の体は言うことを聞かず、その場で傾く。
「後輩くん!」
燕先輩は僕の手からナイフを取り上げて地面に滑らせた後、地面にぶつかる前に抱き止める。
「大丈夫かい!」
薄れゆく意識の最中、先輩が必死の形相で声をかけてくれている。だが、もう何を言ってるか聞き取れはしない。
「後輩くん!起きてよ!目を開けて!」
先輩が涙を流している。
ダメだな、僕は。
そんな自戒をしている間に、僕の目は先輩ではなく、空を見ていた。
先ほどまで雨模様だったが、今や太陽がのぞいていた。
その雲間をなぞるように、一匹のツバメが飛ぶ。
「……せん、ぱい」
「後輩くん!?」
かろうじて残っていた感覚を総動員して、右手で太陽を指差す。
「先輩、いつまで迷っているんですか。燕、なんですから、高く飛んでください」
僕はやっと、言いたいことを言える。
「高く、それも星より。いい夢持ってんですから、それを叶えてくださいよ」
限界を迎え、そのまま目を閉じる。
直前の光景がどんなものだったかは覚えてない。
けれど、涙を流す燕先輩を見てこう思った。
なんて、綺麗な目をする人だろうか。




