鳴かずとも、その声は届きえり
ここは何処だろうか。
どうやら、またやってしまったらしい。
朝、顔を洗おうと近くの水辺を探していたのに、気づけば街にまで来てしまったようだ。
「何県の何市なんだ」
ランドマークがあれば分かりがいいのだが、そんなことは目が見えない私には関係ないか。
電話をかけるか?
いや、きっと二人は私に飽きれている頃だろう。自分で依頼を出しておきながら、一人で消えてしまっているのだから。
………だめだだめだ。
ネガティブに考えても、物事は前に進みはしない。とりあえず、現在地の把握を。
目を閉じて、耳を澄ます。
これは後から、それこそ失明してからできるようになったことだが、音の反響でマッピングができるようになった。感覚の一つが閉じると他が鋭敏になるとはよく言ったものだが、こんなものが私に備わるのは半ば反則気味であると思う。ここまでくれば見るだけでも情報は得られる筈のため、制限が意味をなしていない気はする。まぁ、そういう風にしたのは自分だけど。
「……………?」
私の聴覚はいろんな情報を与えてくれたが、その中で気になるものを見つけたようなので、確認のために歩くことにした。
しかし、大学四年という卒業間近なタイミングで、まさか後輩とあれほど話す機会に恵まれると思わなかった。いや、没交渉であったというわけではないが、あれほど面と向かって話したことがない。
私は自分で言うのもあれだが、立派に先輩をやれていたとは思う。この体質になって気づいたことでもあるが、如何やらかなりの寂しがり屋であったことがわかった。
失明してから位置はわかっても人と眼を合わせることがなくなり、会話をしても気を使われて当たり障りのない話をされるばかり。さらに言えば意味不明な場所に私は毎度の如く行くため、会話の頻度自体が少ない。
だから、会話のしやすさに重点を置いて、会話を続けようと努めてきた。
だが、そもそも根本の解決をしなければただの対症療法に過ぎず、意味がないとまではいかないまでも、報われないとは思うほど、不十分な成果だというのは言うまでもない。
春夏秋冬先輩が卒業して、寂しくてもすぐに縋ってもいい人間が居なくなった。旭くんは私の事情を深く関わってしまっている上に、かなり気を遣うため弱音を吐けない。
だからかな。
最上級生となり、孤独を極めてしまったが故に、私はやっと言うことができたんだ。
冗談混じりであっても、泣くことができたんだ。
「依頼、解決してくれるかな」
ポツポツと雨が降り続ける最中、燕は傘を持つ人々の間を切り裂きながら歩く。
「寂しいな」
私が依頼を出したのは、後輩くんの言う通り、友人との親密度が大してないため、事情に深く立ち入ろうとする人間がいない事が要因だ。
端的に言えば、友達がいない。
故に、頼る人間が少ないと言うのは正しい。
それでも後輩くんに出したのは、彼が依頼の達成率100%である事がだから。
そして、彼の輪に入れて欲しかったからとも言える。
つらつらと自分の孤独具合を振り返っていると、どうやら目的地に着いたようだ。
『東京スカイツリーにようこそ!』
自動ドアのセンサーが私を認識して、その中へと入っていくと、電子の音声が自己紹介と言わんばかり流れる。
「………とう、きょう。じゃないか」
久しぶりとも言わないが、どうやら一週間に一回ある地方跨ぎが起きてしまったようだ。
勿論私も馬鹿ではないため、おかしさは強く感じているが、現在地の情報が嘘でない以上、移動してしまったと言う事実は残る。
変異体とも言わしめた私の身体能力でも、移動しているわけない距離の説明にはならない。
原因は予測はつくが、決定的ではない以上、語るべきものではないのだろう。
プルルルルッ。プルルルルッ。
珍しい、携帯が振動している。
勿論出ないと言う選択肢はないため、私は即座に外に出て、携帯を取り出す。
「えーっと、確かこっち」
スマホの下の右。
それが確か通話ボタン。
間違って左を押してしまうと切ってしまう。
何千回と繰り返してきた愚行のため、トラウマとなってそれはわかっている。
「はい、燕だよ」
「おぉ、元気か、燕」
「旭くんじゃないか。元気だよ元気。すまない、知っていると思うけど、私そっちにいなくてね」
「あぁ、わかっているさ。GPSが東京を指し示してんだが間違いないよな?御同輩がお前の依頼を解決してくれるんだって」
「えっ………」
瞬間、思考が停止した。
依頼を解決……する?
「で、できるの!?」
「あぁ、できるさ。と言うわけで、電車でそっちに向かってるから、間違っても移動しようなんて考えるなよ。一歩も動くな、きついならその場に座ってろ。いいか、絶対動くなよ」
散々移動するなと言及した後、旭くんは満足気に携帯を切ってしまった。
「動くな……か」
走り続けることを余儀なくされたが、止まれと言われたのは久しぶりだった。
走って強くなるしかなかったが、まるで弱くていいじゃないかと諭されているようだ。
「ははは、あははは」
溢れる。涙が。
私の弱音は、無駄じゃなかった。
私の強がりは、無意味じゃなかった。
「燕ッ!」「先輩ッ!」
後ろから、二人の声が聞こえる!
あぁ、よかった。
「な、泣いて、大丈夫ですか、先輩」
「だ、大丈夫さ。これは汗ってやつさ」
瞼の隙間から漏れ出る涙を拭いて、二人にあらためて向き直る。
「燕、平気か?」
「あぁ、これで終わりだ。なら、涙を流すのはその後だね」
「その通り、先輩には感謝で咽び泣いてもらうんですから」
「はは、頼もしいね。それで、私は何をすればいいんだい?」
私がそう言うと、その場で少し沈黙が起きる。
そして、
「京極先輩、じゃんけんで三回も勝負したんですから、ここは俺に譲ってもらいますよ」
「………あぁ、頼んだ」
「え?なんだい、その雰囲気」
て言うか、じゃんけんって言わなかった!?
「先輩、先輩がやることは実に単純です。目を開けて、僕と視線を合わせてください」
「目を開ける?」
「えぇ、それだけでいいんです。後のことは僕に任せてください」
「一体何をーーー」
「御同輩が解決するってんだ、お前は気にしなくていい」
嬉しさ、同時に嫌な予感。
でも、確信めいた言葉を旭くんや後輩くんが言っている以上、その信頼に応えないわけにはいかない。
「………わかった。それじゃあ、いくよ」
燕は言われた通り、瞼を開く。
それは怖々ではあったが、間違いなく、自ら世界を認識しようとする行為。
そして、開かれる燕の目、そこには予測通り黒き星が張り付いていた。
「見つけたぜ、凶星ッ!」
その一言ともに凶星が離れ、失明だと思われた私の目には光が灯された。
「え………」
またもや思考停止。
だが、わかった事がある。
私は目が見えなくなったわけじゃなかった。
それと共に、後輩くんが肩代わりをした。
現に、今まで睨め付けていた星が後輩くんの目にあるんだから。
「後輩く……うっ!」
急いで駆け寄ろうにも、ずっと暗闇しか味わってなかった目は数年ぶりの光に悲鳴をあげ、その刺激から涙を流させる。
「無茶するな、燕。お前はやっと目が見えるようになったんだから」
「だけど!後輩くんが!」
「安心しろ、算段はある!」
そうだとしても、見届ける責任はある。
そう思い、薄目を開け、後輩くんの姿を捉える。初めて見る後輩くんは目が見えないと言うのに、たったまま空を見上げて堂々としたものだった。
「さて、こっからはパワープレイか」
そう言って、後輩くんはポケットからナイフを取り出して、開けっぱなしの自分の目の前へと刃をぎらりと光らせる。
「終わらせようぜ、凶星よ」
刃の表面に映った顔は、ニヤリと笑っていた。




