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人間未満、あるいは未完成  作者: レム睡眠
2章 臥竜岡燕編
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22/25

誤認した事実、解明される真実

⚠️燕編の最大級のネタバレ

さて、翌日。

「眠い」

僕は結局テントに行けず、プロジェクターの前で膝を抱えて気絶していた。


横になりたくなかった訳じゃなく、テントに行ったら二人が恋人のようにくっついてる妄想をしたからでもない。

春夏秋冬先輩のヒントを解き明かそうと考え耽っていると、いつの間にか機能停止を引き起こしていたと言うだけだ。


「……あえ」


目を開けると、天井に映っていた星空は無くなっていた。朝日によって内部が照らされて薄くなっていると思ったが、単純に映ってないだけだ。視線を天井から下へと戻すと、そこには朝ごはんの調理をしていた京極先輩がいた。


「起きたのか、御同輩」

「おはようございます」


昨日は鍋であったが、今日はフライパンを片手に、二つの鮭の切り身をジュージューと音を立てながら焼いている。そんな美味しそうな鮭とはまた別の、芳しい匂いが京極先輩のコップからする。


「コーヒー、飲むか?」

「いただきます」

「砂糖はないが大丈夫か?」

「そんなもん入りませんよ」


ポットに中身がまだ残っていたのか、残りを新しいコップへと注ぎ込む。上品な華やかな花の香りとナッツのような香ばしさが鼻腔を刺激する。僕はコーヒーに全くもって精通してないが、匂いが判然としているため、混じりっ気がない。つまり、豆が一種類という訳だ。


「これ、なんですか」

「ブルーマウンテンだ」


僕は匂いを堪能した後、少し口をつける。

これは体質かもしれないが、空きっ腹にコーヒーを入れると、どうしたってお腹が痛くなる。それこそ昨日もらった携帯食料などをもらうべき場面であったのだが、頭が起きてない僕は考えもなしに飲み、胃に到達したことを知らせる腹痛で思い出した。


「…………痛い」


ボソリと呟く程度の痛みだとはいえ、頭を叩き起こすようなものではある。自分の間抜け度を晒し上げられているような気分にもなるため、屈辱すら味わえる。

ふっ、コーヒー1杯だけでここまで思いを馳せられるのも、僕が馬鹿たる所以か。


「そろそろか」


カチン。

京極先輩はカセットコンロから火を消して、紙製の皿へと鮭を移す。そこからどこからともなく熱くなったパックごはんを取り出し、ナイフで木を削った箸と共に僕の前へと置く。


「至れり尽くせりっすね」

「あぁ、食べろ食べろ」


用意された箸を手にし、鮭の切り身に差し込む。ホロリと崩れた切り身をご飯の上に乗せ、口の中へと運ぶ。


「・・・・・めっちゃ美味いですね」


あまりの美味しさに即座に反応することができず、数秒後に感想へと至る。


「よかった、誰かに振る舞うなんて久しぶりだからな。一人の生活に慣れすぎると自分の舌を満足させられればいいってなるからな」

「十分じゃないですか?昨日食べさせてもらった携帯食料も含めて絶品ですよ」

「ハハ、褒め上手だな」


なんてことのない、少し特殊な朝食。

外だと言うのに、まるで家の中だと勘違いしてしまうような、ありふれてはないけれど、軒並み普通な日常。


故に、疑問を浮かべるのが少しばかり遅かった。


「そういえば、燕先輩はどうしたんですか?」

「燕か?燕はもういないぞ」

「・・・・もういない?」


やばい、起き抜けにそんなことを言われても、頭が動かないぞ。


「えーっと、なんでなんですか」


さらりと答える京極先輩に対して、当然の疑問を投げかける。


「昨日の話、凶星の話を覚えているか?」

「そりゃもちろん」

「じゃあ、それだからだ」

「・・・・・」


説明を、すっ飛ばしやがった。


「ちょい待ってくださいや!説明が足りなさすぎやしませんかね!」

「覚えてるって言ったじゃないか」

「いや、覚えてますけれど、何が原因かまでわかりませんよ!」


本当にこういう節があるよな。

僕は馬鹿なんだって!


「はぁ、昨日燕が言ってただろ?」

「色々いっぱい言ってましたね」

「そうじゃなくて、凶星が自分を観察してるって言ってたじゃないか」


「・・・・・・それがなんですか。まさか、凶星が観察している間しかいないなんて言いませんよね」

「なんだ、わかっているじゃないか」


はぁ、朝から強烈なサーブを打ち込んでくるじゃないか。まるで、事件が終わるまで思考停止を許さないと言われているみたいだ。


「存在の抹消ですか。本当に怪異にとって都合のいい存在にされているんですね。昨日は操り人形じゃないと言ってましたけど、僕としては寄生されていると言われてもおかしくないと思いますがね」

「・・・・・まぁな」


頭を動かす栄養素を摂取しようと、箸はどんどんと目の前の食事を減らしていく。


「さて、ここからどうする。俺も依頼を受けた手前、自分の研究に着手するような暢気さはない。といっても、散々考えて出し絞って今の状況が出来上がってるんだから、新しいアイデアは俺には今のところはない」


ずずっとコーヒーを飲みながら、平然とした顔で京極先輩は言う。いや、平然ではないのか。

そこをさらりと言えるまでに至れるのは、最大限の努力をしている証拠なのだから。


「うーん、どうしたらいいんでしょうね。僕もこのサークルに入って散々ぱら怪異と当たってきましたけど、毎回その経験値が役に立たないんですよね」


分野が違うと言うよりも、畑が違うと言うのが正しいのか。前例のなさで毎回困ると言うわけではなく、怪異という名に相応しいその特異性が問題なのだ。


「とりあえず、学校に戻りましょうか。依頼を受けたとはいえ、考えるのは僕らだけじゃなくてもいいはずです。燕先輩の過去を話すことにはなるでしょうけれど」

「まぁそうだな。だが、話していいもんかね。人の過去だぜ?」


「ダメなら僕が怒られますよ。先輩は後輩に大人しく誤魔化されたとでも言ってください」

「わかった、なら俺がそうしよう。後輩の責任を取るのは、先輩の特権だからな」


そう言って、先輩はゴソゴソとポケットからゴツいカバーケースが取り付けられたスマホを取り出し、番号を打ち込んでからスマホを耳に押し当てる。


「お、御厨か。迎えを頼む」

そう言って電話を切った。

平然と注文しているその様子を見て、これは数回とかの話ではないなと思った。それと同時に、他のことも頭が浮かぶ。


一番振り回されてんの、御厨先輩じゃね?


僕の疑念を浮かべたが、それは遺跡の入り口から聞こえるエンジン音によってかき消された。

顔を見合わせ、遺跡から外に出ると、サイドカーを取り付け、ヘルメットを被った御厨先輩がいた。


「御厨久遠!参上いたしました!」

「いつもすまんな。学校まで頼むぜ」

「先輩の頼みとあらば!あっ、後輩君昨日ぶり」


ツッコミどころ満載だが諦めた。

先輩はサイドカーで、僕が後部座席。

意味不明な配置だが、そんな疑問を無視して御厨先輩は言う。


「レッツゴー!」

某有名な赤帽子の配管工を真似しながら、バイクは出発した。


――――――――――――――――――――――


最悪だった。時速180キロで法定速度という概念をぶち破り、高速道路を颯爽と駆け抜けていった結果、1時間もかからず大学に着いた。


僕と先輩はヨレヨレになったが、御厨先輩は『あ、この後女の子たちとブレイクファストなんで』と言って、そのまま消えていった。


思い浮かんだ言葉を喉奥へとしまいこみ、ふらふらと足取りが不安定なまま、僕と京極先輩はサークル室へと向かう。


唐突な呼び出しに応じてくれた御厨先輩には感謝申し上げる気持ちで一杯であったが、そんなものは暴走まがいの運転でかき消えた。


実際、途中で警察に追われ、その最中に法定速度を守る車などに行手を阻まれたりしたが、高速道路の壁面を走ると言うアクロバティックな解決方法を見せた。「またお前かーッ!」なんて言葉も聞こえた気がするが、そこで僕の意識は途切れた。


「人間って不思議だよな」

「何がですか」

「プラスの出来事があったとしても、少しのマイナスがあるとそれを覆してしまうんだから」


いや、少しのマイナスではないと思いますけれど。多分便利に使ってしまっている申し訳なさがあるんでしょうけれど、そこまでの実直さはあの人に向ける必要はないですよ。


僕らは心の中で小さく、本当に小さく御厨先輩への感謝を申し上げたのち、サークル室の扉を開ける。

すると、そこには紬が机に突っ伏して寝ていた。机の上にはワードパズルが置かれており、当然の如く全問正解していた。ミステリーサークルの新しい暗号担当らしく、研鑽に励んでいると言うわけだ。


「あ、先輩帰ってきたんですか。って、京極先輩がいるのは珍しいですねぇ」

「あぁ、依頼を受けてきたから」

「依頼?ですか?」


「あぁ、紬にも聞いてほしい。僕らじゃダメだった」

「いつになく真面目ですね。じゃあ、ちゃんと聞きます」


ふわぁとあくびをした後、机を整えて僕らを座るように促す。促されるまま座っている時、紬はペットボトルの水に口をつけ、ゆっくりと目を見開いて僕らに向き合う。


「さて、お願いします」


僕らの雰囲気をわずかな時間で感じ取ったのだろう、その顔は真剣そのものだった。


紬が依頼の内容、ましてや過去を言いふらすような人間でないことを知っているため、僕は素直に燕先輩の依頼を話すことにした。


「これまた突飛ですね。突飛というか、ぶっ飛んでいるってのが正しいんでしょうけれど」


なんだろう。丁寧な口調の中に語気強めな言葉が混じると目立つよな。


「まさか先輩が失明していることは知ってましたが、それが方向音痴の要因で、さらには怪異の仕業だったなんて」

「僕も驚きだよ。失明しても方向音痴じゃない人はいるからな」


一番驚きなのはそこじゃなくて、燕先輩の壊れ方だ。知れば知るほど、喋喋喃喃(ちょうちょうなんなん)と話しているその様相がどれだけイカれているかがわかる。いや、正気でないとまでいっていたんだ。


日常風景として落ち着いてしまっていることが、壊れてしまっている何よりの証拠なんだろう。

僕としては、早急に解決したい。


「だが、場所すらわからない……か」

「あ、それです。私としてはそれが気になってました」

「は?」


「京極先輩、朝になって燕先輩が消えるって言ってましたよね?」

「あぁ、仮説だが凶星が出てる夜の間しかーー」

「今したけど、この前」


なんだと!?


「先輩、驚いてますけどそもそも相談乗ったじゃないですか。昼間に」

「あっ…………」


完っ全に忘れてた。


「あっじゃないですよ。しっかりしてください。それで京極先輩っ ……って、こっちも空いた口が塞がってない」


それもそうだろう。

高校から勘違いしていた事実がひっくり返されたんだ。いや、僕も驚きだ。


やっぱり頭いいわ。暗号担当に選んだ春夏秋冬の英断を……って、結局あの人の手のひらか。


「勘違いはなくなったが、ルールが今ひとつ掴めないな。夜が関係ないのならどうやって消えてるんだろうな」

「私に聞かれても困りますけど、凶星っていう怪異は元より星なんですっけ?」

「あぁ、そのはずだ」


「ルールとして観察されないといけないってのも間違いじゃないんですかね」

「ここまでくればその前提もなくなりそうだが、まぁおそらく。そうじゃなければ毎回律儀に消えないだろうし」


紬は京極先輩の言葉に対し、少しばかり思案をする。


「まぁ仮説というか推測という形になりますけど、ワープ能力を持っているんじゃないんですかね」

「「ワープ能力」」

「うわお、綺麗にハモりましたね」


そう仮説を立てて仕舞えば、なんとなく見えてくるものがある。というか、疑問が増える。


「そもそも方向音痴、なのかな」

「はい?」

「紬、というか京極先輩もですが、自分が方向音痴と思っている時はどんなタイミングです?」

「タイミング、随分斜め上な聞き方だな」


僕の疑問に対して二人は唸るが、少しばかり早く紬が口を開く。


「目的地に着くことができなかった場合、ですかね。それを聞いて何を……」


僕の意図が伝わったのか、紬はすぐに考えに耽り始める。


「御同輩、言いたいことはわかるがそれはワープ能力が前提だろ?」


「いや、実際にいなくなってますからね。というよりも、瞬間移動をしたであろうタイミングを僕らは見ました。ならば、それは奴の能力であることは妥当であるかと。でもだからと言って、燕先輩が方向音痴に至ったかというのはいささか疑問が残ります」


「その心は?」


「熊をぶっ殺しているんですよ。それほど空間把握能力がしっかりしている。のにも対して方向音痴だと言うのは、いくらなんでも説明がつかなさすぎる」


僕は自分で言いながら、過去の先輩の言動を振り返り、そして革新的な一手を放つ準備をする。


「なぁ、紬。お前は自分の現在地が間違っていると方向音痴だと思う。そう言ったな」

「はい、そう言いました」

「京極先輩、燕先輩になんで富士の樹海にいるか聞きましたよね」

「聞いた」


確認を終えて、ゆっくりと口を開く。


「あの人、気づいたら()()()()()って言ってたんですよ。さらに言えば、京極先輩の言動に驚きもしてない。つまり、現在地を正確に把握できてる」


「いや、それは本当か?」


「燕先輩は失明しています。目が見えてないんですよ。方向音痴()()()であれば理解できますけど、本人が方向音痴だと断言できるのは正確に把握してないとできないはずですよ」


仮説ではあるが、考えれば辻褄は合う。

誤認させられていたわけだ。

僕も、京極先輩も、燕先輩すら。

なかなかどうして食えない怪異だ。


「これは少しばかり考え方を変えないといけないっすよ、京極先輩」

「変えるってどこからだよ」

「全部ですよ。この仮説が立ってしまった以上、他全部を疑わなきゃならないんですから」


何を見落としている。

ここまでくると洗いざらい考えなければ。


「先輩」

「どうした、紬」


「いや、これは単純な疑問なんですけど、視界がそれら全てで埋まるってどう言うことなんですかね」

「どう言うことって、そんなのまんまだろ?」

「超至近距離で見ればわかりますよ?でも望遠鏡で見ていたんですよね?」


僕は京極先輩の方を見るとうんうんと頷く。


「その景色が固定化されている。これも間違いじゃないと」

「まぁ燕先輩曰くだけどな」


「であれば、隙間、それこそ望遠鏡の縁とかが映るはずじゃありません?」


「なっ………」



「というか、よく考えればですけど、失明しているってことは、文字通り何も見えないわけじゃないですか。だから、()()()()()()()()()()時点で、そもそもおかしな話じゃないですか」


方向音痴も、失明すらも、何もかも誤解だった。いや、もうどこまで疑えばいいんだ。

キリがなくなってきたぞ。


「いや、終わりだ。俺もなんとなくわかってきた、というか燕の言うことが正しければこれで全てが説明つく」

「なんです?」

「さっきの説明を借りるのなら、超至近距離で見てるんだよ」


「何をですか」

「凶星を見ているのさ」


京極先輩は自分の目を指して、僕らに問いかける。


「お前ら、目がどうやって認識しているかわかるか?」

「まぁ、光の屈折とか色々やらですね」

「雑理解だがそうだ。その中で、一番最初物体の光が通る時に角膜ってのを通る」


「角膜って、なんの話をしているんですか」

「御同輩、全部を疑ってさっき言ってたよな。だから、疑ったんだ。凶星が天体であると言う事実を」


「と言うと?」


「寄生生物だったんだ。それも角膜に寄生するな」


驚愕の事実。

それであることは間違いない。

でもそれと同時に思った。


「気持ち悪ッ!」

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