満天の星空に、黒き微光星
「方向音痴を直せ、ですか。『直せ』と言うのは、元より方向音痴じゃなかったからってわけですか」
「何だよ、トリックの種明かしみたいに言うじゃないか。先輩に興味を持たなかった君が悪いんじゃないか」
さて、直せか。
つまり、矯正が必要というわけだ。
治せと言うのならば元より身についてない感覚を教えるだけで済むが、狂ってしまったものを直すというのは、0から始めるよりもかなりきつい。
僕は予測のできない未来に思いを馳せ、天井を見上げる。そこにはプロジェクターが展開する綺麗な星空が広がる。
「ん?」
僕は違和感からそんな声を出したが、それは正解だったようだ。
「先輩。この場合は京極先輩に聞くのが正しいんでしょうけど、星座が全部反対ですよね?」
「…………よく気がついたな」
さっきから京極先輩の顔が曇り模様だな。
まぁおおよそ、燕先輩の方向音痴のきっかけに関わっているんだろう。
「前と変わってないんだったら、私が最後に旭くんと最後に天体観測した星空じゃないのかな?」
「合ってるよ」
最後の思い出ってわけか。
恋人だったとか?
いや、そういう距離感でもないな。
「ていうか、このプロジェクター結構ボロボロだよね。使い古しているというか、使い込んでるってのが正しいのかな。旭くん、そんなに私のことを忘れられなかったのかな?」
先輩はプロジェクターをベタベタと触る。
「当たり前だろ。半分は俺のせいで狂わせちまったみたいなもんだからな」
「半分て、君はあの日に天体観測を提案しただけだろ?気にしなくていいんだよ」
会話から察するに天体観測の日に何かあったのか。方向音痴になってしまうような、何某かか。うん、わからん。
「時と場合と場所を考えられなかった。いや、予測はできななかったとは言え、結果として最悪を引いちまっている以上、記憶を薄れさせるなんて許せないんだよ」
「ははは、真面目だね。旭くんは頑張ってくれたじゃないか。本に載ってないからって、眼科に行ったり遺跡を探してくれたり。春夏秋冬先輩に相談するのが早いんだろうけど、それはできないからね」
「あの人に聞くためにサークルに入ったんだけどな」
「私は巻き込み事故だけどね」
本に載ってない未明の要因。
現代医療でも全貌が見えず、春夏秋冬先輩だけが理解できるもの。
はぁ、まさか。
「怪異、ですか」
「お、よくわかったね」
推測するに、紫苑のように怪異を頼ってしまったというわけじゃなくて、行き合ってしまったというのが正しいか。
「怪異『凶星』。燕の方向音痴はそいつが引き起こしている」
凶星か。
いかにも悪さしてますみたいな名前だな。
「そいつが天体観測の日から燕先輩に何かをしているってわけですか」
「いやいや、そういうわけじゃない。後輩くん、さっきも言ったけど100%誰かのせいだなんてないんだよ」
そうだった。そうだった?
いや、なんか可笑しいような。
「ちょっと待ってくださいよ。それじゃ、まるで燕先輩がその凶星ってのに何かしたからそうなったって聞こえますけど」
「だから、そうだって言ってるんだよ」
燕先輩が怪異に何かをした?
いや、そもそも怪異なんて探せるもんなのか?
「天体観測だ、御同輩。天体観測ってのは何をするんだよ」
「星を見る、ですね。追記するなら望遠鏡でってところでしょうか」
「そうだな。じゃあ、今までの話を聞いて、これまでの燕を見て、答えてくれるか?」
「何を、ですか」
「何で、星を見ると思う」
何で。動機。
燕先輩が星を見る動機。
宇宙飛行士を目指して、天体が好きな人が、星を見続ける理由。
「ミステリーサークルらしく行こう。ウミガメのスープほど予測不能なものじゃないからね。あ、質問もOKだよ」
そんな軽く言われても。
質問、質問か。
「先ほど、ミステリーサークルの話が上がりましたけど、燕先輩に関してはあくまでも参加するつもりはなかったと?」
「そうだね、旭くんが春夏秋冬先輩に相談して、サークルの末席に私を捩じ込んだんだよ。本来はダメだったらしいけど、暗号を解いたら許してくれた」
あれと似たような難易度を。
はぁ、想像したくないな。
「ていうことは、元より研究者志望ってわけですか。宇宙飛行士もその側面が強いですし」
「うん、否定はしないよ」
京極先輩と同じタイプの人間だったわけか。
「先輩、何で星を見るのが好きだったんですか?」
「そうだなぁ、改めて聞かれると弱るけど、言ってしまうなら、綺麗だったからだね」
「綺麗だったから、ですか」
「ほら、一等星とか二等星とかあるし、星座はそんな明るさの違う星の配列でできてるんだよ。面白いよね」
笑いながら燕先輩は語る。
星の話をするたびに、彼女の笑顔は増える。
本当に好きなんだろう。
「先輩、星を見る時に望遠鏡使ってるんですよね?」
「天体望遠鏡だね。あれを高台の地面に立ててよく見てたよ」
「………成程」
星が綺麗だから、それを見ていた。
それだけなら、肉眼で見るだけでいいだろう。
研究者になりたいほど強い興味を持っていて、尚且つ天体望遠鏡まで使って星空を眺めていた。
「なんで、望遠鏡なんですか?」
「言わなかったっけ?見えないものを見ようとしたんだよ」
「燕、それじゃあ言葉不足だ。御同輩、比喩表現ってやつだ。と言っても、その顔はもう答えに辿り着いたな」
この場合の見えないものってのは、誰も見たことがないもの。
つまり、
「先輩は新種の星を見つけようとしたんですね」
「大正解!拍手喝采するよ!」
パチパチパチパチ!
笑いながら燕先輩が拍手をする最中、僕はその理由に到達したせいで、その要因を知ることとなる。
そうか、だからか。
だから、あんな言い回しを。
「先輩は見てしまったんですね。怪異を、凶星を」
僕が静かにそう言うと、燕先輩は拍手をやめて指で丸を作る。
「そうだね。あの日、この満天の星空が広がっている空の下で、空洞のようにポツンと浮かんでいた黒き星を、私は見てしまったんだ。未だに、その光景を目に焼きついて離れないよ」
つらつらと燕先輩は話す。
苦しんでいる今を無視して、通り過ぎた過去のように。
「目に焼きついて、ですか」
凶星を見てしまったから。
僕はその理由によって、知り合った直後から思っていた原因にようやく辿り着いてしまった。
いや、ようやく出発地点に立ったのか。
僕はあまりにも、燕先輩を、臥竜岡燕と言う人物を知らなさ過ぎた。
「成程、それで方向音痴ですか」
「何か、わかったのかい?」
僕は自分の目に指を押し当てながら、そして申し訳なさそうに呟く。
「先輩が"目が見えない"のはそれが原因ですか」
僕はそう言った時、先輩はニヤリと笑う。
「いいね、春夏秋冬先輩に聞いたように、君は長文問題が大得意なようだね。星を見る理由から、ここまで辿り着くなんて、これは拍手喝采だけじゃ足りないよ」
軽い。実に軽い。
自分の致命的な要因のはずなのに、なぜここまで明るく振る舞えるのか。
「色々気になることはありますが、怪異関連の失明問題です。それも通常の失明じゃないですね」
「本当に一足飛びに理解してくれるね、実に話しやすい。そうだね、私の目にはあの日の光景、黒い星が目に焼きついている。言うなれば、文字通りそれしか見えない」
黒い星しか、凶星だけの視界。
怪異と目が合い続けるなんて、どれほどの恐怖体験だ。
「平気なんですか」
「平気ではないし、正気でもない。凶星は私を観察している以上、あいつの思い通りにしかならない。操り人形といかないまでも、私の方向感覚は捻じ曲げられているんだから」
そうか。
京極先輩が曇るのもうなづける。
その日に天体観測をしなければ、望遠鏡を見なければ、失明することもなかっただろうし、こんな壊れ方を受け入れる必要もなかった。
「先輩、僕はどうしたらいいですか。聞く限り、凶星ってのは天体ですよね。勿忘草みたいに実態が近くにあればどうにもできますが、宇宙にあるものどうこうするのは難しいと」
「まぁ問題はそこだよね。どうすればいいんだろう。ね、旭くん」
「専門分野の傍ら、それは探してみたけど、ヒントとなるもんはないな」
はぁ、前例がないか。
ミステリーサークル関連は大概被った事象のないことばかりだ。毎回近道を許してくれないのは、怪異が同意でもしてんだろうか。
「とりあえず、依頼の全貌は掴めたんだ。動き出すのは明日でいい。時間も遅いしな」
京極先輩が右腕の腕時計を見せてくる。
時刻は11時。
話し込んでいたら、いつのにか深夜となっていたようだ。
「せっかくテントを張ったんだ。無駄にしないために、寝るとしようぜ」
「そうだね、言われたら私も眠くなってきたよ」
燕先輩はふわぁと欠伸する。
京極先輩も意見の一致から自分の装具を取り外し始め、寝る準備へと移行する。
「あれ、後輩くんは寝ないの?」
「僕はもう少し起きてます」
「そうか、プロジェクターはいるか?」
「はい、もう少しこの星を見ていますよ」
「………そうか。上のボタン押せばライトが消える。諸々の片付けは俺がやるから、そのまま放置しといてくれ」
「わかりました」
そう言って薄着となった京極先輩はひと足先に左側の入り口からテントへと入ると、すぐに物音が消えた。
「私も寝ようかな。後輩くん、また明日ね」
ヒラヒラと手を振る燕先輩。
それを平然とやる彼女に、タネを知ってしまった僕は手を振り返すことができず、ただニコニコとテントに入っていくところしか見れなかった。
一人となった僕は星空にもう一度視線を移す。
綺麗だ。語彙力の足りない僕ではそういうのが精一杯だが、同時に思う。
「綺麗な景色を見ていたのに、黒い星だけしか見えないなんて皮肉めいているな」
望遠鏡でのぞいていたということは、周囲も黒に染まっているはず。つまり、瞼を閉じいてる黒よりも黒いその一点に見つめられている。
それは正気ではいられないだろう。
僕は膝を抱え、プロジェクターへと目を落とす。所々が凹んでおり、そこには指のようなものが見える。
おそらく、京極先輩が何度も殴っているんだろう。それほど、悔しい思いをしているんだ。
なればこそ、解決するべきだろう。
プルルルル、プルルルル。
僕が改めて決意を固めているその時、ポケットの中の携帯が振動する。今日1日無視していたこともあり少し気まずかったが、覚悟を決めて通話ボタンをプッシュする。
「やぁ、久しぶりだね」
「……………久しぶりですね」
僕は驚きのあまりに声をあげそうになったが、それをなんとか喉の奥へと仕舞い込み、会話が聞こえないようにテントから少しばかり離れる。
「なんのようですか、春夏秋冬先輩」
「親睦会はうまくいってるかなって、確認の電話」
親睦会。僕はその単語を聞いた時、今朝の誘拐事件を思い出した。
「またか、またあなたなんですか。御厨先輩を使って誘拐させたの」
「いやぁ、だって燕の依頼を断ったなんて聞いたから、どんなトンチキな判断をしたんだと思ってね」
トンチキな判断か。
つまり、燕先輩が怪異に支配されていることを、この人は知っていたんだ。知っていて、放置していたんだ。
「放置したとは失敬な。彼女が自ら助けを求めたタイミングが、私が卒業した時だったんだ」
言い訳にも聞こえるけど、燕先輩の性分を考えればわからなくもない。
「でしょ。まぁ二人と話せば嫌でも依頼を受けてくれるだろうと思ってね。どうだい?久々の大型依頼、それもサークル会員からの依頼だ。特殊なんてもんじゃないと思うけど」
「焚き付けてんですか。必要ないですよ。散々失態を晒してるんですから、ここから挽回させてもらいますよ」
「いい気合いだね。なら、君に任せるよ。君であれば、燕のことも救ってやれるよ」
「なんですかそれ、なんの予想ですか」
「違うよ、これは信頼だ。君は優しいからね、悩んでいる人がいれば一緒に悩むし、理解しようとする。それも相手を尊重してね。優しい人間はいるけど、そこまで優しさに責任を持てるのは、ある種の才能だといっていい。だから、信頼している」
胡散臭いことこの上ないけれど、それでも少しは嬉しい。敵わないと思っている人間に、君はすごいと評価されたんだから。
「さて、私は別件があるからね。そう長く話してやれないから、何か一つだけ質問を許そう」
答えはもちろん教えるつもりないけれど、ヒントぐらいならあげてもいい。まさしく常套句だ。
「答えは要りません。今回の解決はどうしたらいいと思います?」
「ははは、聞き方がわからないが故の万歳アタックか。素直すぎるが嫌いじゃない。そうだね、視線を外す時はどういう時か、考えたほうがいいかもね」
ブツん。
そう言って、春夏秋冬先輩は一方的に電話を切った。
「相変わらず、何を考えているかわからない」
僕はポツリと呟きながら、携帯をポケットへと捩じ込む。再び一人きりの環境の中、立ち上がって星空を覗き込む。
反転した星座、明滅しながら光る星々、その端っこギリギリ視認できるかどうかと言ったところ。天井のシミだと錯覚するほど、小さな小さな黒点、怪異『凶星』。
僕はそこまで歩いて指を指す。
「見てろよ、お前は僕がどうにかする」
そんな判然としない、決まり切ってない言葉を言い放つのだった。




