未明、始発点
カラン。
スープは三人によって完食され、空となった鍋に入っていたお玉は縁をなぞるように一周する。
「はぁー、食べたぁ。落ち着いたぁ」
唸りを上げた猛獣はすっかり鳴りを潜め、遺跡の硬い地面に大の字で寝そべる。
「わかり切っていたことだけど、この遺跡って暗いよね」
「まぁ、光源がないからな。だからランタンを中央に置いてんだから」
熊肉というのは調理が難しいときいたことがあるが、京極先輩は涼しげな顔で調理をしてのけた。しかも、すごく美味しいし。
探検家であるが、料理人でもあるんじゃないかと思ったほどだ。
「旭くん」
「何だよ」
「遺跡だよ、鼻息荒らしながらそこらに書かれている何某かを見なくてもいいの?」
「だいぶ余計なイメージがついてきてるが、ここはもういいんだよ」
「あ、調べ終わったんだ」
「そう言われると今までの含めて全部そうじゃないが、まぁある程度は見終わったからな」
ある程度、か。
調査済みの遺跡から新事実が発掘されたなんてことがあったのかな?
「御同輩、それは結構あるぞ」
「あれ、口に出してました?」
「いや、顔に出てた」
俺の顔って、本当に文字でも浮き出てんのかな。今度手鏡でも持参するか。
「そういえば旭くん。スタープロジェクターないの?」
「スタープロジェクター?」
「後輩くんは知らないのかい?ほら、ランタンとかの外側に模様を入れて、星空を映し出すあれだよ!」
興奮気味に燕先輩が捲し立てているが、星が好きなのかな。
「………あぁ、あるぞ。ここならしっかり映るんじゃないのか?」
「おお!出しておくれよ!ほら、私宇宙飛行士目指してただろ?そういうのは大好きなんだよ」
「宇宙飛行士目指してたんですか」
「あれ?言ってなかったっけ。昔から宇宙とかが大好きでね、推し天体は太陽だね」
推し天体とはなんぞや。
「その理由は?」
「太陽系に属している以上彼への適応を余儀なくされたけど、それでも影響力に適した責任をとっていると思うからさ」
なんかあれだよな。
特殊な見方をしないと気が済まないのか、うちの連中は。
「植物も私たちもそうだけど、彼でしか得られないものがある。でもそれを途切らせることなく、毎日面倒を見てくれてるんだよ。私は毎日太陽に向かって、お母さんと叫びたいぐらいだよ」
まぁ言いたいことはわかる。
わかるけど、なんだろう。
サークルに属している人間はすぐ行動に移したがるよな。知的好奇心が強いというか、もう奇行の類だよな。
「それにしても、宇宙なんて興味の方向がこれまた珍しいですね」
「何言ってんのさ、旭くんなんて人類史なんか言ってんだよ。私は未踏の部分はあるけれど、歴史はかなり手垢まみれだし、さらにこの人は定説を覆すためにやっている側面もあるからね」
そう言われるとそうかもだけど、テーマの壮大さは似たり寄ったりでは?
「定説を覆したいんじゃなくて、それが合ってんのかの確認作業をしているだけだな」
「疑っているからそう思っているんだよ。結局覆そうとしているじゃん」
「見方の問題だろうが。言葉の端だけを読み取って、穿った捉え方をするんじゃねぇよ」
「見誤ってんのはお互い様でしょ。現実的じゃないって、小学校の頃に私の夢を馬鹿にしてたんだから」
「はぁ、それはガキの頃の話だろうが」
言葉尻から察するに、どうやらこの二人は小学生から縁があるようだ。この感じを見るに進路を合わせたなんてことは間違ってもないんだろう。けど、仲が悪そうにも見えない。
今のやりとりは第三者から見れば喧嘩のよう見えるけど、これはこの大学に所属する学生らしく、議論をしているのだ。
即座に発展するが、互いに一歩も譲らないため、終わらない。
というか、最終的に喧嘩になる。
そうなればどうなるか。
京極先輩が死ぬな。うん、止めないと。
「過去をいつまでも…………」
京極先輩がそう言おうとした時、表情に翳りが見え、少し俯く。
「すまない、他意はない」
「………謝らないでよ。そう言われる方が気になる」
あれ、議論が止まった。
というかなんだ、その雰囲気。
「はぁ、スタープロジェクターだったな。準備してやるから、ちょっと待ってろよ」
そう言って京極先輩は強引に話題を変えた。
「後輩くん、春の星とかって知ってる?」
燕先輩も。どうやら、あまり触れられたくはないらしい。
「うーん、夏は大三角形とかでしたけど、春は確か四角形とかでしたよね」
「つまりは微妙ってことか。相変わらず広く浅くって感じだよね」
「ダメですか?」
「ダメじゃないけど、興味がある分野とかないのかなって」
先輩に改めて問われ、少し思案する。
うん、ない。
「今の所はないですかね」
「ふーん、そんなんじゃこの大学辛いだろうに」
「いやいや、今んところは楽しいですよ」
「その心は?」
「変人な先輩に囲まれているからです」
「あ、爽やかにディスられた」
愛想笑いをしながら僕は答えたが、どうやら真意に辿り着くことは容易だったようだ。
「というか、一つ気になったんですけど、聞いてもいいですかね?」
「何をだい?」
「星、というよりも宇宙に興味があるんですよね」
「あるともさ、星は平等だからね」
「宇宙飛行士を目指していたということは、天体観測というよりも天体到達の方が好きってことですか?」
「いや、天体観測の方が好きだったよ。見えないものを見ようとして、ってやつだね。午前2時の踏切に望遠鏡を担いでったことはないけど」
天体観測が好きだった。
宇宙飛行士を目指していた。
全部過去形か。
「今はしないんですか」
「できないが正しいね。望遠鏡も随分と前に捨てちゃったし」
「………成程、そうですか」
「おやおや、随分と私に質問してくれるね。興味を持ってもらえたのかな?」
燕先輩は僕の顔を穏やかな笑みで覗き込んでくる。苦虫を噛み潰したような顔でもなく、質問されて嫌そうな顔でもない。
ならば、赴くままに、なるがままに。
「燕先輩。臥竜岡燕先輩。一つだけ聞いてもいいですか」
「いいよ、可愛い後輩くんにはなんでも答えてあげるよ」
「なんで、夢を諦めたんですか」
核心を突くような質問。
人の傷跡だと知りながら、そこにナイフを突き立て抉るような真似。僕は学習しないな。
「夢を諦めた……か。いい言葉だね。それじゃあまるで、枕詞に"誰かのせいで"なんてものがくっついてきそうだ」
「そうじゃ、ないんですか」
僕は気まずいと顔に書いたまま、先輩に問い直す。それに対して、先輩は笑う。
「ははは、いいね。まだまだ若いよ、後輩くんは」
そう言って、燕先輩は消える。
瞬間、僕の首筋に手刀が当てられる。
「先輩らしく教えてあげよう。後輩くん、人生において他者依存の理由なんて、圧倒的な能力格差による殺人以外であり得ないんだよ」
優しく当てられてはいるが、数ミリずれるだけで僕の首は刎ね飛ばされる。そう思わせるほどのプレッシャーがある。
僕は何度見誤ればいい。
ミステリーサークルに所属している人間は例外なく化物揃いだというのに。
「成功も、失敗も、諦念も、失態も、責任も、全部選択の延長線上にある。選択ができるってことは、少なからず自分の意思が混ざるということ。今の君のように死の恐怖で体を震わせていない限り、人間の頭は考え続けられるんだよ」
何だよそれ。
何なんだよそれ。
それじゃああまりにも。
そんなのあんまりにもだろ。
「な、何で何ですか。どいつもこいつも、何でそうやって自分の責任に逃げるんですか。そりゃ楽でしょうよ、自分一人が傷付けばいいんだから」
紫苑もそうだったが、それじゃあ。
「選択肢を絞られていたとは考えないんですか。自分がそう選択せざるを得なかったと、何で逃げないんですか。そうやって自分を追い詰めて、責め立てたら、誰も貴方を、先輩を助けることなんてできないでしょうが!」
僕は押し付けられる手刀を握りながら捲し立てる。思わぬ反応に燕先輩は呆気に取られていたようだが、それでもいつもの顔に戻る。
「そうか、そうなんだ。君は人にそう言ってあげられるんだね。だから、君の周りにはいつも人がいるんだね」
燕先輩は立ち上がり、元の位置へと戻って座り直す。
「なんで、宇宙飛行士を諦めたか、だったよね。後輩くん」
先輩はどこか安心したような顔で口をゆっくりと開く。
「方向音痴になったから、だよ」
先輩がそう発言した瞬間、
「は?」
僕は思わずそう言った。
「高校の頃だったかな、そこからずっとこんな調子なんだよね」
ちょ、ちょっと待ってくれよ。
「生来の体質じゃなかったんですか!?」
「誰もそんなこと言ってないじゃないか。あれ、なったとも言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ!」
勘違い、だったのか。
確かに先輩が相談を持ちかけた時、僕は先輩の話を聞かなかった。そんなものは体質だと決めつけて。そんなものは先天性でしかあり得ないと思って。
「な、なんで言ってくれなかったんですか」
「いやぁ、恥ずかしいじゃないか。自分の夢とか失態を語らなきゃいけないんだから。そういうのってきっかけが必要だって言うじゃない」
これは失態だ。
これこそまさしく、僕のせい、というわけだ。
選択を誤った。
「先輩、依頼を」
「ちょっと待った、それはダメだ」
僕の浅慮な発言を、燕先輩は勢いよく遮る。
「サークルのルールに抵触する。賛成は必ず過半数だ。君だけで決定権を握るなんて、それはダメだよ」
「………なっ」
こんな時までそんなルールにこだわるのか。
「驚かないでよ。今までそれを守って依頼人を選択してきたのに、我が身可愛さにそれを省略するなんて、今までに失礼だ。そして、私も認めない」
それはわかる。
わかるけど、困っているのに、そこで、そんな理由で、なんで二の足を踏めるんだ。
「まぁ、そうだよな。お前はそういうやつだよな、燕。変にこだわりが強くて、意地っ張りだ。こんな人間が相手なんだ、御同輩が困惑するのもわかる。けど、なんでお前ら二人で話を進めてるんだよ」
トン。
スタープロジェクターの準備が終わったのか、僕と先輩の間を割って入るように、京極先輩が一つのランタンを置く。
「この場にいるのは三人だ。そして、全員ミステリーサークルに所属している。依頼人1に対して、請負人は二人。これで最低条件はクリアしてる。だろ?燕」
カチリ。
スタープロジェクターのスイッチを入れる。
すると、紋様に刻まれた星空が青い光によって遺跡の内部に広がる。
「俺も参加だ。ここまで言えばあとはわかるな」
満天の星空の下、京極先輩が口火を切ったことにより、燕先輩の依頼を受諾する。
「そうか、ならもう一度言おう」
燕先輩は改めて僕らの方を向きながら口を開く。
「方向音痴を直してくれ」




