飛燕、樹海にて推参する
「錬金術、御同輩はこれを知ってるか?」
「いきなり話が飛びますね。知っているようで、知らないです」
「相変わらずの雑理解だな。話している気がするぜ。まぁ、人間の歴史で語るなら、銅や鉛とかを金や銀に変える技術体系の話だな」
それもざっくり説明な気はするが、まぁ僕に合わせてくれたんだろう。
「その中に、人体錬成っていう概念がある」
「人体錬成ですか。字面通りなら神の所業ですね」
「その神の所業に、禁忌に人間は触れた事がある。結果はお察しだけどな」
結果はお察し。
できなかったって事か。
「御同輩、ここで問題提起だ。人体錬成はどんな場合に行われていたと思う?お前はどんな場面で、人を作りたいと思う瞬間がある?」
人を作りたい瞬間など訪れたことはないが、どんな場合に行われていた、か。
新たな生命を生み出す事が主目的であるならば、そもそもそれは赤ん坊を作る事で充足している。禁忌を犯してまでやる行為ではない。
であるなら、それとは別の運用方法。
「それは過去の人間を、所謂死者蘇生でやっていたわけですか」
「そう、死者蘇生のためにやっていたんだよ。では次の問題だ。なんで失敗したと思う」
なんで失敗って、なんでなんだろうな。
錬金術の詳細をあまりよく知りはしないが、科学のように物質のやり取りをすることはわかる。細かい話をすればキリがないんだろうがそれは省略するとして、つまり素材が有れば理論上人間を作れたはずという帰結になる。
それでも失敗したのは、過去の人物と同じである証明ができないからと言ったところか。いや、そもそも似通ったものすら作れるのか?
「作ったはずの人間が同じだという証明ができないからですかね」
「違う。いや、惜しいのか。御同輩、人間の構成要素を知ってるか?」
「厳密に言えば知りませんが、水やらいろんな物質が必要な事は………」
「その中で一番必要なものはなんだと思う?」
一番必要なもの。水か?
人間の60%は水だと言うし。
「21g」
「なんですかそれ」
「魂の重さ」
「魂の重さ?」
「その昔、一人の人物が生物が死んだ瞬間の体重を測った事があるそうでな。あ、文字通り死んだ瞬間だぜ。虫の息で横たわる人間を体重計に乗せて、亡くなった瞬間も計測をし続けていたわけだ」
それも一種の禁忌のような。
「その時、21gの差異が出たんだよ」
言いたい事はなんとなくわかる。
差異が出た。差異が出てしまった。
この場合は魂の重さがわかった事が重要なのではなく、人間を動かしているのは魂である証明の一つになったと言うわけだ。
「さて、ここまで閑話だ。複雑な構成要素の中に、不確定要素が混じっている生物、人間。こいつらはどうやって生まれたと思う?」
どうやって生まれたか。
それこそ提唱されているような進化論を借りるわけになるが、自然淘汰によって猿から人間に進化せざるを得なかったとしか。
「そう、自然淘汰によって人間に進化せざるを得なかった。でも俺はこうも思う。進化の過程がすっ飛ばされていると」
「すっ飛ばされているんですか?」
「そうだろ?四足歩行だったと言うのに、二足歩行になった。毛むくじゃらだったはずなのに、それらは遠くから視認できないレベルになっている。それこそ膨大な時間で変化したと言われて仕舞えば、そうであると納得するしかないが、生物の仕組みが変わるような要因なんて、時間なんて曖昧な理由で理解できるか?」
理解できるかと改めて問われれば、そうではないとは思う。でも、10年でガラケーからスマホに変わったことを考慮すれば納得できなくもない。
「その中でも俺が一番理解し難いのは、言語だ」
「言語ですか?」
「だって、猿だった頃は鳴き声で会話してたんだ。最初から言語を話せないからな。じゃあ、突然変異体が現れたとしよう。仮に鳴き声と言語体系両方ともの概念がある人物がいたとしよう。それはおそらく一人いたかいないかと言う話だ」
まぁ、突然変異体なんて現代でもそう生まれてはこない。でもその例は突然変異体というよりも、進化体のようにも感じるが。
「一人ということであれば、鳴き声で構築されているはずの言語体系をわざわざ変える必要はない。そもそもそいつが一人の時点で、そんなものは自然淘汰の対象となるはずなんだ」
まぁ確かに。
いじめという概念がこの世にあるように、そういう奴はきっと逸脱していると思われる。現代のようにコミュニティが排他的だったかどうかはわからないが、それでも出る杭は打たれたはずだ。
「だからこの疑問を現代の発展具合に沿って考えれば、ある時を境に、突然変異体が突然変異体と言われないほど、過去の生物こそが変異体であると言うほど生まれてしまったと考える方が、理解できる」
言わんとすることは理解できる。
そして、根拠もなんとなく。
僕はそれに対して、否定も肯定の材料も持ち合わせていない。そうしようと思えば、最早突き詰めるしかなく、そのために先輩は証拠集めを、遺跡探究をしているのだ。
流石、初代ミステリーサークル探求者は伊達じゃないな。
「とまぁここまで長々と話したわけだが、これが俺の研究分野というわけだ」
「人類史を探るってわけですか。なかなか壮大なテーマですね」
「お、興味出たか?御同輩も一緒にやるか?」
「いいや、遠慮しておきますよ。研究成果は独り占めするに限るでしょ」
「……まぁわからんでもないが、俺は別に金銭なんて重要視してないからなぁ」
「成功すれば歴史に名を刻めるんですよ。それこそ歴史書に。どんなに歪められても、やった功績は隠しきれないですよ」
「それも本当に残るか怪しいけどな」
休憩をした気はあまりしないが、長話のおかげで少しは回復した。流石に1時間とまでは行かないが、30分ぐらいは歩けるだろう。
「そろそろ、行きましょうか」
「お、行けるか。無駄話もたまには役に立つな」
「僕にとってはただの講義ですよ」
研究者志望というよりも、この人はすでに研究者だろう。説明に対して、穴が少しばかり多い気もするが、それを埋められるのも時間の問題なんだろう。何せ、それらを"本人だけ"でやるのがこのサークルの理念なのだから。
「あ、そのパイプはこっちだ」
片付けを手伝おうとしたが、僕はこういったことに慣れていないため、少しばかり苦労した。まぁ、もとより手先は器用ではないけど。
「さて、行くか」
リュックサックを再び背負い、京極先輩は歩く。僕もその背を追う。
ザー、ザー。
朝からだが、ずっと雨が降っているな。
そこそこの勢いで降り続けているがために、絶妙に不快だ。もちろん誘拐という突発イベントが発生したために、僕の靴は長靴でもなければトラッキングシューズでもない。つまり、ずぶ濡れな上に足への負担が半端じゃない。
「はぁはぁ、キッツイな」
「頑張れ、あと少しだ」
しかし疑問だ。
場所が違うからと言われればそうだけれど、今日の天気予報って晴れだったよな。
「御同輩、あそこがーーーッ!?」
「やっ、ぐへぇ」
随分と間抜けな声が出てしまったがそれは仕方ない。
急に上から頭を押さえつけられたんだから。
「すまねぇ、だが声は出すな」
耳元で京極先輩の囁きを聞き、現状確認のために低く頭を起こす。すると、遺跡の入り口であろう場所に大きな生物がいた。
毛むくじゃらは二足で立ち、体躯は3メートルほどであろうか。爪先は雨天の中でも鋭く光っており、その眼光は黒に塗りつぶされていた。
「…………熊か」
そりゃいるか。山だもの。
「先輩、熊よけスプレーとか持ってます?」
「リュックの奥だな。呑気に開いて探そうもんなら、襲われたっておかしくないな」
目測20メートル。
体力切れで会話をしてなかった事が幸いしたが、ここまで接近した以上物音一つ立てられない。
ナイフで応戦するか?
いや、現実的じゃない。
先輩を逃すための囮を。
いや、今の体力じゃ餌食になるのが目に見えている。
どうする、どうすればこの局面を。
「オオオオオッ!」
熊は雄叫びを上げる。
そうだ、先ほどから何かを探しているような。
というか、興奮状態ってやつか?
もしかして、誰か戦ってんのか?
「チェストッ!」
その掛け声と共に、近くの木に隠れていた人物が颯爽と駆け、熊へと接近する。
熊はすかさず腕を振り、その人物に襲いかかるが、ひらりと回転しながら避け、そのまま蹴りを熊の顔面へと繰り出した。
ボギッ!
その蹴りは余程の威力があったのか、首からそんな音が鳴り、雨音を切り裂いた。
「ふぅー、熊との戦闘はヒットアンドアウェイに限るね」
彼女はそう言いながら首をゴキゴキと鳴らし、空を仰ぎ見る。
「いや、燕先輩何してんすか」
「おぉ、後輩くんじゃないか。あと、旭くんも」
「燕、お前なんでこんなとこにいるんだよ」
「え?学校行こうとしたらここにいた」
もうそれは方向音痴のレベルを超えている気はするが、今だけそれに感謝しよう。
「とりあえず助かりましたよ」
「いいってことよ。晩御飯確保のついでだからね」
「え?これ食うんすか」
「おん、焼いて食べる」
そんなことを言いつつも手刀でクマの首を容易く刎ね、足から肩に担いで血抜きをする。
流石ミステリーサークルのサバイバー。色々レベルが違う。
「さて、旭くん。私どこに行けばいい?」
「そこの遺跡に行くんだ。御同輩、燕の手を握ってやってくれ」
「え?」
僕が疑問に思っていると、片手で熊を背負った燕先輩がむふーと自慢げに手を差し出してくる。
「そいつは手を握ってないとすぐいなくなるからな。御同輩も見たことあるかも知らんが、目を離すと消えるからな」
「あー」
確かに、瞬間移動してたしな。
「よろしく頼むよ、後輩くん」
「はぁ、仕方ないですね」
僕は先輩の手を握って、遺跡まで引っ張っていくことになった。
「入り口から階段になってるから、足元気をつけろよ」
「だそうですよ、燕先輩」
「失礼な!これでも身体能力には自信があるんだよ」
まぁさっきの熊退治を見れば反論の余地はないけど。
「御同輩は知らんだろうが、こいつマジで身体能力がおかしいからな。医者に人間の突然変異体と言わしめるほどだ。パワーなんか、出力が常人の3倍はあるらしいぞ」
細身なのに熊の骨が折れたのはそういう仕組みがあったからなのか。
「ふっ、競技で負けることはないと言えるね」
「ゴールもできなきゃ、スタートにも立てないけどな」
そんな無駄話をしながら数分後、階段を下り終わって広間のような場所へと出る。
壁面にはよくわからない文字が書いてあったり、抽象的な絵やらが書いてあるが、そんなことより。
「はぁ、疲れたぁ」
僕はその場で尻餅をつき、息を吐く。
「おおっと、後輩くん」
手を繋いでいた燕先輩もその奇行に巻き込まれたが、器用にその場で前宙して着地し、体操選手のポーズを取る。
「決まったぁ」
「はいはい、御同輩は疲れてんだから、俺とお前で準備するぞ」
「はいはーい」
どうやら、移動を挟まなければ手をつなぐ必要もないようで、京極先輩は燕先輩へと次々に手渡していく。
「ほい、ほいほいほい」
本能的に構造を理解しているのか、はたまた京極先輩が適切な順番で配っているのかわからないが、組み立てるのに迷いや思案が挟まれないため、ロスもなしにガンガン作業は進んでいく。
そして、数分後には8人が入れるファミリータイプのどでかいテントが張られる。
「す、すげぇ」
思わずそんな感嘆詞を漏らしてしまった瞬間、それを聞いた燕先輩が目を輝かせる。
「すごいよね!ほら、旭くん、私すごいってよ」
「はいはい、すごいすごい」
オーバーリアクションな燕先輩。それを聞き流す京極先輩。
なんやかんや相性はいいのかもしれない。
ぐぅぎゅるるるるうう。
突然ライオンのような低い唸り声が聞こえて一瞬身構えたが、京極先輩はそれに対してため息をこぼし、燕先輩の笑い声でそれは無駄であることがわかった。
「はははっ、お腹すいちゃった」
「お前な、もう少し慎みというものをだな」
「そんなものはない!そしてそんなことをする必要もない!腹を空かすのは人間として当たり前だからね!」
そんな自慢げにいわれても困る。
だが、この人に慎みが備わっていたとしても反応に困るわけで。
「そこの猛獣に食われる前に飯にするか。燕、クマの解体は任せたぞ」
「待ってました!」
意気揚々という様相で燕先輩が手を入れたかと思ったら、次の瞬間光の線が走り、クマは見事に解体される。
血抜きをしていたおかげなのか、スーパーに並んでいるもの程ではないにしろ、肉はそれなりに綺麗なものとなっていた。
「チートを使っている気分になりますね」
「だろ。樹海をあんなスポーティな格好で過ごせるのはあいつぐらいなもんだよ」
二人して関心をしていたとき、解体したクマの前で燕先輩はしずかに両手を合わせていた。
それは黙祷と合わせてされており、まるで近親者がなくなったようなそんな雰囲気を醸し出す。
「あなたの命、いただくね」
天然サバイバーにも一定のこだわりがあるんだろう。
いや、敬意を払っているのか。
自身の能力を生存に振り切っている以上、無数の死体を積みあげることでしか生きられないことを理解しているんだ。
僕と京極先輩もそれに倣って数秒の黙祷をしたのち、調理へと取り掛かる。
といっても大してやることなんかない。
京極先輩がそこらでとってきた山菜にクマの肉を鍋にぶち込むだけだ。
テーブル、コンロをリュックから取り出したのは驚いたが、ここまでなんでもありになるとリアクションも薄くなる。
「結構重たい料理になったな。お前ら、まずこれを食え」
手の中に入れられたのは、飴玉のように見えるが、それほどの硬度を感じない。
まるでガムみたいに瞬時にかみ砕けるようなそんな気がする。
「携帯食料だ。急に肉を入れると吐く可能性があるからな。御同輩は昼食も食べてないうえにこれだからな、先にそれを入れた方がいい」
「ありがとうございます」
「なつかしいね、よくこれ食べてたよ」
口の中にそれを放り込み、瞬時に噛んでみる。
すると、ガムのようにそれはぐにゃりと形を変えながら、じわじわと口いっぱいに味を展開する。
「不思議な味、ですね」
まるでお菓子のようだ。
ぶどう、リンゴ、レモン、みかん。
それ以外もあるんだろうけど、複数の味がかむたびに何度も往復して、面白くおいしい。
「これこれ、これだよ。旭くんと一緒にいるんだったら、これを食べないとね!」
「これ、どこかのメーカーが出しているんですか?」
「いや、自作だ。市販の奴は腹だけ満たせればいいというものばかりだからな、それに嫌気がさしたんだよ」
それで自作しようという発想に至るのか。
形容詞し難いが、やることがつくづく凄まじいな。
「鍋も煮立ったし、そろそろ食べるか。二人とも食い終わっただろ?」
「はい!」「うん!」
炊き出しで出すようなプラスチック製の容器にスープをよそい、僕らの目の前へと置く。
途中、「肉めっちゃ入れてね」とか「野菜の割合は肉に対して二割でいい」とか、燕先輩の我儘せいで京極先輩は何度も注ぎ直す羽目になったため、ぎゃーすかと罵り合いが始まったが、そこには目をつぶろう。
「頂きます」
彼女のその一言に合わせて、
「「頂きます」」
僕らもそういった。




