誘拐、樹海、探索、退屈などできようか
違和感を感じつつも帰路についた、翌日。
僕は道路上にいた。
いや、これは正確すぎるな。
正確な座標を言えば間違いなく道路上いるのだが、寝そべっているわけでも、座り込んでいるわけでもなく、移動中である。
何でか、御厨先輩のバイクで、だ。
今日も補講があるので家から這い出ながら向かっていたのだが、飼い猫の首を掴むように歩道から引っこ抜かれ、容赦なく後部座席へと座らされたのだ。
顔見知りでなければただの誘拐である。
「気持ちいいね!後輩君!」
「気持ち悪いっす、先輩」
バイクで雨を凌ぐ有効な術はカッパである。先輩は青色のカッパという自分の色を理解しているものだったが、僕のはというと無色だ。透明と置き換えてもいい。
つまり、ない。雨ざらしだ。
「先輩、僕先輩のこと嫌いになりそうです」
「なんでさ!」
「現在進行形で雨に打たれているからです」
「よかったね。水も滴るいい男に変わったってことじゃない」
僕は春夏秋冬先輩の次に御厨先輩が苦手だ。
春夏秋冬先輩がサークルにおいての不明さの象徴なれば、御厨先輩は協調性のなさを象徴してると言えるだろう。モデルという仕事をこなしている以上、自分勝手、いや多少の強引さは必要だと思うが、会話が成立しているか疑問に思うほど、自分が喋りたいことだけを語りたがる。
僕は別に狂言回しになりたいわけじゃないし、人の中心にいたいわけじゃないが、このぎこちない歯車のような会話の噛み合ってなさは無視できない。
「というか、僕をどこに連行しようってんです?」
「どうした、緊張しいなのかい?」
「誰だってバイクに乗せられて高速道路に入れば不安にも思うでしょうよ」
不安というよりも不穏だろう。
去年まで春夏秋冬先輩の忠実な運び屋であったため、僕はデリバリーピザの如く春夏秋冬先輩の前へと運ばれたことが何度あるだろうか。
そして、春夏秋冬先輩もノリがいい方であるため、それに乗じて何かと僕に依頼をふっかけてくるわけだ。一度授業がどうだと言ってみたが、「どうせ中退するんだから、今一生懸命にやったところで誤差みたいなもんだよ」と言われたことがある。
それに怒り狂って勉強して、学年50位の結果を叩きつけたことがあったが、全員に鼻で笑われたのは言うまでもない。
平均3位の奴らに対して、二桁を見せること自体が御門違いというオチだ。
なんて酷い。
「振り落とされるんじゃないかって?しないよ、私の運転技術を知ってるだろ?」
「えぇ、色んな意味でね!」
一回、目の前で事故が起こった。
十字路の交差点でタンクローリーが曲がれず横転しかけていたところを、時速150キロの速度で交差点に侵入した我らがバイク。御厨先輩は僕を天高く放り投げて、本人はわずかなブレーキと体重移動で地面とほぼ平行になりながらわずかな隙間を通り抜け、走りながら僕をキャッチするという神技を披露したことがある。
雑技団に入ったような気もしたが、その幻覚は後部座席に落ちた尻の痛みで霧消した。
「ちなみに、今回行くのは山だよ」
「ほう、まさか埋めるなんて言いませんよね?」
「埋めなんてしないよ。自分で歩いてもらわないと困るし」
その理由、否定になってんのか?
「えーっと、なんするんすか」
「確か、フィールドワークってやつだったかな?」
「なんで他人事なんすか」
フィールドワークってことは、散策みたいなもんだろうか。いや、そりゃ一般人の発想だ。ここの人たちは古代のオーパーツの一つでも見つけないと帰れませんとかギャグみたいな事を平然と考えるんだろうな。
僕、今日も補習だったのに。
誘拐の被害者であるのにも関わらず、サボったと思われてもおかしくはなく、ポケットの中の携帯はひっきりなしに振動している。おそらく、九十九か紫苑あたりが鬼電してるんだろう。
そう考えれば、帰らずに山を彷徨い続けるのも一つの手かもしれない。
「んで、その目的地の山とやらはどこなんですか。まさか富士山とか言わないですよね」
「おぉ、察しがいいね。その通りだよ」
「ですよね、富士山さんじゃ、今なんつった」
「富士山だよ。自分で言い当てたじゃないか」
「富士山でフィールドワークなんて正気ですか。周辺はほとんど樹海なんですよ!しかも、有名な幽霊スポットですよ!」
「いいじゃないか。幽霊の発生源を発見できるかもよ」
「そんな分野までミステリーサークルを発動するんじゃねぇ!」
もはや敬語なんてものを発している余裕などない。というか、先輩だとは言え、誘拐犯に対して敬意を払うなんてことはしなくていい。
「と言っても、フィールドワークは私と一緒にやるんじゃなくて、君一人でやるんだよね」
「は?何言ってんすか」
「君一人でやるんだよ。理由が欲しいかい?そうだね、言うなれば、親睦会ってわけだね」
色々突っ込みたいところはあるが。
「一人で何と親睦を深めろっていうんですか。幽霊ですか、幽霊と酌み交わせと言いたいんですか」
「細かい事を気にするねぇ、行けばわかるってのに」
「僕はもとより了承してないんですがね!」
「ははは、いいじゃない。せっかくミステリーサークルに入ったんだから、時折探求をやっとかないと張り合いがないってもんだよ」
そう言って、インターを降り、ETCゲートを通り抜けたあと、下道を十数分ほど通り抜けたあと、河口湖へと到着する。
「ほい、到着」
遠くに聳え立つ富士山。
目の前に広がるは立派な湖と鬱蒼とした樹海。
僕の人生、ここまでだな。
「ほら、着いたよ」
なんで降りないんだよと言いたげな顔だ。
実に殴りたい。
「はぁ、はいはい」
僕はイヤイヤながらも降りて、バイクから少し離れる。
「おそらく死なないと思うけど、サバイバル技術に全く長けてない軟弱者である君に、これを贈呈しよう」
卒業証書授与の時に流れるジングルを口で言いながら、支給品を手渡す。それははずっしりと重みを感じさせるが、肝心の中身を中に隠していた。暴くために隙間から覗くと、そこにあったのはギラリと光る刃だった。
そう、今回も例の如くナイフである。
「またか」
「またかも何も、これはすごく便利なんだよ。最高傑作の一つだからね、人間を斬れるのはもちろん、枝や木なんてものはスパスパ切れるよ」
誰の最高傑作かもわからんし、何やら物騒なことも聞こえたが、気にするのをやめた。疲れる、この人との会話。
「本当に行くんすか」
「本当に行くんすよ。じゃ、2日後ぐらいに迎えに行くから、それまで精一杯生きるんだよー」
先輩はそんな事を言いながら、前も見ずに僕の方に手を振り、そのまま消えていった。
「マジかよ、あの人」
先輩が去っていく様を見続けることしかできず、いなくなったはずの道路を僕は数十秒放心状態で眺めた。
「はぁ、どうしようか」
上空を仰ぎ見ても薄暗い雨雲がどこまでも広がり、そこからしとしとと水を降らせるだけ。
僕の全身はずぶ濡れとは行かないまでも、服が肌に張り付く程には濡れていた。
「とりあえず樹海に入るか」
入れと言われたから入るという短絡的思考ではなく、雨を凌ぐというのはサバイバルにおいて重要事項である。濡れるというのは日常生活においてただ不快なだけだが、生命維持という点ではかなりの危機である。一番大切な体温が奪われているんだから。
「ここを入るのか」
嫌々ながらも樹海の入り口へと立たされたわけだが、奥には闇ばかりが広がっており、視界良好とはお世辞にも言えない景色だ。足元には這い回る蟻やらがおり、気軽に足を踏み締めそうにもない。
「はぁ、行くか」
サクリ。
あの日の図書館同様の感触を足裏に感じながらも前へと進む。
とりあえず、何はなくとも避難場所、風は無理でも雨は凌げる場所を探さねば。富士の樹海、青木ヶ原樹海はあまりいい印象での有名な場所ではないが、そう言う場所こそ未踏のエリアがあるものだ。それこそ、遺跡のような場所が。
僕はそもそもアウトドア派の人間ではないため、こういった探索において一定の成果を上げたことはないが、それこそミステリーサークルの二代目に任命された京極旭先輩の得意分野だ。まぁ、一度出発すると1ヶ月はいないため、コツなどは聞きようもないけれど。
僕が入るまで女所帯の中に男一人だけという逆紅一点みたいなことになっていたのだが、実際全員と渡り合って行けるほどの人物だった。
つまり、彼も強烈な奇人だ。
「はぁはぁ、どこまで歩けばいい」
何処まで歩いても木があるだけで、何処まで行っても見えるのは闇しかない。
洞窟も、遺跡も、それらしいものは一片も姿を表してはない。
くそ、無目的ではなかったが、達することが出来なかった以上悪戯に体力を消費してしまったのは事実だ。
どうする、木を切り倒して屋根がある家でも建てるか?
無理だな。体力も技術もない。
はぁ、ここまでか。
僕のような現代っ子に、急なリアルサバイバルは不可能だ。はぁ、短い人生だったな。
振り返れば長いような気もするが、人生100年時代を踏まえれば20年そこいらの若造であるため、相対的には短い。
疲労と少々の絶望で諦めかけていた、その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ。
歩いているのか。
草木をかき分け、地面に足を擦り付けているような音は段々と近づいてくる。
音を聞く限りその足取りに迷いなどなく、まるで目的地に向かっているようだ。
ザッ、ザッ、ザッ。
敵か味方かはたまた不明か。
僕は近づいてくる足音を気にしてはいたが、何がくるにしても抵抗する体力もなく、術もないため、おとなしく両手を上げる。
「見知った顔がチラついたから来てみれば、どうやら正解だったようだな」
はち切れんばかりのリュックサックに、頭にはライトがついたヘルメットを被り、服はこの天気らしくジャンパーを着ている。軍手で手を包んでおり、片手にはピッケルが装備されている。まさしく探検家のような容貌。
この人こそ、
「きょ、京極先輩」
「おう、久しぶりだな。同志よ」
地獄に仏とはまさしくこのこと!
この人ならなんとかしてくれる!……はず。
「御同輩、なんで此処にいるんだ。しかもなんの装備もなしで。自殺か?」
「違いますよ、御厨先輩に無理矢理連れてこられたんですよ。ナイフ一本で樹海を歩けって、何すりゃいいものか」
「サークルの気に当てられて頭がイカれちまったのかと思ったが、どうやらそうでもないようだな。燕じゃねぇんだから、そんな軽装備はただの自殺だぜ」
京極先輩は専門が探検家であるが、燕先輩ほどサバイバル技術に特化しているわけではない。というか、近代文明のものを持っているだけで、サバイバーの資格には程遠いのだろう。
だが、燕先輩は生存の一切をなんの装備も必要とせずにやってのけるのだ。
「はぁ、旅は道連れとも言うしな。ここで死んだら寝覚めが悪いし、一緒に来るか?」
「ほ、本当ですか」
「近くに遺跡はあったし、嫌ならテント一式持ってるから、それで凌ぐってもいいけど」
「いや、遺跡に行きましょう。そっちの方がテントよりもいいでしょう」
「そうか、そうするか」
ザクッ。
先輩が一歩踏み出すと、そんな音が聞こえた。
視線を下へと向けるとそこには棘がわずかに生えている靴があり、それは歩くたびに地面を確かに抉る。登山専用のシューズってやつなのかな、本当はああ言う装備をするものだ。
「御同輩、体力は大丈夫か?」
「はぁはぁ、少し大丈夫じゃありませんね。結構、限界に近いですね」
樹海を彷徨って2時間。
先輩と会えたがためになんとかはなったが、それでも先ほど消費した精神力やら体力やらが削ぎ落ちているのは事実だ。
「見つけた遺跡までまだ少しかかるな。よし、ここで休憩を取ろう。タープと椅子を出すから、少し待ってろよ」
そういってその場でリュックサックを降ろしたかと思えば、そこからずるりと二つのアイテムを取り出す。
そこからの作業は凄まじく、慣れた手つきでタープの設営を終わらせて、用意した椅子にすぐに座らせてもらった。
「それにしても、相変わらず御厨も突拍子がない。フィールドワークをするにしても、相手を用意してやればいいのに」
「親睦会って言ってましたけど、先輩はどうやら違うようですね」
「まぁな、俺はこの辺の遺跡探索に来ただけだし。まぁ、あんまり話したことはねぇから、勝手に相手に選ばれた可能性は否めないけどな」
振り回されてんな、この人も。
「先輩、これは単純な興味なんですが、なんで遺跡を探してるんすか」
「俺は遺跡というよりも、歴史を知りたいってのが近いか」
歴史を知りたい?
そんなものは歴史書を見る方が早いのでは。
「御同輩の言いたいことは理解できるが、残念ながら俺は歴史書をあんまり信用してない」
「その心は?」
「だって、綴った人間の文字ひとつで捻じ曲げられるからだ」
あそうだ、こういう人だった。
穿った見方をする人間しかいないのか。
「その点、遺跡ってのは生活様式とかが残されていたり、意味深なものが描かれていたりする。歴史書の側面はあるが、生活の拠点にしていた以上そこにあるリアル感は消せないからな」
「そこまで追求するんですか」
「当たり前だろ?」
京極先輩は何を言っているのかわからないと首を傾げながら言う。
「御同輩、お前は自分の成り立ちを知りたくはないのかよ」




