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人間未満、あるいは未完成  作者: レム睡眠
2章 臥竜岡燕編
17/21

観測観察、錯雑する結果

⚠︎作者の個人的解釈です

全く呆れたものだ。


量子力学など学んだところでなんになろうか。社会に出れば仕事に必要なスキルだとか対人スキルなどが必要であって、こんな専門性の塊でしかないようなものはそれこそ研究職を希望する大学生などが学ぶべき………、そもそもここは研究者を輩出する大学か。


というか、研究者になるための大学だわ。


「はいはい、宇宙と交信しないで集中して」


これはよく紫苑に指摘されたことだが、僕は許容量を

オーバーしてしまうと天井を仰ぎ見る癖があるらしく、九十九はそれを一年の頃から、宇宙と交信していると言っているのだ。


「じゃあ、続きだけど」


僕はそれを聞いて時計をチラリと見た。

時刻は16時。

最終下校まであと2時間ほどある。

つまり、それまではこの地獄が続く。


「はい、シュレディンガーの猫、これを答えて」

「えーっと、確か観測するまで情報が確定することがないってやつだよな。猫を箱に入れた状態で何かしらの危害を加える装置をそこに同居させた場合、生きてるか死んでるかは五分五分みたいな」


僕は頭の整理もせずにとっ散らかった単語を組み合わせながら答えると、ため息をつきながら九十九は答える。


「はぁ、色々言いたいことはあるけど、というか雑な理解だけど、まぁ正解」


細かいことを指摘するとキリがないのだろう。

その細かいところを突き詰めるのが研究者であるのだが、僕にはその適性がない。


「さて、じゃウィグナーの友人は知ってる?」




知らねーーーーーーー。




頭の中でそう叫んだが、補講という仕組みである以上、それを習っているはず。出席してないという言い訳は使えるが、それは元来あり得ない事象のため、そんなことを素直に言うわけにはいかない。いや、九十九相手には言ってもいいかも知らんが、少なからず大声で言い放つことではない。


「わからん!」


大声で言い放った。


「わぁ、自慢げに言ったよこの人」


さしもの九十九もその態度に引いてしまったようだ。


「あのね、知らないようだから言っておくけど、 君は

もう少し体裁というものを気にした方がいいよ」

「テイサイ、そんな外国語は知りませんな」

「日本語だよ、馬鹿だね」


「知ってたか、馬鹿と言った方が馬鹿なんだぞ」

「知ってたかい、学力が低い事を馬鹿だと言うんだよ」


その後、馬鹿が馬鹿で馬鹿は馬鹿だ。みたいな不毛なやり取り十数分したあと、息切れしながらも再開する。


「はぁはぁ、もういいから、ウィグナーの友人を説明して」

「だから、わかんないの」

「じゃあ、推論だけでも言って」


推論だけって言われても。

ウィグナーの友人。ウィグナーの友人。


「ウィグナーさんの、有名な友じーー」


ヒュン!

そんな風切音と共に、僕の頬をチョークが掠った。


「君、ここで死ぬか?」

おおっと、そろそろ真面目にやらないと殺されそうだ。


「うーん、マジでわかんねぇんだよ。何かの定義であることは理解できるけど、それ以上突き詰めようがない。だって、定義の名付けは起こった現象を見つけた人間のものだろ?シュレディンガーの猫とか、字面だけ見ればシュレディンガーさん家の飼い猫だとしか思わんだろ」


これ以上なく真面目に答えた。

答えたはずなのに、どこか悔しそうな顔を浮かべる九十九が目に入るのはなぜだ。


「君程度の人間に論破されるなんて、屈辱の極みだよ」

「僕にとっては侮辱の極みだよ」


さてもそんなやりとりに一段落をして、九十九は一息入れる。


「じゃあ改めて説明するけれど、ウィグナーの友人ってのは、君流に言うならばシュレディンガーの猫を拡大したものだね」

「拡大……」

「いわば、猫を観測している人物を観測したらどうなるか、という思考実験ってわけさ」


観測している人物を観測するか。

英語で言う三人称、つまりは二人で会話している最中、誰かがそれを見ていると言うわけか。


「キモいな、それ」

「思考実験だから、学問だから、現実の話じゃないからね」


しかして、そんな事をしてなんの意味があるんだ?


「いいね、その顔。ちゃんと考えている時の顔だ。そうだよね、君は情報を与えればきちんと考えようとするんだよね」


推測、推論。

与えられた情報だけで得られることは少ないが、それでも三通りの出来事はわかる。


つまり、観測者が開けた場合は生と死どちらがが確定するわけだから、これで二通り。

そして、観測者がそもそも箱を開けない場合だ。これで三通りになる。この場合は開けないため、そもそもシュレディンガーの猫の定義に当てはまらない気がするが。


「うん、君の思っている通り、この想定には三通りの事実が存在する。でも、三通りあるのは事実であって本質ではない」


本質ではない?

シュレディンガーの猫は現実が二通りあると言うことが真実で、本質だったはずだ。観測しない限りそれは確定しないんだから、結果を見ろとそう言うわけだったはずだ。


ん?なんか引っかかる気がする。


「シュレディンガーの本質は観測する事だ。ウィグナーの友人は結論だけ見れば、その発展だと言えるかな」

「発展………ふむ」

「キリがないから言うけれど、第三者をここで観察者というのに置き換えて言おうか。観測者が確定させたシュレディンガーの猫の結果は、観察者がそれらを見るまで確定しない」


「つまり?」


「猫の箱の結果は決まっているはずなのに、観察者が見てないせいで結果が決まってないことになる。同じ現実のはずなのに、同じことだけしかしてないはずなのに、矛盾が同時に存在してしまっているというわけさ」


結果が決まってないことと、結果が決まっていることが同時に存在する………か。


「でもそれって、観察者が観測者を見れば解決するんじゃねぇのか?」

「そう解決はする。でも言ったろ、そんなのは確率論であって本質ではないと」


は?え?

意味不明だ。何が言いたいか理解不能。

僕にはもう無理だ。


「はぁ、答えをくれ」

「正解は、観察者によって現実を変えることができる、ってわけさ」

「……………」


プシュー。

思考回路がオーバーヒートした。


「君が言っていた三通り、あれは間違いではなかったよ。でも、君は見落としてたんだよ」

「何を」


「観察者が観測者を見ないことさ」


観察者が観測者を見ない。

いや、そんなことをすれば実験は成立しないだろ。前提を放棄しているんだから。


「不思議そうな顔をしているけど、この実験では見ないことも成立する。そうだろ?だって、"見なければならない"なんてことは、シュレディンガーの猫でも定義されてない。現に、君は見ないという選択肢を観測者側に入れてるんだから」


あ、確かに。

言われれば間違いなくそうだ。

確率論的に見ていたが、その対象は観察者にも該当する。つまりは、四通りだったわけか。


「生と死、そして曖昧、四つ目は抹消てところだろうか。君が言ってた通り観察者が見れば三通りの結末へと収束するが、ここで第四の選択肢、抹消の場合はどうなると思う?」


抹消。

消える。

まさか。


「そう、猫も観測者も、観察者が見なければ生死不明。つまりいないのと同じなのさ」


リンゴーン。リーンゴーン。

大学の鐘が終了を知らせる。


「さて、ここで終わり。明日はまた別の話をしよう。そこに書いてあるプリントは(まゆずみ)さんの手作りだから、無くすんじゃないよ」


僕は圧倒される情報量に目を回しながらも、机の上のプリントへと視線を落とす。

『思考実験だよ♪』なんで言葉がオリジナルキャラの吹き出しに書いてあり、そこには結論も最初から提示されていた。


詰まるところ、罵り合いも、長々とした授業も、この紙ペラ一枚で済んだ。


しかし、僕は先ほどの情報量から現実と想定の境目を分けることができず、思わずこんな事を口走る。


「こんなこと、最初から書いてあったか?」

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