過去に、決着を
「ふーん、そうか。じゃあとりあえず、食べてから脳から情報を引き摺り出すとするよ」
「なっ……!?」
有無を言わさず勿忘草は手を振り、それに従うように周囲の蔦は餌に向かって殺到する。
「チッ、サポート頼むぞ。紫苑ッ!」
「うん、そのために私はいるんだからね」
その言葉と共に、先ほどまで迫っていた蔦は急激にその速度を落としていく。所謂、ゾーンに入ったと錯覚させるように、思考の速度を加速させる。
「ハハッ、思考速度が並みじゃないな」
高揚しつつも持っていたナイフを手の中で滑らせて持ち替え、最初の蔦を正面から割りながら体勢を低くし、残弾を避ける。
「小癪っ!」
それだけで攻撃は終わらず、下から蔦が突き上げてくるが、それを上体を起こして避け、振り向き様に一閃する。
「この攻撃密度、止まっていたら不利だね。走ろうか」
「簡単に言ってくれるな」
周囲を瞬時に目を配り、必要最低限の抵抗で進める進路を脳内で弾き出してから、実行のために走る。
「ほらほら、どうしたどうした!」
本棚の間を縫い、時々それを踏み台にして、避けきれなければナイフで切り捨てる。
それを繰り返しながら壁際を一周して、本の山の目の前へと姿を晒す。息を切らしながら。
「はぁはぁ、死ぬ」
久々の全力疾走。
運動不足とは言えないものの、ならない運動量に早くも僕の体は悲鳴をあげていた。
無防備かつ、無理解。
獲物は息を切らして膝に手をついているのに、勿忘草は一度逃げられた経験と、先ほどまでの蔦への処理から軽々に襲いかかることができなくなっていた。
「どういう仕掛けだい。慢心もなく、相手してあげているというのに、なぜ君はそこに立っていられる」
その言葉に反応するように、獲物は膝から手を離し、ニヤリと笑う。
「嫌だなぁ、そんなこともわからないほど、馬鹿に育てた覚えはないけどね」
「育てたって、君に育てられた覚えは……って、まさか」
勿忘草は獲物背後に蔦を伸ばして、視るために開花させて、それを凝視する。
すると、背中には紫色の本が巻き付いており、伸びる蔦は脊髄へと繋がっていた。
「はっ、私の能力を利用しているのか!」
「まぁね、実に便利なものだよ」
「そっか、宿主を決めたのか。君も、私と同類になるか。ハハッ!これは傑作だな」
高笑い。
二度目になるが、そう何度も聞けるようなものじゃない。いや、紫苑の体で勿忘草がやっているからではなく、これ以上なく僕は怒っているからだ。
「なぁ、勿忘草さんよ」
「間違いはやだな、今の私は『黛紫苑』だよ」
「いいや、お前は勿忘草だよ。黛紫苑の形はしているが、中身は違うんだからな」
「はっ、君はそう思うだろうけれどね、所詮は中身なんて誰も見ないんだよ」
ヘラヘラする勿忘草に対して、僕は馬鹿にするように笑いながら指を刺す。
「それは、お前に中身がないからだろ?」
「………なんだって?」
散々馬鹿にされたんだ。
なら、仕返しをするとしよう。
「人の持ち物を欲しがる奴ほど、自分が無い奴ばかりなんだよ。お前はその代表例だな。体も、名前も、知識も持ちえなかったお前は、紫苑が眩しくて仕方なかったんだ」
僕は教訓を得た。
ならば、この大学の人間らしく嫌らしく攻めよう。
そう、逃げ場を無くすやり方で。
「お前は所詮、本物にはなれない。本物じゃ無いから、紫苑の頭脳を持っているくせに、それを発揮できてない。だから、僕程度の人間に失態を演じる羽目になるんだよ」
次々と悪口が思い浮かぶ。
僕が思考を煽りに切り替えてから、紫苑が補助をするように単語を浮かべてくれる。
それだけ、言いたいことがあるんだろう。
「もしそうじゃなくても、お前はどうしたって本物にはなれないんだよ」
「何が言いたい」
「怪異である以上、個人名がない。それは事実だ。名前がないってのは人間でない証明で、アイデンティティがない証拠。つまり、お前はどこまでいっても代替品でしかないんだよ」
僕は笑い、怪異は図星を突かれて眉間に皺を寄せる。
立場は逆転したが、未だ盤面は不利。
「………ッ。絶体絶命の最中、それほど強がれるのは賞賛に値する。よほど、無惨に殺されたいようだね」
「ハハッ、口喧嘩で勝てないから暴力かよ。まるで、子供を相手にしているようだな」
「ッ!黙れ黙れ!さっさと視界から消えろ!」
怒りと共に放たれる蔦。
だが、それは即座にナイフの餌食となり、勿忘草の背後へと切り飛ばされる。
「ッッッ!なんだ!なんなんだお前ッ!」
「僕は僕さ。それ以上でも、それ以下でも、それ未満でもない。そんなこともわからないのか、馬鹿がよ」
僕はあるものポケットから取り出して、勿忘草に見せつけるように前へと突き出す。
「準備は終わった、ならば口火を切るとしよう。なぁ、相棒」
カチッ。
小さい音共に、手の中で小さな火種が生まれる。握っていたのはーーーライターだった。
「なっ!?何をするつもりだ」
「私がなんのために走ったかわからないのかい?というか、不自然だろ。壁際だけを走るなんて」
「ッ!」
勿忘草は周囲へと目を配ると、カラカラと転がるガラス瓶が目に入る。
そして、壁際には何かの液体が浸された蔦が目に入る。
「まさか!そんな馬鹿なことを!やめろ!」
「やめねぇよ。嫌がらせは積極的にやるに限るからな!」
そのまま近くの壁に向かってライターを投げると、ガソリンに浸された蔦は簡単に引火して、爆弾に繋がれる導火線のように、壁際を一周をするように瞬時に燃える。
「さぁ、チキンレースと行こうか。私らが酸素欠乏症で死ぬか、それとも君が燃え尽きるのが先か」
「馬鹿だろお前ら!い、イカれてる!」
「イカれてるだってさ、紫苑さんよ」
「あぁ、化物の言葉とは言え、嬉しいね」
目の前に広がる事実は、自分が今まで学習していた人間の定義から大幅に外れており、尚且つ生命維持という本能にすら反している。
これは、心中する腹積りだ、そう勿忘草は結論づけた。
「巫山戯るなよ、ここまで来るのにどれだけ苦労したと思っている」
「知ってるよ、だからその積み上げを壊すのさ」
「クソクソクソッ!」
追い詰めていたはずが、追い詰められ、存在意義すらも否定される。
これ以上ない屈辱を味わった勿忘草。
故に、
「もういい、死ねッ!」
闇雲に攻撃するに至る。
花が開くように、覆い被さるように蔦が襲いかかる。それを見て、ニヤリと静かに笑う。
「いくぞ、紫苑」
本は合図を必要とせずに寄生を解除しており、伸ばした手へと本は収まり、それは蔦に向かって投げ入れられる。
「なっ!」
「負けんなよ、紫苑!」
投げ入れられた本は中心へと辿り着き、獲物であると勘違いした蔦はそれを包み込むように覆う。
さて、ここからだ。
ここまでは順当だが、ここからは完全な賭けになる。上手くやってくれよ、紫苑。
「………やってくれる、じゃないか。だが、もう一度吐き出せば」
「やらせっかよ!」
能力行使をさせじと、山を駆け上って跳ね飛び、右手でナイフを突き出しながら迫る。
「馬鹿がっ!そんなの食べてくださいと言ってるようなものだッ!」
勿忘草から伸びる蔦は右腕に即座に絡め取り、瞬間的にそれを消失させる。主を失ったナイフは放り出され、宙を舞う。
「これで、切り札が無くなったな!」
「いいさ、それが本命じゃねぇからな!」
「何っ!?」
すかさず左腕を伸ばして首根っこを掴み、頂上から地面へと勢いよく叩きつける。
「ぐっ、な、なんのつもりだ。こ、こんなことをすれば、紫苑も死ぬんだぞ」
「はっ、化物でも苦しいか。紫苑の数千分の一ぐらい味わえよ」
紫苑。早く帰ってこいよ。
そうしないと、僕が殺される。
それを証明するように、主を助けようとわずかに燃え残っている蔦が迫る。
「がっ、がはっ」
勿忘草は口端に泡を吹き始めて、人間の限界を悟らせる。対して、ズリズリと背後で音が聞こえており、時間がないことを知らせる。
「くっ」
緩めるか?いや、そんなことをすれば反撃を。
だが、下手したら。
そんな躊躇をしている間に、蔦は到達し、這い回るように身体中へと巻きつく。
「くっそ!」
それでも最後にと、力をより一層強める。
パシンパシン。
それはプロレスで言うギブアップを知らせるような、即座に行動を止めることを訴えるようなものだった。
「や、やめ。意識が、なくな」
「紫苑!」
掴む手を即座に離して、すかさず上体を起こす。
「ゲホゲホッ。君、私の体というのに、その締め方は殺意が高いよ」
「ご、ごめん」
僕は思わぬ指摘に謝罪をする。
「って、そんなことやってる場合じゃない」
「そうだね、前に言ったように、ここだよ」
紫苑は自分の心臓に人差し指を指し、胸を突き出す。
「あいつの本体はここにいる。君の腕、情報化した右腕でそれを抜き取るよ」
「………何度聞いても突飛な話だよな」
情報化した腕、つまりは実態のない状態の手を体の中で能力行使によって実体化させて本体を摘んで抜き取る。
腕の再生と切除を併せた、神技並みの繊細が必要な理想論。
だが、僕はそれを信じることにした。
「助けて、探求者君」
「あぁ、ここまでならやってやるよ」
肘から先がなくなった腕を胸へとぴたりとくっつけて、伸ばすイメージをする。
すると、指先が波打つ何かの手触りを感じさせる。
「これが心臓」
「鷲掴みにしないでくれ、怖いから」
「は、はい」
「奴は左心室にいる。私の正面にいるんだ、わかりやすいだろ?」
怖い怖い怖い。
心臓の周囲を撫でながら戦々恐々をしていると、何かが指の腹に突起のようなものがあたり、これが心臓にもとよりあるものではないことは明瞭だった。
「これか」
丸いそれを摘み、静かに深呼吸をする。
「しくじるなよ、紫苑」
「誰に言ってるんだよ、私は天才だよ」
ちまちま引き抜くのも性に合わない。
そのため事前に言っていたように、僕は腕を一気に引き抜く。
「ふん、いいね。思い切りが良くて」
紫苑は思案もせずにそれを賞賛した。
問題ないと言っているようにも聞こえたが、無言実行、引き出した腕は指先まで完全に元に戻っており、その中には勿忘草であろう種子があった。
「こ、こんなことが」
「有り得るんだよ、勿忘草」
引き抜かれた種子を僕は迷わず紫苑へと譲り渡し、その場でへたり込む。
「こ、こんな馬鹿な。計画は完璧だったはずじゃ、そんなこんな」
「君は人間を侮りすぎたんだよ。もっと勉強するべきだったね」
「そ、そうだな。や、やり直そうじゃないか、もう一度、私らのタッグで天才に………」
「だから、要らないんだよ。そういうのは。私はもうそんなものにならなくても、生きていけるから」
にこやかに笑顔を浮かべる紫苑を見て、勿忘草は無駄を悟り全身を振るわせる。
「巫山戯るな!私を散々利用しておいて!図書館まで壊してるんだぞ!それはどうするんだ!お前が弟の記憶欲しさにやってきたことは消えないんだぞ!」
「言われなくてもわかってるよ。でも、それはお前がいても変わらないんだよ」
「なっ………」
「じゃあね、私の傷跡。お前があったから、私は前へと進めるよ」
紫苑はその言葉と共に、勿忘草を近くの火種へと放り込む。
「ぎゃあああ!認めない認めない!この私が、完璧な生物になり得るこの私が!こんな!こんな最後で言いわけがない!」
叫ぶ勿忘草。
それに対して、僕は口を開く。
「最後に聞かせろよ、完璧な生物ってなんだよ」
「そ、それは」
冷たい指摘に即座に反応できず、言い淀む。
「なんだ、ないのか。まぁ、そんなものだよな」
「あぁ、ああ、ああああ!」
徹底的に破壊された勿忘草は、絶叫と共に灰へと変わっていき、やがて黒炭へとなる。
「終わった……」
「そうだね……」
パチパチと火が鳴る。
二人を包む炎は温度を高めていき、壁としてジリジリと迫っていた。
「このままじゃ死ぬね」
「冗談じゃなく、な。まぁ、こんな時のための依頼だろ?でしょ、春夏秋冬先輩。後片付けは任せましたよ」
僕が天井を眺めながら一言告げる。
すると、視界の端で靴音が鳴る。
「うん、よくやった。ミステリーサークル会員はそうでなくっちゃね」
春夏秋冬先輩がそう言った途端、周囲の炎は嘘みたいに消え、焼失したはずの本はその場で散乱していた。
「相変わらず、めちゃくちゃですね」
「そんなもんだよ。私が助けるんだから、これぐらい大袈裟じゃないと」
「ははは、こんな人の後を継ぐなんて、私はごめんですよ」
「継がせないよ。でも、この大学のトップになるなら、常に規格外にならなきゃね。大変だよ、紫苑ちゃん」
笑い合う三人。
その笑い声は沈黙を守るはずの図書館に響き、今この一時だけ、麗らかな昼下がりのピックニックのような、そんな雰囲気が広がった。




