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人間未満、あるいは未完成  作者: レム睡眠
1章 黛紫苑編
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10/25

解明、そして追憶へ

「探求は終わりにして、解明の時間だよ。探求者君、その本を開くといい。事実は全てそこにある」


事実?真実ではなく?

こういう場面は、犯人がわかる徹底的な証拠が提示されるべきじゃ。いや、もう犯人はわかってるけど。

そもそも人でないし。


「そういうのいいから、早く」

「あ、はい」


腹筋を使って起き上がり、そのまま先輩の隣へと座り直す。「あ……」とか名残惜しそうな声が聞こえた気がするが、それを無視して左手の蔦をちぎろうと手を伸ばす。すると、何かを察したのか、蔦は瞬時に本の中へと仕舞われた。


「え?」


なんだこれ。

これじゃまるで、意思があるみたいじゃないか。

僕は生唾を飲み込み、片目を閉じながら親指と人差し指で表紙をつまみ、ゆっくりと捲る。


すると、そこには、

「なんもないんかい」


拍子抜けだった。表紙だけに。

そんなツッコミを心の中に留めておいたが、読心術を使えると豪語する春夏秋冬先輩は、僕を「緊張感がないな」と言わんばかりの白い目で見てくる。


すみませんねぇ、そうでもしないと、この奇異的な状況を受け入れられないんだよ。

心の中でそう反論しながら、再び本に視線を落とす。


「は?」


僕は思わず間抜けな声を上げた。

なぜかと言われれば、そこに文字が書かれてあったからだ。

本を開いて文字があるのは当たり前のことだから、さっきの僕が何もないと感じたのは見間違いというだけかもしれない。だが、それを差し引いても今書いてある文章はおかしい。


『2度目まして、私が黛紫苑本人だよ』


そう、2度目に相応しい、正しい自己紹介文が添えられていた。


「……………」


僕は、この大学に来てから何度思考のフリーズを味わっているんだろうか。

わからないことがわかるというのが先ほどそんな理屈を聞いたばかりだが、それは違うと声を大にして言おうと思う。

わからない事を理解しろと押し付けられるというのが正しい。


『春夏秋冬先輩、彼は固まってるけど、大丈夫なんですか?』

「大丈夫じゃないかな。余計な事ベラベラ喋りながら頭の整理しているし、案外余裕だよ。本当にきつかったら、思考すら動かす事なんてないからね」


『そうですか、それは重畳ですね』

「あぁ、私が探求者に選んだし、彼は私がミステリーサークルの関係者だと見抜けたくらいだから、安心して君の依頼は解決できると思うよ」


余計な事とは失礼な。

理不尽な現実に立ち向かうために、精神防衛に努めているというのに。

あぁもう、聞きたいことは山ほどあるような気がするのに、目の前で広がる事実が衝撃的すぎて、頭の中でそれが浮かばない。


「あ、あんたは本当に黛紫苑……さんなのか」

『紫苑でいいよ。うーん、私は本人であるつもりだけれど、偽物を見てしまった君に、本物である証明をすることは実に難しいんだよね。あれは私という生物を完全に理解してそれを模倣していたんだから』


わりかし間抜けな質問だったが、どうやら困らせてしまうものだったらしい。


「君が決めればいいんじゃないかい?」

「はい?」


春夏秋冬先輩は何故かしたり顔でこちらを見ながら、そう宣う。


「君の動揺も理解できる。だって、彼女は今本そのものなんだから、人間かどうかも怪しい。さらにいうと、黛紫苑という人間はおらず、勿忘草が生み出したものかもしれない。そんな考えを君は持っている。というよりも、今も考えている」


そんな見透かしたこと、先輩は言う。


「だから、君が決めればいい。本物じゃないと思うのなら、人間じゃないと思うのなら、その本を燃やせばいい。勿忘草に関しては……、まぁ図書館ごと燃やせば解決するんじゃないのかな」


「僕が、決める………」


勿忘草はどうしたって偽物でもある。だが、そも本物がなければ真偽など存在しない。あるのは怪異が最初からそこにいたと言う事実だ。


『私も君の考えは尊重する、と言いたいところだけど、私は贖いをしなきゃいけないから、殺されたくはないね。それに本になっても五感は生きているからね、燃やされなんてされたらギャアァァァーなんて文字がびっしり埋め尽くされる怪現象を目にすることになるよ』


そう彼女は命乞いをする。

人間らしくない姿をしながら、一番人間らしい行動をする。


「わかった、わかりましたよ」


そこまで言われなくてもと思ったが、そこまでされなければ疑念の全てを払うことはできなかったのだろう。

全く、僕は愚か者だ。


「しかし、肉体は勿忘草に奪われてるわけだけど、どうすればいい?」

『奴の能力は知ってる?』

「あぁ、情報の吸収だろ?本真っ白にして僕に見せてきたぞ」


その時、本が鼻で笑ったかのようにわずかに動いたような気がした。


『はっ、手札は全て見せなかったか。どうやら、君はちゃんと警戒されているようだね』

「警戒?そんなそぶりはなかったけどな」

『してるさ。だって、そうでもしなければ、手の内を一部を晒して勘違いさせるなんてさせないだろ?』


だから、あそこでわざわざ僕に言わせたのか。

すげえな、天才は。

一を聞いて十を知るとはまさにこのことだ。


『私の姿を見てわかる通り、奴の能力は情報の吸収と出力だ。そして、奴には弱点がある』

「弱点?」

『あいつは、根を生やした場所、ここで言えば図書館でしか能力行使ができない。外に出れば、奴は途端に無防備になるよ』


食堂では無防備だったのか。

はっ、あの時点は高を括られて、そして舐められていたのか。

そんな僕が警戒されるまでになるなんて、成長するもんだな。


「ちょっと待って、奴の能力は理解したけど、お前は、紫苑はどうやって戻るんだよ」

『奴の能力を利用するのさ』

「あ、そうか、吸収能力だ!」

『正解。ふふ、君は教え甲斐があるね、リアクションが大きくて面白いよ』


本を蔦へと接続させて吸収させて、肉体に黛紫苑という情報を流す。うん、これで合っている。

合っているはずなのに、半歩足りない気がする。


『寄生、だよね』

「それだ」


寄生されているのならば、肉体に戻しても何度も本に出力されて終わりだ。

だから、あいつを追い出さなきゃいけない。

でも、これって超難しくないか。


奴の本体がどんな姿をしているかわからないし、紫苑の肉体のどこにいるかもわからないが、それは兎も角として、やる順番が固定化される。

能力を利用する以上、吸収が終わるまで肉体にいてもらわなくてならないため、その後に追い出すことになる。

それを再出力される前にやらなきゃいけない。


「超ハードじゃないか?」

『あ、気づいちゃったみたいだね』


おい、軽いな。


『そこは大人しく頼るとしようじゃないか。私はそもそもそっちに依頼を出したんだし。ね、春夏秋冬先輩』

「おっと、此処で私が出るわけか。いいよ、何すりゃいいんだい?後輩の手伝いをするのは、先輩の特権だからね」


「え?手伝ってくれるんですか?」

「当たり前だろ?ヒントを出さないとは言ったけど、何もしないなんて言ってないじゃないか。ナイフも貸したんだし、それぐらい察してくれてるもんかと」


わかんねぇよ。そんなこと言われても。

明言されてないんだから。

もう少し馬鹿な後輩に理解度を寄せてくれませんかね。


『じゃあ、先輩の了承も得られたことで、作戦会議と行こう』

「あぁ」


………。

…………。

…………。


「あ、私の役割はそれだけなんだね。なんだ、戦えなんて言われるもんかと」

『これは彼への試験なんでしょ?だったら、それを尊重すればいいですよ』

「あそう、私がやれば確実なのに」

『フォーカードに対してロイヤルストレートフラッシュを出しても、勝ちすぎるんですよ』

「君、案外ギャンブラーだね」


女子会のような雰囲気を醸し出してるが、僕はそこまで緊張感を抜けない。


「とりあえず、大丈夫かい?探求者君」


大丈夫かと言われると大丈夫ではないが、僕もこの場でそれを言うほど野暮ではない。


「だろうね」

「やりますよ、やりゃいいんでしょうが」


僕は半ばヤケクソになりながら春夏秋冬先輩から紫苑を受け取る。


『ありがとう、君には苦労をかけるね』

「いいんだよ、こうなったら意地でも体に戻ってもらうかならな」


僕はずんずんとわざと足音を鳴らしながら、部屋の外へと向かって歩き始める。

歩き始めて気づいたことがあり、僕は思わず立ち止まる。


「すみません、ちなみにここってどこですか?」

「どこって、ミステリーサークルの本拠地に決まってるじゃないか」

「こんな研究棟の端っこが!?」

「はっ、秘密組織が地下にあるテンプレは外すべきだと思ってね」


いや、建物の端っこというのも割とあるあるだと思うけどな。


「まぁとりあえず行きなよ。あとは全て君に任せる。後片付けは私がするんだ、どれだけの不手際をしようとも、君の命ぐらいは守ってあげよう」


わざわざ明言するぐらいだから、余程自信があるんだろう。なら、僕にできることは。


「背中は任せましたよ」

「あぁ」


そうして、春夏秋冬先輩の見送りを受けて、本拠地を後にする。目の前には見慣れた大学の廊下があり、外の窓から現在地を把握してから、図書館へと歩みを進める。


『震えてるね、怖い?』

「怖いに決まってるだろ、今から命のやりとりをしようってんだから」


それも逃げた反面、もう一度その恐怖を味わうかと思うと足取りも重くなる。


『そうか、ならば君に、私の過去でも教えようかな』

「何故に?」


『本音を言うのなら、必死になってほしいってところかな。建前を言えば、図書館に行くまでの暇つぶしだね』

「普通、逆じゃねぇか?」


『言いたいことが湾曲して伝わってもしょうがないしね。それに、私も読書相手に飢えているんだよ。雑談の一種だと思って、流し見しておくれよ」

「そうか?」


そうして、僕らは図書館へと向かう。

二宮金次郎の体勢になりながら。

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