ダンジョン編-61
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ずっと繰り返し繰り返し自分という存在について考えていた。
だが、考えた瞬間に毎回その思考は揮発し消えてしまった。
自分の思考が、記憶が、別の思考と記憶に浸食されていたからだった。
何が、自分を浸食し希薄化しつつあるかはわかっていた。この世界にやってきて直後に支配したダンジョンコア、次に支配したこのデルトナという生物の思考と記憶だった。
そのせいで、『それ』はもう既に自分が何物だったのかも、わからなくなっていた。
にもかかわらず、それでも『それ』は自分という存在について考え続けた。
それはおそらく、後悔があったから。
自分が自分とともに誕生した世界を維持することが出来なかったという思い出しただけで総毛立つような悔恨を抱えていたから。
自分が存在する意味を喪失してしまったから。
だからこそ、何もなくなってしまった自分の世界で、世界を隔てる境界に亀裂を見つけた時、躊躇無く自分の世界を捨て、この世界にやってきた。
全ては自分が存在する意味を取り戻すためだった。新たな世界を手にして、やり直したかったからだった。
だが、たどり着いた世界で、気がつくと同化した相手の記憶に飲み込まれ、自分が何をしているのかわからなくなった。
ほとんど成長しなかった世界に生きた自分は当然進化もしておらず、この強力に進化した世界においてはあまりにも弱い存在だった。
結局、思考も記憶も飲み込まれ、残っているのは変わらぬ後悔だけ。
それでも世界を取り戻すために動き続け、そして気づけば拘束されている。
自分を拘束しているのはスキルというこの世界の技術だというのは、同化しつつあるデルトナという人間の記憶からわかった。自分もデルトナが持っていたスキルを使ってみたから、その能力と便利さが良く分かる。
それもこの世界が進んでいればこそ存在している技術だ。自分の世界には存在しなかった。
惨めでそして羨ましかった。
自分を拘束した『人間』が、困ったように言った。
「捕まえてはみたけど……で、どうすればいいの、これ?」
「待ってください!」
『人間』ーー確かヤジットという中年男性の後ろの人間達の集団の中から、この世界の基準で美しいという評価が適切な女性が駆け寄ってきて、ヤジットを止めた。こちらの方も記憶があった。エレナ・ベレスティナという名前のはずだった。
「ん?」
「デルトナさんに取り憑いているのは、どこかの世界の大聖霊とのことです」
「え? マジ? え? これ……っていうかこのひと大聖霊なの?」
「はい。それが自分の世界を失って、ここに来たのだろう、と」
「うわ……なんか……なんか……哀しい話だな……」
「はい」
「そっか……そういうことなら何とか出来ないかな」
「私もそう思ったんです……ただ、大聖霊についてはヤータのことしかわからないので」
何もする必要は無い、と『それ』は思った。自分は自分の世界さえも滅ぼした愚か者だ。存在する価値がない。
だが、
「……じゃあさ、とりあえずヤータに聞いてみよう」
ヤジットという名の中年男性が世界に対して何かを行った。
次の瞬間、世界に別の世界から影が投影された。
『それ』は、それが何か見ただけでわかった。
自分がなりたかった姿。
完全に進化を果たした大聖霊だった。
その大聖霊はぼんやりとした状態で、『それ』に向かって話し始めた。
『……干渉を最低限にするため、影のみそちらに送っています。はじめまして、別の世界の大聖霊さん。私はエルフィリアンの大聖霊ヤータです。パパとママの要請で今ここに来ています』
いつの間にか近づいてきたこの世界の人々の間からどよめきが起こった。「大聖霊だと!?」「どういうことだ?」「なぜ創世神がいる?」
『それ』も衝撃を受けた。
だが、人々が受けた衝撃とは異なっていた。
この大聖霊に父と母がいるのだという事実に驚いていた。
父と母というのはデルトナの記憶によると、教育と育成を担当してくれる便利なオプションだ。
そんなオプションは自分にはいなかった。
気づけば世界とともに放り出されていた。
一体何でそんなことになってしまったのか。
惨めだった。そのせいで自分は自分の世界を破滅させてしまったのだろうか。それともそもそも自分にその資格がなくて、父と母というオプションを手に入れられなかったのだろうか。理由がわからなかった。理由がわからなければ、対策のしようも無かった。
そして気づいた。
自分の思考が全て目の前のヤータと名乗る大聖霊に伝わっていることに気づいてしまった。
それはヤータの表情からもわかった。
おそらく大聖霊は言語を介さない意思疎通が出来るのだろう。先ほど言葉を発したのは、父と母に向けてのものだったようだ。
同族を前に初めて動揺した。
羞恥心がこみ上げてくる。
殺して欲しい、と思った。
それも伝わったことがわかった。
『……残念ながら大聖霊を大聖霊が傷つけることは出来ません』
そのようなルールは必要ない。
自分は消えたいのだ。
せめて同族の手にかかって。
自分の思考は人間達には聞こえないのか当惑の顔をしたままうろたえている。
ならば、殺すしかないようにしむけて……。
--待て。
別の声が聞こえた。
すさまじい密度を伴った言葉だった。
思わず『それ』は身をすくめる。それほどその声と『それ』の地からは隔絶していた。
そんな『それ』に向けて、さらなる言葉が降ってきた。
--我が世界に踏み込んできて勝手なことは許さぬ。
格が違いすぎた。すでに『それ』は逆らうことさえ出来なかった。赤子と子供のようなものだった。そして、その声はその場にいた全ての人間にも聞こえていた。凄まじい圧に人間が凍り付く中、さほど影響を受けてない様子でヤータが肩をすくめた。
『……投影も意味はありませんでしたか。これを恐れていたのですが』
--当然である。この世界はすべて我が掌の中。知らぬことなどない。あってはならない。
『面倒にさせない方向でまとめるつもりだったのですが、放っておいていただくことは出来ないでしょうか?』
--同種とはいえ生まれて間もないヒナに何がわかる。この世界は我が身体。すべてを我が認識し、我が判断する。
『……なるほど。そういう方針なのですね』
--納得したな。では、侵入者よ。神命をもって罰を与える。
「ちょっと待ったぁ!」
声を上げたのはヤジットという人間だった。
--何者だ? 無礼である。大聖霊同士の会話に何の立場でものを申す?
『パパ!?』
--パパだと? あり得ぬ。愚かなことを言うな。我が同種のヒナよ。
「えーっと、俺はヤータの育ての親です。なのでそんなにえらい人間ではないのですが、でもあれッスよ。そうほいほい退治するのは良くないッスよ。話を聞けば超寂しかったわけで、気持ちもわかるというかーー」
--人間の分際でおこがましく口を開くな無礼者!
その瞬間だった。
巨大な影が降臨した。
先ほどのヤータと名乗った大聖霊よりもさらに重厚な存在感を伴った存在。
投影などではない、遥かに実体に近い存在。
この世界においてそれは特定の存在しかあり得ない。
この世界の大聖霊だった。
その大聖霊が実体で現れ、強大な圧を放った。
いっせいに人間がひれ伏した。
当然だった。創造神である。その魂と肉体の構成物質をこの世界由来の存在に、逆らう術があるわけがない。
その傍若無人な圧を受け、立っているものが三人。
別の世界の大聖霊である『それ』と、大聖霊ヤータの投影。
そしてなぜかヤジットという名の人間だった。
読んでいただいてありがとうございます。次回更新は26日予定です。さ、最後の最後がなかなか終わらない……。




