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ダンジョン編-62

    @


 その場にいるヤジット以外の全人類は土下座していた。

 人だけではなかった。

 この場にいるあらゆる生命が歓喜と畏怖に震えていた。

 木々も、虫も同様だった。命を宿してない風さえ祝福に渦巻いているようだった。

 エレナ王女も例外ではなかった。自らを圧倒する圧力に震え上がりながらそれでも頭の片隅で冷静な思考が「これはまずいです……」と考え続けていた。

 現れたのはこの世界の神話において創世神として語られる大聖霊ヤーヴァリア。創世神は文字通りこの世界を作り上げた存在である。世界とそれを運用するシステムを作った後、世界に仇なす存在である暗黒神ディエルガルと七日間戦いそれを屠り、絶対神となった。

 ヤーヴァリアは普段は人が住む大陸とは海を隔てる南の大陸にただ一本生えている大神樹の上に棲んでいるとされている。

 歴史上、ヤーヴァリアが最後にこの大地に現れたのは千年前。

 大陸全体に特殊な死病が流行ったときに、人の姿でこの地に降り立ち、死病を治癒する聖水をもたらした。

 それ以前にも、悪竜退治に手を貸したり、さまざまな恩恵をもたらし続けてきた。

 ヤーヴァリアはこの世界を正しく導く慈父なのだ。

 一方でヤーヴァリアは厳しいことでも知られている。

 千三百年前、大陸をほぼ制圧した征服王ガオディエンは、その余勢を駆り永遠の宿敵である魔族を滅ぼすために行動を開始した。その際、大聖霊ヤーヴァリアの助力を得るため、巨船を仕立てて部下を南の大陸へ送った。困難な航海の末、二十隻の船のうち二隻だけが南の大陸にたどり着き、ヤーヴァリアとの謁見を実現した。帰ってきた返事は「魔族もまた我が子である。この地までたどり着いた努力をたたえ、せめて帰りは見守ってやろう」。帰路はヤーヴァリアの加護により、何事もなく主のもとにたどり着いた使者は征服王にヤーヴァリアの言葉を伝えた。絶望した征服王は手勢のみを率いて魔族討伐に向かい、帰らぬ人となった。

 この世界はまさしくヤーヴァリアの掌の上であり、ここにいる全ての生き物はヤーヴァリアの子なのだ。

 その証拠にヤーヴァリアを前にして、その身体と魂が勝手に動いた。勝手に跪き、そのまま身体全体で伏せていた。直視さえ無礼、ということなのだ。

 ヤーヴァリアを前にエレナ王女が思考を続けられるというのはある種の例外だった。

 これはおそらく異世界でヤータと長期間接していたことが要因の一つだろう。また、エレナ王女自身が通常ではあり得ないレベルに達していたということも理由として考えられるかも知れなかった。

 それでも顔は上げられなかった。それほどの重圧がエレナ王女を傅かせていた。

 そんな重圧の中、エレナ王女の想い人であるヤジットはただ一人立ち尽くしていた。顔を上げられないがヤジットの足だけは見えた。


「えーっと……なんて言えばいいのかなぁ。うーん。そもそも説得できるのかなこの人?……って人じゃないか……ってかすごい格好してますね。それ、重くないですか?」


 まったく重圧を感じている様子はなかった。


「……不思議な男であるな」


 ヤーヴァリアの肉声が聞こえた。深みのある不思議な声音だった。温かく、そして威厳が併存していた。エレナ王女はしびれるような感動を味わっていた。おそらくは根源が震えているせいだ。


「そうっすかね? 普通だと思うんですけど」


 素敵だけど絶対に普通じゃない!、とエレナ王女は顔を伏せたまま全力で突っ込みを入れた。


「だが、誰の進言であろうと外なる世界から来たモノは許すわけにはいかぬ」

「でも、子供みたいなものですよ、こいつ?」

「かつて我も外から来たものを受け入れた。我が世界に変化をもたらすと期待したのだ。だが、結果としてそれはディエルガルとなり、我と我の子らを苦しめた。二度と許してはならぬ」


 エレナ王女は衝撃の事実に動揺した。ディエルガルは暗黒神としてヤーヴァリアと対立した最凶最悪の存在である。ディエルガルは世界の壁を破壊し、この世界に混沌をもたらした。外から来た大聖霊というのはディエルガルと同等の存在なのか。ディエルガルが生まれる可能性があるならばヤーヴァリアが排除しようとするのもわかる、と理解を示したエレナ王女に対し、


「なんですか? そのディエルガルって?」


 ヤジットの衝撃の一言に、はじめてヤーヴァリアの声が困惑で歪んだ。


「まさか知らぬのか……」

「うーん。どこかで聞いたのかなぁ、覚えがないけど」

「悪だ。ただそれだけだ」

「まぁ、大丈夫ですよ。そういうことならこいつは俺がきっちり育てますよ。悪さはさせません」

「……なぜわからぬ。我は我が子らのために言っているのだ。悪の芽は断たねばならぬ」

「悪の芽って言っても別にまだそこまで悪さしてないし。メーチャンさん乗っ取って、デルトナさん乗っ取っただけでしょ?」

「……」

「何とかなる気がするんだよなぁ。そんなことで殺されちゃうのはかわいそうですよ」

『パパはとっても優しいです』

「え? そうかな。でへへへへへ」


 平伏している妻(仮)ことエレナ王女の前で子供と夫(仮)のいちゃつきが始まった。

 しばらくして、冷たい声が響いた。


「……なるほど。貴様も敵か」

「……へ?」

「ならば容赦はせぬ。消滅せよ」


 ヤーヴァリアが無表情に片手を上げ、その瞬間雷光が光った。

 その直後空気が破裂する様な凄まじい轟音が響き、同時にそこにいた人間達が吹き飛ばされた。


「うわ!!」


 ヤジットの慌てた声も響いた。

 爆風で飛ばされる中、エレナ王女はもみくちゃになりながら空中で何とか体勢を整えて足から着地した。服はひどく破れてしまったが気にしている余裕はない。

 すぐ横に倒れているフィッタを引き起こして、それから必死にヤジットの方を見た。もうヤーヴァリアからの重圧は気にならなくなっていた。ヤジットは向こうの方で倒れていた。ヤーヴァリアの光の直撃を受けたのか黒焦げだった。ヤジットを助けなければならない、その思いだけがエレナ王女を動かしていた。ヤジットに駆け寄ろうとしたところ、先ほどの雷撃ーーおそらくはヤーヴァリアの光と呼ばれるディエルガルを討ち滅ぼした攻撃を再度放とうとするヤーヴァリアの前に見慣れた姿が立ち塞がっていることに気づいた。

 ヤータだった。ヤータが投影のまま実態として出現しているヤーヴァリアに匹敵する存在感を放っていた。

 ヤータがエレナ王女の方をチラリと見た。

 圧力がさらに高まった。

 世界にヒビが入りそうだった。それほどの内圧に押し出されるような言葉がヤータの口から滑り出た。


『パパに手を出しましたね。しかもママで……ママはここの人だからママに辱めを与えているのはまだ我慢できましたが、もう無理です。許しません。エルフィリアンの全存在を賭けて、あなたを抹消します』

「なんだ……なぜそのような存在力を持つ。わずか数百年のヒナが……」


 ヤーヴァリアの無表情な顔に動揺が走った。


『パパとママのおかげです。パパとママがいたから私が生まれ、パパとママとエルフィリアンをここまで育ててこれたのです』


 ヤータの姿が光を放ちはじめる。


「貴様、た、ただの大聖霊ではないのか……!? 数百年で神霊にまで至ったというのか!? そんな……なぜだ、なぜそんなことができる!?」

『安心してください。この世界はちゃんと存続させます。パパとママの故郷ですから』

「おのれ、ディエルガルを滅ぼした我が光を喰らえ!!」


 言葉と同時に雷光が発生して、オゾン臭だけ残して消えた。


「な!!!!?」


「ごめんごめん。危険だから封じさせてもらった」


 その声に皆が声の主の方を向いた。

 黒焦げの服を払いのけながらその人物は立ちあがった。

 自分の身体の要所要所しか隠せていないかつて服だったボロ切れを見ながら、


「くぅ……お気に入りだったのに……それにしても驚いたなぁ、もう。俺じゃ無きゃ死んでるって」

『パパ!』

「ヤジット様!」

「ヤータ、ありがとな。その光っている奴、かっこいいぞ。あとでやり方教えてくれ。とにかく俺は大丈夫。エレナさんも怪我はないようだし、ダメージを受けた人は回復中だし」


 ヤジットの言葉にエレナ王女はハッとして地面を見る。

 地面が薄く光っていた。

 そして身体がほのかに温かくなっていた。

 懐かしかった。

 魔王と戦うための旅路で、勇者達を癒やした加護の結界がとんでもない広さで構築されているのだ。


「ディエルガルを滅ぼした我が光を受けて、な、なぜ……生きていられる?」

「死にかけたって! ま、生きてるからいいけど」

「貴様……ただの人間ではないのか!? なぜ我に逆らえる? そのようなことはあり得ぬのだ!」


 ヤーヴァリアが手元で何かした。

 そして驚愕した。


「なんだこの称号の数は……!?」


 それから何かに気づいたようにヤジットの方を見た。


「ま……まさか貴様、大伊賀俊子の関係者か……」

「え? ばあちゃんのこと?」


 ヤーヴァリアは屈服した。


読んでいただいてありがとうございます。次回更新は少し飛んでGW明けちょっとしてからの予定です。まとめとかそういった感じになる予定です……そして、それを書きながら次の準備をします。よろしくお願いいたします。

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