ダンジョン編-60
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それは神々の戦いにしか見えなかった。
伝説の中の、人間が生まれる前に行われたという戦い。
ベンゼルは呆然と見あげた。
道化師のような衣装を身に纏った中年の男と、そして酷薄そうな顔立ちだが人間とは異なる気配を身に纏った男とのありきたりの戦いーーのはずが、そもそもが戦いの舞台でさえ人間ではあり得ない、空中だった。
しかもお互いに武器を持たず、スキルと魔術を駆使した戦闘で、そのスキルと魔術がいかなるものなのかさえ、ベンゼルにはわからなかった。
それでも使われているスキルと魔術がとてつもなく強大なものであることはわかった。騎士団所属の最高の魔術師が命を賭して放つものを軽々と凌駕する規模の、それこそ一軍を滅ぼしそうな火炎や雷撃が行き交い、そして何もなかったように打ち消された。
道化師のような衣装の方が人間の味方で、酷薄そうな顔をした男が人類を滅ぼそうとしている、のだろう。道化師のような衣装の方がエレナ王女とともに現れたことから、その場にいた誰もが自然とそう想像した。つまり酷薄そうな顔の男は銀の巨人の側なのだ。銀の巨人が停止したと思ったら現れたので、もしかしたら銀の巨人を操っていた敵の首魁なのかも知れなかった。実際、ラスボスにふさわしいでたらめな強さだった。それでもベンゼルは安心していた。あの道化師のような男は、ああ見えて聖女と呼ばれるエレナ王女が連れて来た存在だ。そして、少なくともベンゼルの見たところ戦いは拮抗していた。
ベンゼルが聖女の方を見ると、聖女であるエレナ王女は、祈りの姿を取っていた。しかも右手を拳の形にし、右手首を左手で握っているという独特の形だった。その姿には覚えがあった。英雄王と呼ばれたベレスティナ王国三代目の王ジーンが、決戦に旅立つとき、それを待っていた王妃ヤムルの祈りの姿だった。あまりにも有名なそのシーンは戯曲化され、しばしば絵画の題材としても使われるため知っていたのだ。
エレナ王女がその祈りをしていることを知り、その意味に思い至り、ベンゼルは衝撃を受けた。
つまり、今戦っている道化師のような男はエレナ王女にとって夫のような存在だ、ということである。
聖女の夫。すなわち神。
ああ、やっぱりそうか。
とベンゼルは気がつくと涙を流していて、そしてそのことに気づかないまま、頷いた。
目の前のこれは世界を守るための戦いだ。
世界は今救われようとしているのだ。
「……すごいなぁ」
感心したような声が聞こえて、ベンゼルは振り向いた。
その言葉を発したのは、驚くことに勇者グランフェディックだった。先ほどまで銀の巨人の最前線として戦っていた人類の盾。魔王と互角に戦った英雄。
その英雄が、続けて言う。
「やっぱりヤジットさんには敵わないや」
その声に悔しさや敗北感はなく、ただただ感嘆だけが込められていた。
勇者は戦っている道化師のような男を知っていたようだった。ヤジットさんというのがこの道化師のような男の名前なのだろう。
勇者が敵わないと断言する存在。
やはり神だ。
ベンゼルは安堵し、心の底から彼の勝利を祈った。
そして戦いは続いた。
既に1時間近く戦い続けている。
徐々にヤジットが酷薄そうな顔の男ーーこちらはデルトナと言うらしいーーを押しはじめた。
そこにいた全ての人間がいつの間にか徐々に集まって、ヤジットを応援していた。
声を上げ、祈りを捧げ、そしてベレスティナ王国の国歌を歌う。
マクダフ王子とエレナ王女は自然と集まってきた人々の中心にいた。
おかげでベンゼルは神の戦いを見るという驚きから立ち直り、本来の王族の護衛という任務に戻らなければならなかった。
絶え間なく周囲に警戒の目を向け続ける。
親衛隊も同じスタンスのようで、王族二人を守るため、もっとも内周に親衛隊、その外に各騎士団、という位置関係が自然にできあがっていた。
騎士達による人混みをかき分けかき分け、数人の人間がマクダフ王子とエレナ王女がいる中心地に近づいてきたことに気づき、ベンゼルは警戒を強めた。
騎士団を突っ切って近づいてくるなど意図があるとしか思えなかったからだ。
だが、その一人の、
「姫様!」
という呼びかけに、振り向いたエレナ王女の表情がみるみる喜色に変化するのをベンゼルは見た。
「フィッタ! オナシスさんも早かったですね……え? サッチャン……さんまで?」
「ですよね! 覚えてくれますよね普通。個性的というか特徴的ですもんね、僕!」
感激に声をうわずらせてそう言った『人物』を見て、ベンゼルはギョッとした。
そこにいたのは銀色の身体をした存在で、どう見ても銀の巨人の縮小版だった。思わずエレナ王女の盾になるため前に出ようとするのを我慢した。話の感じでは明らかにエレナ王女の知人であり、そこには何らかの理由があると思われたからだ。
「……個性的かどうかはともかく、サッチャンさんが出てきたと言うことはつまりそういうことですね」
「ええ! ダンジョンは完全にメーチャンと僕の元に戻りました。メーチャンからお礼を伝えることを頼まれています」
「よかったです。スタンピードは終わったのですね」
「ええ。あとはあの……あいつを停めれば終わりです」
「あれはやはりーー」
エレナ王女がデルトナの方を向いた。それにつられるように、サッチャンもそちらを向いた。
「あいつがメーチャンを乗っ取ったときに、一部記憶を共有したので正体は分かっています。自分の世界を自分の落ち度で滅ぼした一匹の大聖霊のなれの果て、ですね」
「……そう……ですか。哀しい話ですね」
エレナ王女が言葉通り哀しい目でそう言った。なにかを思い出すように目を閉じる。
「まぁ、あんな無能はヤジットさんに何とかしてもらうとして、こちらも大変ですよ。現在、大量に消耗したガーディアンの量産体制に入って、メーチャンはてんてこ舞いですよ。ああ、そういえばあの巨大ガーディアンはどうしましょう?」
「あなたたちの支配下に戻ったのですか?」
「もちろんですよ。だから、こういうことも出来ます!」
メーチャンという人間ではない何かがなにかをやった。やった内容はわからなかったが、何かをやったことだけは伝わって来た。
その瞬間だった。
動きを止めていた銀の巨人がいっせいに動いた。
その光景に、その場にいた人間達は全員心臓が止まりそうな恐怖を味わった。
だが、銀の巨人達は、そんな人間を守るように立ち、そしてデルトナに向かって攻撃を始めた。
恐怖で固まっていた人間達も徐々に状況を理解し、銀の巨人達に向かっても声援を送りはじめる。
そして、次の瞬間、ヤジットのスキルが発動し、デルトナの身体を拘束した。
読んでいただいてありがとうございます。次回更新は18日の予定です。あと少し!




