ダンジョン編-58
時間は少し遡る。
銀の巨人がいる最前線から離れた場所、強制労働ダンジョンの中の中層の隠し部屋の中に、二人の人物がいた。
傭兵である神々の黄昏団の副団長オナシス、そしてエレナ王女付きの侍女フィッタである。
オナシスは主人であるフィオレの想い人の帰還を待つため、フィッタは主人であるエレナ王女を待つため、とそれぞれ違う理由で、危険極まりないダンジョンの中に残った。待っている相手はそれぞれ別だが、フィオレの想い人とエレナ王女が一緒にいるのは確実で、だからこそデルトナが目の前から消えたあと、人界から切り離されたこの場所で二人は協力し合う運びになった。
そして、半日が経った。
そんな二人であるにもかかわらず、今二人はひどく興奮し、鼻息も荒かった。
それぞれの主人が帰ってきたわけでもなく、二人に好意が芽生えたわけでもないにもかかわらず興奮している理由は一つ。壁にズラリと並んだレアアイテムだった。
今回、フィッタは華麗な装飾を施されちろちろと小さな炎を上げ続ける一本の槍を手にしたまま軽蔑の目をオナシスに向けた。
「くだらない。そんな武器、この槍には敵いません。『研磨』の魔法がかかってる? 武器の手入れなど下の人間がやればいいのです。人間にできることをわざわざ魔術で代替する必要はありません。それに比べてこの槍……なんと美しい。まさに王者の持ち物です。この槍を振るう殿下の姿が目に浮かびます」
『研磨』の魔法がかかった長大な長剣を持ったオナシスは鼻を鳴らし答えた。
「なるほど。戦場に出たことがないお嬢様は言うことが違いますな。敵が順番で出てくるお上品なお稽古とは異なり、約束事など存在しない戦場では切れ味が鈍らない、ということがどれほど重要かご存じないのですから。ちなみに貴女が選んだその炎の魔術がかかった槍は雨が降ったらなまくらです。たいまつ代わりにもなりませんな」
ムッとした顔のフィッタは背中に隠し持っていた弓を取り出した。
「そんなときはこっちを使います。こちらは光の弓。光弾を発射して近づく者は全員射殺です。殿下はそれはもう見事な射手ですから。弓聖エラトン先生のお墨付きです」
「ずるいですぞ! それならこっちもこの吸魔の鞭を使いますぞ! お嬢様が振るえば光弾などいくらでも打ち落とし、姫様の魔力もいただきです」
「そしたらこれです。これは契約の腕輪。言うことを聞かない傭兵など、これを使って二度と悪事ができぬよう腕を切り落としてしまいます」
「え? あれ? 契約しているってことは、神々の黄昏団がエレナ王女と契約しているという前提の話ですかこれは?」
「当然です」
「なら……なら敵対するのも変ですが、この魔術無効の兜をかぶってーー」
「無理です。なぜならそんな兜はこの有能な侍女がかぶらせないからです。殿下に対して失礼という名目で脱がせます」
「いやいやそれを言うのなら私とてそれなりに有能な副団長として有名です。団長が詰問されているのならば、その隙に後ろから近づいてエレナ王女をひと突きでーー」
「エレナ王女を……なんですか? 何をするつもりですか!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「待ちません! 待てません!! さぁ、白状しなさい! 何をするつもりだったんですか!!?」
「……か、仮定の話はやめましょう。不毛です」
血相を変えていたフィッタの顔が、いつものクールな無表情に戻る。
それからフィッタは咳払いをして、
「……そうですね。うっすら気づいていました」
「それにしてもーー」
オナシスは改めて周囲を見回した。
「凄まじいものですな。未攻略の隠し部屋、というものは」
「……そうですね。王宮の宝物庫であってもこれほどのものはそうはないでしょう。いえ。見栄を張る意味は無いですね。王宮の宝物庫を遙かに超える品質と数です。ここにあるもののいくつかは王家の至高の宝、聖剣に匹敵します」
ため息交じりの言葉通り、隠し部屋は未攻略の宝の山だった。
暇つぶしではじめた宝箱の開封作業は、出てくるアイテムの品質の圧倒的な高さで、すぐに二人を夢中にさせた。
しかもダンジョンにありがちな宝箱に偽装した魔物や罠の類いは一切無く、ただただ、次々と伝説級のアイテムが取り出されるだけである。
そんなわけでその品質を鑑定していてついつい熱が入り、言い合いになってしまったのだった。
宝箱を開けきった二人の心中に去来している思いはひとつである。
これをどうやって地上に持ち帰るか、だった。
何しろ、到底二人では抱えきれない量である。しかも場所はこの隠し部屋を一歩出ればガーディアンがうろつくダンジョンの中層部。とても行き来は出来ない。
名残惜しげに炎の槍を置き、フィッタはため息をついた。
「……全てを持って帰りたいのはやまやまですが優先順位を考えないといけませんね」
フィッタの言葉にオナシスも頷いた。
「そうですな。それが賢明でしょう」
「……となると、まずこの防御結界生成の盾は決まりとして」
「!? そんな盾よりはこちらの金属破壊の魔術がかかった双剣では?」
オナシスが言っているのは大小二本の曲剣がセットになった双剣のことである。あんな剣は、曲芸くらいしか見たことがない。そもそも騎士は盾を持つものだ。双剣などありえない。
「そんなマイナーな武具、使い手がいません。武器ならばこの短剣が最優先です」
「短剣!? 何の役に立つというのですかそんなもの! 懐に入らないと使えず、懐に入ったのであれば短剣でなくても、それこそ素手でもどうにでもなります」
フィッタはイラッとしながら、その気持ちを隠し、呆れたように言った。
「ものの価値がわかってない人ですね。こちらの短剣にかかっている魔術は結界破壊です。結界を破壊するというのはとてもレアですから、必要です」
「なるほど。では、その剣が有用なのであれば、そちらの盾、たしか防御結界を数分の間、生成するというものでしたな、それは不必要と言うことでよろしいか?」
「…………なぜです?」
「その短剣で壊れてしまうわけでしょう? 盾で結界を作り、短剣で結界を壊すというのはどれだけマッチポンプがお好きなのか」
「……」
フィッタの顔が今度こそ歪んだ。
「……そうでした。あなたが結界の価値をわかってない愚か者だと言うことを失念していました。確かに私が結界に極めて高い価値を置くのは、勇者一行との魔界行があればこそでしたね。無知なあなた相手にムキになって失礼しました」
「……戦場では結界魔術なんて言うのは何の役にも立ちません」
「戦場ですか。便利な言葉ですね。何かあると戦場の経験数の差を申し立てればいいというわけですね。わかりました。ではーー」
再びヒートアップが始まってしまった。
二人だけだと止める相手がいないため「マズい」と思ってもやめ時がない。しかも双方ともにそれなりに自分に自信があるのである。相手が間違っていると思っていると、そもそもやめる理由がなく、言い負かせてしまえばいいと思ってしまったのだった。
結局、しばらく言い合ったあと、どちらのアイテムがより有用か、勝負をすることになった。
結界を生成する盾を、オナシスが自前の剣で叩いて結界を破壊する実験をすることになったのである。オナシスの剣も軽量化の魔術がかかっている。それだけではなくオナシスは契約している雷の上位精霊を呼び出し、雷鎖を召喚。それを手に巻き付け、雷撃を剣に帯びさせる、ということまでした。本気だった。
そもそもはつまらない意地の張り合いである。本気でやる意味は無い。それでも、オナシスの魔力の上昇を見て、甘く見ていたかも知れない、とフィッタは思った。内心の焦りはもちろん顔には出さなかった。王女付きの侍女としてそれくらいの訓練は受けていた。
フィッタの認識では「結界は結界を構成している魔術以上の魔術によって上書きされる」ものである。
ヤジットの結界魔術であれば、魔王の攻撃さえ耐えうる。それはわかっている。
一方、盾に付与されている結界魔術はヤジットのそれと比べるとあまりにも心許なかった。結界魔術はこの世界に於いて基本的にレアな魔術であるが、盾に付与されている結界魔術はかなりレベルが低いもののようで、実行するための契約対象さえ特定されていないのだ。
実際、盾に付与された結界魔術は、オナシスと彼が契約している上位精霊の魔力で、わずか数秒で綻びを見せ始めた。
だが、その綻びは盾の魔力ですぐに修復される。
ホッとする気持ちを隠し、フィッタは声を上げた。
「ほ、ほらご覧なさい!」
だがオナシスは諦めなかった。
「まだわかりませんよ……」
「あ、諦めなさい!!」
「まだまだ!」
オナシスは必死の形相である。彼は間違いなく有名な傭兵団の副団長の名にふさわしいだけの魔力を持っており、その魔力の全てを雷鎖に込めていた。本来魔力というものは、込めた魔力量が結果に結びつく。オナシスの全魔力が込められた攻撃は凄まじい破壊力を持っていた。
それでも結界は数秒耐えた。
次の瞬間、亀裂が入った。
それは結界魔術の亀裂と言うより、世界の亀裂だった。
『あ、ちょっとやめてください!』
その声は突然、響いた。
頭の中に聞こえたわけではなく、実際にダンジョンの中に響いた。
フィッタもオナシスも瞬時に反応した。
馬鹿な実験をやめ、武器を構え、周囲を見回した。
「何者です!?」
『ひどい……僕ですよ僕! なんか急にメーチャンと連絡が取れるようになって、ダンジョンを掌握できるようになったんでチェックしてたらまさか僕の中でこんな無茶をやってるなんて……』
「……」
『……ただでさえダンジョンの中って空間構成に問題が起こりやすいんですよ! そこにそんな魔術相克を起こしたら……ああ、もう止まらない! マズい奴ですよ、これ、絶対に!』
そしてそれが起こった。
先ほどまで結界魔術とオナシスの魔力がぶつかっていたその場所に生まれていた亀裂が、無音のまま繋がっていき、そして、ついに何かに押し出されるように、こちら側に向けて世界が裂けた。
次の瞬間、不思議な空気が今まで嗅いだことがない香りとともにフィッタの鼻腔をくすぐった。
どこか南国を思わす甘い香りだった。
その空気に包まれながら、不思議と良い予感を覚えていた。
その予感通り、亀裂から現れたのは、なんか葉っぱを縫い合わせて作ったような不思議な服を着たヤジットと、そして似たような服を着てもなお美しいエレナ王女だった。
「……遅いですよ」
涙ににじんだ視界の中で、フィッタの主人であるエレナ王女は、フィッタの方を向いた。
「まぁフィッタ。ずいぶんと久しぶりですね」
「……まだ一日程度です」
「こちらは一日ですか」
エレナ王女はヤジットの方を向いて、それだけでヤジットは何かがわかったように頷いた。
「へぇ、やっぱりそうなのか」
「言ったとおりでしょう?」
「な、なんですか? その息のあった感じ……ど、どういうことです?」
フィッタの言葉にエレナ王女はもう一度フィッタの方を向いた。
その顔にはどこか自信とそして充実感がみなぎっていた。
そして、エレナ王女はフィッタにこう言った。
「当然です。だって私たちは向こうの世界で四百年ほど一緒に過ごしていましたから」
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