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ダンジョン編-53


 神々の黄昏団の副団長オナシスは現在四十八歳である。レベルは41。もちろんそのレベルの高さは団長であるフィオレ同様、冒険者であるが故である。

 もともとオナシスはフィオレの実家であるアーサリー男爵家に仕える第三執事だった。

 アーサリー男爵家の第一令嬢で幼い頃から天才と名高かったフィオレ付きを命じられ、以来、二十年フィオレに付き従い続けてきた。フィオレはまさしく天才だった。そしてオナシスにとって完璧な主人だった。フィオレのために人生を使うことがオナシスにとって当然と思えるほどに。だから、オナシスはフィオレの出奔にも付き合い、フィオレと一緒に冒険者となり、そして傭兵団を組織した際は、その副団長として団を取り仕切った。

 オナシスにも昔は夢があったように思う。

 いつか第一執事としてアーサリー家を取り仕切り、その領地を繁栄に導き、アーサリー家をさらに拡大していくことだ。

 フィオレ付きになったことで結果としてアーサリー男爵家とは縁が切れた。

 それでも自分の人生に満足している。

 それほどフィオレは素晴らしい主人だ。

 今ではフィオレが幸福になることがオナシスの人生の目的である。

 たまに夢を見る。

 フィオレが誰かと結婚したあと、その屋敷でオナシスがフィオレの子供の教育を任され、子供に向かって母親であるフィオレの素晴らしさを滔々と語っているのを、フィオレ本人に聞かれて、顔を赤らめたフィオレに叱られる、と言う夢だ。

 その夢は常に圧倒的な幸福感をオナシスにもたらす。

 そうなればいいと思う。

 絶対にそうしなければならないと思う。

 そして、その夢の実現のためには、フィオレの伴侶が必要なのである。だからあのヤジットという男に生き延びてもらわなければならない。何しろ、あのお嬢様がこれまでの人生でただ一人興味を抱いた対象なのだ。それを逃したら、次のチャンスはいつになるのか。考えるのも恐ろしい。

 夢のために、この危機的状況で、死んでもヤジットを守り抜く。オナシスはそう覚悟を決めていた。

 そして、危険度、という意味において同じ攻略メンバーであるはずのデルトナの怪しさについては折り紙付きだ。

 まず冒険者と言うだけで信頼に値しない。

 その上、デルトナと言う男は冒険者の間でも悪評紛々だった。

 曰く、楽をしたがる。

 曰く、卑怯である。

 曰く、姑息である。

 曰く、信頼できない。

 これらの評価は、冒険者という枠内では賞賛の意味合いもある。

 だが、危険と隣り合わせのダンジョンの中での仲間に対する評判としてはいただけない。まして、現在の一行の中で戦闘できそうなのはオナシスとデルトナだけである。味方か敵かわからない相手に背中を預けられないのは当然のことである。エレナ王女付きの侍女のフィッタという女性もそれなりに出来るようではあるが、レベル差は厳然と存在する。

 デルトナが先行して、ガーディアンの様子を探りに行くと言い始めたとき、オナシスは「仕掛けてきた」と直感し、警戒した。

 とは言っても、確かに情報は必要である。デルトナに替わってオナシスが情報収集に行ったとしても、疑惑のあるデルトナを護衛対象であるヤジットとエレナ王女、おつきの侍女のもとに残すことになり危険。デルトナとオナシスが二人で情報収集に行くのも、主要戦力二人がいなくなるわけで結果としてヤジットが危険。つまり八方塞がりで、それならばせめて自分がヤジットの近くにいて何かあったときに対処しようと決めた。

 案の定、最初はちゃんと調査をしていたと思われるデルトナだったが、しばらくするとガーディアンの気配が感じられないのに、「ガーディアンがいた」と虚偽の報告を行い、一行をどこかに誘導するような気配を漂わせはじめた。

 オナシスは警戒のレベルを上げる。

 機会を見つけて、ヤジットにも警告した。今後、デルトナが自分とヤジットの分断を図る可能性も考慮したのだ。

 そして、最後にデルトナは大量のガーディアンをトレインしてきた。

 果たしてこれが意図的なものなのか。それとも事故なのか。現段階では判別はつかない。

 だがオナシスは、デルトナを戦力として換算しなければこの事態には対処できないと瞬時に判断した。今は敵対すべきではない。

 オナシスはとにかくガーディアンを小部屋に入れないために立ちあがった。

 小部屋に入ってきたガーディアンを通路に押し返し、一撃を加え倒す。そのまま武器を手にガーディアンに対処しながら、背後のデルトナの動きにも意識を向け続けた。

 そして、デルトナのヤジットへの提案を聞いた。

 それを聞いて全てが理解できた。

 デルトナはフィオレの変化を見て、それをもたらしたのがヤジットだと推測したのだろう。

 そして、デルトナはその恩恵を自分も手にすることに決めたのだ。

 オナシスは舌打ちしながら、武器を振るいつつ、振り返らないまま叫んだ。


「いけません! その男は裏切り者です!!」


 デルトナの怒気がオナシスの背後で瞬間膨れあがり、そして直後に消えた。


「そうですよ……ね。昨日の今日で私を信頼していただけてないのはわかります……」

「あ、いや、信頼してないとかそう言うのじゃなくて……」


 お人好しのヤジットが困ったように言った。


「演技です! その男は冒険者です!!」

「そうだ。私は冒険者だった。私の過去は消せない。そのことはわかっている。いいだろう。どうせ死ぬのならば、せめて、私が突撃しますのでその隙に、皆さんで逃げてください。オナシスさんも。ただ生き残ったあとは冒険者をやめると誓ってください。冒険者は存在するべきではないんだ……」


 ヤジットの声がうーんとうなったあと、今度はオナシスに問いかけた。


「オナシスさん。オナシスさんでそのガーディアンに対応出来ますか?」


 その言葉にオナシスは五体目のガーディアンを倒し、その向こうにひしめく無数のガーディアンを見て答えた。


「無理ですね、でも時間稼ぎなら」


 デルトナが呆れたように言った。


「時間を稼いだところで、逃げる場所がないでしょう」

「それはお前が突撃しても一緒だろう!」

「だから私を魔人化するしか方法がない、と言っているんだ! だが、私が信用されていないことはわかっている。それは私自身が撒いた種だ。だから理解している」

「そうだ! お前は信用できない!!」


 そう言いながら、オナシスは七体目を倒す。

 オナシスの剣で核を破壊され頽れた七体目のガーディアンの向こうにそいつがいた。

 他のガーディアンとは明らかに異質な存在だった。

 蟲の身体に人間の上半身を無理矢理くっつけたような歪な姿。四本の鋭く尖った脚を器用に交差させて動き、ぐいっと反り返った上半身に二本の腕。そしてその二本の腕の双方に長大な剣を持っていた。

 まずい、と直感的に悟った。

 あれがサッチャンが言っていたジェネラルガーディアンであるのは間違いなかった。

 迷う余裕はなかった。この敵を相手にMPを温存するだけの余裕もなかった。

 オナシスは瞬間で魔術を発動した。

 オナシスが契約しているのは雷の上位精霊である。オナシスの魔術発動に応じて、猿の頭部と狸の胴体、虎の手足、そして蛇の尾を持つ怪物の姿をした上位精霊が現れ、オナシスにスキルを授け消えた。

 オナシスがそのスキルを使うと、雷を帯び、光り輝く鎖が召喚された。

 雷鎖と呼ばれる特殊武器である。

 オナシスは慣れた動きで雷鎖を振るった。

 雷が落ちたような破裂音が連続して上がる。

 通常のガーディアンは一瞬ではじけ飛んだ。

 当たり前の雷撃であれば、ガーディアンの身体はそのまま素通りしてしまうことは地上に出てきた巨大ガーディアンでもわかっている。だが、魔力を帯びた雷撃の場合は異なる。雷撃はオナシスのイメージした場所でプラズマ化し、熱エネルギーを発生させるため、ガーディアンの身体でも保たない。凄まじい熱で破裂・熔解し、そして活動を停止させる。

 だが、ジェネラルガーディアンは驚くほどの速度で、雷鎖を避けた。さらに躱されたままむなしく雑魚を一掃し、引き戻させる寸前だった雷鎖を左手で掴んだ。

 雷鎖がオナシスとジェネラルガーディアンの間でピンと張った。

 ジェネラルガーディアンの金属の頭部には、視覚器官と思われる赤い点が四つ無機質に光っていた。

 その赤い輝きからは、味方の死など気にした様子もなくただ敵を屠る意志だけが伝わって来た。

 だが、


(馬鹿め……掴んだのがお前の敗因だ……!)


 オナシスは雷鎖に雷撃を送り込む。

 だが、光の速さで雷鎖を走る電撃がジェネラルガーディアンの身体に届く寸前、ジェネラルガーディアンが左手に持ったままの剣を振るった。

 雷鎖は切断され、電撃はむなしく空中に消える。

 オナシスは愕然とした。

 偶然とは思えなかった。

 雷撃を読んでいるのだ。そして反応したのだ。それはオナシスの最大の攻撃がジェネラルガーディアンには効かないことを意味した。

 オナシスは悔しさで歯を食いしばった。

 それでも逃げるわけにはいかなかった。

 自分の後ろにはヤジットが、つまりフィオレの将来の幸福がいるのだ。

 なんとかしなければならない。

 そこであることに気づく。

 ジェネラルガーディアンはあくまで手にもった武器で攻撃をしている……。


(ならば……!)


 オナシスは三度雷鎖を振るった。

 狙いが狂ったのか、雷鎖はジェネラルガーディアンから大きく逸れた。

 そのままジェネラルガーディアンの横の壁に当たり、跳ね返る。

 その瞬間ーー雷鎖は突然荒れ狂ったようにジェネラルガーディアンの周囲の壁に当たっては方向を変え、当たっては方向を変え、と言うことを繰り返した。

 無限に繰り出されていく雷鎖が、通路を埋め尽くすように跳弾を繰り返し、徐々に勢いを無くしていく。絡まりきったように見えるそのタイミングで、オナシスが雷鎖を引くと、雷鎖は奇跡のようにジェネラルガーディアンのすべての四肢を絡め取った。

 腕も足も首もあらゆる場所が鎖でがんじがらめに縛られ、ジェネラルガーディアンは動けなくなる。

 ジェネラルガーディアンは鎖を引きちぎろうとしたようだがギシリと音がするだけで、それ以上は動けない。


「……動けないだろう。ただ縛っているだけではない。磁力によって鎖同士が一体化しているのだ」


 オナシスは狙いが当たり安堵する。やはりだった。武器を使えず、力だけではジェネラルガーディアンは磁力で固まった鎖を断ち切ることは出来ない。つまりこの磁力を維持できる間は、ジェネラルガーディアンは封印できる。

 その間にーーと考え、オナシスは気づいた。気づいてしまった。

 向こうに別のジェネラルガーディアンが新たに現れたことに。

 オナシスの顔が絶望に青ざめる。

 その気配は背後の一行にも伝わった。


「も、申し訳ありません……! とにかく時間を稼ぎます。一か八か……!」

「ありがとう。いや、まぁどのみち、ダメってことか……そういうことなら、試してみようよ。デルトナさんの魔人化を」

「!? し、しかし……!」

「他に方法無いでしょ? それにこのままだとオナシスさんも倒れちゃうし」

「私のことは気にしないでください!」

「そうもいかないよ。ゴメン。俺はそういう性格みたいなんだ。じゃあ、デルトナさん、魔人化、試してみよう? でもデルトナさんは俺に対する信頼とかあるの? 大丈夫?」


 心底申し訳ない口調でヤジットが言った。

 デルトナが驚いた声で言った。


「……ほ、ほんとですか? わ、私は札付きの冒険者ですよ? その私を本当に魔人に?」

「まぁ、今さら気にしてもしょうがないよその辺は」

「ありがとうございます。条件は何でしょう? 魔人化の条件は……?」

「さっきも言ったように俺のことを信頼し受け入れているか、それか意識がないかだけど……信頼はしてないよね?」

「薬があります! 意識を失う薬が!!」

「うへ。そんなものなんで持っているんだよ」

「す、すみません……」

「不安になるなぁ。まぁ、とにかくそれでやってみよう。大丈夫? ヤバい薬だと思うけど死んだりしないよね?」

「大丈夫です」


 オナシスは焦った。

 どうする? どうすればいい?

 だが、どうにも出来なかった。

 一体のジェネラルガーディアンを確保しておくので精一杯だ。

 無力感に苛まれる。


「あー、項目があるなぁ。仙人はなくて魔人だけか。やっちゃっていいよね?って意識無いんだった」


 そして、その直後、背後で光が生まれた。

 先ほど、フィオレの進化の時と同じ光。

 だが、嫌悪感を感じるのは何故か。

 一瞬のはずだが、永遠にも感じられる焦燥がオナシスをさいなむ。

 背後の光が消えたあとだった。雷鎖で縛られたジェネラルガーディアンの前に何かが突然出現した。まったく見えなかった。しかも足音さえなかった。

 おそらく飛翔したのだ。

 そのことだけで人間ではない異質な怪物であることは明らかだった。

 それはそしてゆっくりと腕を振るった。

 一撃でジェネラルガーディアンは粉砕された。文字通り粉々に。

 『そいつ』は凄まじい破壊をもたらした自分の腕を見て、ゆっくりと笑い出した。


「はは……はははははははっはははは。無敵だ! 私はついに無敵になった! この力! 負けるなどない!!」


 ジェネラルガーディアンには人間のような感情があるのか、奥にいた一体も『かつてデルトナであった何者か』に飛びかかり、こちらも一撃で粉砕される。余波で周囲のガーディアンも吹き飛んだ。

 驚くほどの戦闘力だった。

 間違いなくレベルなどでは測れない高みに『そいつ』はいた。過去デルトナと呼ばれていたもの。人間を越え、魔物の領域に至ったもの。


「やっぱまずかったかなぁ」


 ヤジットの言葉に『そいつ』は振り返った。

 顔はデルトナのままだ。だが気配も圧力もまるで別物だった。

 『そいつ』が邪悪な笑みを浮かべる。


「……お礼を言いましょう。これで私は夢を叶えた。そうですね、せめてもの礼代わりに楽に殺してあげましょう」


 オナシスはゴクリとつばを飲み込んだ。

 最悪の状況だ。ジェネラルガーディアンの脅威がなくなったとはいえ、それよりも明らかに強い敵が現れたのである。

 どう動くべきか。

 一歩でも間違えれば、それはそのまま死を意味する。

 デルトナは笑みを浮かべたままこちらを見ている。

 自分の手には砕けた雷鎖。

 だが、雷鎖はMPがある限りいくらでも増殖できる。

 これを上手く使えば……そう思っていると、


「あれ? なんだこれ」


 場違いな声が後ろで上がった。ヤジットの声だった。

 思わず振り向いてしまった。

 それくらい緊張感がないすっとぼけた声で、しかも続いてエレナ王女が、


「……こ、これは……確かに、な、なんでしょう?」


 エレナ王女の声もまた違和感と当惑に満ちていた。

 そして、振り向いたオナシスもそれをみた。それは黒い靄、だった。

 空中に浮かんだ黒い靄、である。大きさは拳一個分くらい。

 靄は緩やかに渦巻きながら、ふわふわと浮いている。その動きは生き物のようだが、生き物でないのは明らかだった。

 質問とは言えないようなつぶやきに返事をしたのはデルトナだった。


「……一回だけ見ましたよ。おそらくそれが『虚空』でしょう」


 皆がハッと『虚空』らしきものから距離を取った。

 これが本当に『虚空』ならサッチャンがジェネラルガーディアン以上に危険と言っていた存在だ。エレナ王女が興味深げというよりは熱心すぎる視線で『虚空』とおぼしきものを見つめる。何かブツブツ呟いているが聞こえなかった。

 デルトナはすぐに興味を失ったのか、


「さて、終わりにしましょう」


 そう言って、いきなり消えた。

 消えて現れたときは手刀を大きく振りかぶっており、それをヤジットに振り下ろした。

 それをヤジットが小太りの身体をひねって躱した。

 空気に擦過跡が残りそうな凄まじい攻撃を奇跡のように躱したヤジットは、後ろに跳ねてデルトナと距離を取る。

 それをデルトナが余裕の表情で眺め、言った。


「……思いがけない動きですね。そんなこともできたのですか」


 ヤジットは困ったように答えた。


「……正直自分でもビックリしてるよ。昔練習したことってけっこう忘れられないもんなんだなぁ。死ぬほど練習させられたんだよ。何しろ厳しかったんだ、じいさん達が」

「……次はありません」

「だよなぁ。さっきのもほとんど偶然だもんなぁ」

「諦めてください。ちょうど試したいスキルがあったのです。魔人というのは素晴らしいものですね」


 デルトナが右手を前に出した。何もないところから雷が発生する。

 オナシスは目をむいた。

 驚き疲れてきたが、あり得ない光景だった。契約精霊を召喚することなくおそらく周囲の下位精霊を使役しているのだろうが、それは魔術理論上人間には不可能なことだった。目の前の男が既に人間ではなくなったことを改めて実感する。

 一方、雷の球はどんどん大きさと輝きを増していっていた。凄まじい魔力とエネルギーが込められているのがわかる。


「この球雷を閉鎖空間で使えば逃げることなど出来ません……きっと満足していただけると思いますよ」


 デルトナがニタリと笑った。

 オナシスは焦った。デルトナの言葉通り、あれを使われたらここにいる全員は感電し黒焦げになるだろう。だが、オナシスが死を覚悟したところで、オナシスの身体など簡単に貫いてこの空間の全ての人間を焼き尽くすだろう。つまり、回避の方法がなかった。オナシスは絶望する。絶望しながら必死に思考する。

 オナシスの絶望をあざ笑うようにデルトナがゆっくり手を振り上げた。

 それにあわせて球雷も上へ持ち上がる。今や人の胴体ほども膨れあがったエネルギーの固まりだ。

 ヤジットが困った顔で身構えた。

 突然、エレナ王女が口を開いた。


「……あなたの狙いはヤジットさんですね?」


 デルトナは眉をひそめ、それから返事をした。


「……そうですね。その男は危険です。そもそもこれ以上魔人を増やされたらたまらない。せっかく私は最強になったのです。私以外の最強の存在など必要ありません」

「他の人間を攻撃しようとは思わないのですね?」

「当たり前でしょう? あなたは地面を歩く蟻を気にしますか? 私にとって既に人間などそういう存在です」


 ヤジットが素晴らしいことを思いついたように言った。


「マジで? なら、俺がデルトナさんに殺されればいいの? それだけ?」

「ヤジットさんは黙っていてください」

「いや、でもエレナさんやフィッタさんやオナシスさんが生き残れるならそれで……ってそうか。スタンピードを止められないと結局一緒かぁ。どうしよう……俺が本当に止められるかどうかわからないけど、メーチャンとこに行って、何とかするまで待ってもらっちゃダメ?」

「ダメです」

「ダメかぁ……やっぱりなぁ」


 頭を抱えたヤジットを無視するようにエレナ王女が訊く。


「魔人となったあなたの名誉に賭けて、ヤジットさん以外は興味が無いのですね?」

「くどい。だが、貴女は私を不快にさせた。エレナ王女、残念ながら殺すリストに貴女も加えましょう。どのみち地上に出れば王族は皆殺しです」

「ずいぶんと『蟻』を気にするのですね」

「うるさい。死ね」


 デルトナが球雷を飛ばそうとしたその瞬間、


「こちらへ!」


 エレナ王女がヤジットの腕を掴み、強く引いた。


「え?」

「は?」

「なに!?」


 エレナ王女とヤジットがもつれ合うように『虚空』に飛び込んだ。

 『虚空』は別の世界が口を開くように瞬間広がり、二人を飲み込んだ。

 そして、そのまま何事もなかったかのように収縮し黒い靄に戻った。

 先ほどまでとの変化はわずかにサイズが大きくなっているだけだ。

 そして世界からエレナ王女とヤジットの気配が完全に消えていた。

 こちらの世界には呆然としたオナシスとフィッタ、そしてデルトナが残された。

 オナシスは上手く思考が回らなかった。いったい何が起こったのか。目の前で起こったことが理解できなかった。

 しばらくして、


「……自死を選ぶとはくだらない」


 デルトナが吐き捨てるように呟いた。

 そして、手にした球雷を握りつぶした。小さな破裂音と焦げ臭さをのこして球雷は消えた。

 デルトナはオナシスとフィッタをチラリと見て、それから小さく舌打ちした。


「……私はメインコアにたどり着き、このダンジョンの支配者となることにしましょう。もはやあなたたちなど塵芥と同じ。ガーディアンにすり潰されなさい」


 そして二人の存在を忘れたように背を向けた。

 そのまま小部屋を飛翔して出て行った。どうやら途中のガーディアンは全て破壊しながら進んでいるようで、破壊音が通路の先から聞こえてきた。

 一方、残された二人はしばらく動けなかった。

 なんとか思考力を取り戻したオナシスはようやく口を開いた。


「……フィッタ殿は入口に戻った方がいいでしょう。ガーディアンをあの化け物が片付けてくれた今がチャンスです。むしろ今を逃すと戻れなくなります」


 フィッタはハッとオナシスの方を向いた。それからフィッタはゆっくりと首を振った。


「……私は動けません……私の主はエレナ王女ただ一人。その傍らが私の居場所です」


 オナシスは驚いた。それから自分の気持ちを鑑み、頷いた。


「……その忠誠は見事です。わかりました。二人を取り戻す方法を探しましょう」

「で、でも……そういったことを考えるのはいつも王女殿下の役割で……」


 そこでオナシスは気づいた。


「そうですよ。エレナ王女が主導的に『虚空』に飛び込んだのです。必ず策と理由があったはずです。つまり生き延びる根拠が」

「……!?」


 フィッタが目を見張った。それからうつむき、自分に言い聞かせるように、


「……確かにあの姫様がなんの理由もなく自死を選ぶなどありません。生き汚さ、目的のために手段を選ばないという意味では最悪の人格です。そうです。あの方が死ぬわけがありません……!」

「ええ。あの方はそういう方です。それにヤジット様もお人好し加減はともかく、特別な力を持つ方。きっと何とかして戻ってくるはずです」


 わずかな希望が湧いてきた。フィッタの顔も精気が戻ってきた。

 その希望のまま、『虚空』を見る。

 それは何事もなかったように宙に浮かんで今もゆっくりと黒く渦巻いていた。


読んでいただいてありがとうございます。次回更新は21日(木)の予定です。向こうの世界のヤジットとエレナのイチャイチャ生活になる……はずです!

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