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ダンジョン編-50

    @


 フィオレは驚いていた。

 『魔人』は低レベルの冒険者の間でまことしやかに囁かれている存在だ。曰く冒険者ギルドの盾。曰く冒険者ギルドの剣。曰く冒険者ギルドの秘密兵器。

 フィオレは冒険者ギルドにおいてそれなりに立場があったので、真実を知っていた。

 『魔人』は実在する。冒険者ギルドには三体の魔人がいる。そして、冒険者ギルドが起こしたとされる五つの災厄はすべて冒険者ギルドの命を受けた魔人の手によるものだ。

 五つの災厄とは、エルトリア王国の咆号騎士団の全滅、黒龍の雛殺し、ガラダ・ダンジョンの崩壊、バッピア帝国サランジ三世の暗殺、ビエビ湖の消失である。

 すなわち、人類では対抗できない自然災害にも等しい怪物、それが魔人なのだ。

 その魔人に自分が進化する?

 思わずぶるっと震えた。


「私は……私は魔人になれるのですか?」


 フィオレの感極まった質問にヤジットは、何やら空中で手を動かしながら答える。


「うん、そうみたいだよ? 条件は満たしているみたいだ。じゃあ、魔人でいい? 仙人ってのもあるけど……」

「……」


 呆然とした。そうか、仙人もあったのだ。そもそも自分は仙人を目指していた。冒険者ギルドは仙人を目指す集団だ。きわめて困難な道だが、見事仙人になれば冒険者ギルドの幹部になれる。フィオレは冒険者ギルドの幹部職に興味は無かったが、不老不死になれば永遠に自分を鍛え続けることが出来る、そうすればいつか勇者にたどり着けるかも知れない、そう夢想して努力を続けていた。つまり仙人も魔人も今までは夢想の中の存在でしかなかった。それが手の届く場所にある。

 フィオレはその奇跡をもたらしてくれた人物を見た。

 やっぱりこの人が私にとって『勇者様』だ。

 フィオレの先祖は、二代目勇者とともに邪竜を退治し、貴族位を得た。だからフィオレの一族は次の『勇者様』を探していて、フィオレはだったらそれに自分がなろうと思っていた。だがなれなかった。そして、真の『勇者様』を得たのだ。

 嬉しかった。この人の期待に応えられることも嬉しかった。自分はこの人のために戦う。そのためには、どうすればいいか。

 フィオレは考え、


「……仙人は不老不死といわれており、魔術に特化した存在です。だからこの状況を考えると戦闘力に不安があります。魔人でお願いします」

「了解」


 頷いて当たり前の様に手を動かしはじめたヤジットを止めたのはエレナ王女だった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「ん? どしました?」


 エレナ王女は言いにくそうにチラリとフィオレの方を向き、


「あの……その……危険、ではないでしょうか?」

「……どうして?」

「その……魔人というのはとても強力な存在だと異端の書に書かれていたと記憶しています。魔人となった者が果たして、魔人となったあとも元々の人間の意志を残しているのか、手に負えない怪物を一人産むだけなのではないか、と……」


 エレナ王女の発言にヤジットはうーんとうなり、考え込む。


「……どうかなぁ。進化ってそう言うのじゃない気はするけど、それってただの勘だしなぁ。フィオレさんは何か知ってる?」


 フィオレは必死だった。ここで危険と見なされてしまうとヤジットとの縁が切れてしまう気がした。だからなりふり構わず、言い訳をする。


「魔人は主人を定める機能があるはずです。心配なら師匠を私の主人に設定してください! 私は師匠の奴隷なら何の問題もありません!」


 フィオレがそう発言すると、エレナ王女はハッと目を見張り、オナシスは目を剥き、一方肝心のヤジットはあっさりと、


「へ? やだよそんなの」


 フィオレは思わず固まった。


「……な、なぜでしょう?」


 ヤジットはなんだかそわそわした感じでうつむき、


「だ、だって、フィオレさんみたいに綺麗な人が、俺の奴隷とか言われちゃうとなんか良からぬ気分になっちゃうじゃん? そういうもんでしょ?? 俺、悪くないよね?」

「いえ、それでも問題ありません! ぜひ!」

「いや、しかしだね、君ぃ。君はもう少し自分を大切にした方が……」


 奇妙な言い合いをぶった切ったのはエレナ王女だった。


「わかりました。こうしましょう!」


 突然の発言に全員の注目を浴びたあと、なぜかエレナ王女は続きを言いよどみ、それから躊躇を振り切るように、


「わ、私が進化します!」


 皆、ぽかんとした。


「え?」

「え?」

「は?」


 するとエレナ王女は顔を真っ赤にして、


「私だったら大丈夫です。さあ、ヤジット様、私の恥ずかしいステイタス画面を確認してください!」


 そしてエレナ王女は先ほどのフィオレと同じように目をつぶっておとがいを上げた。自分が言ったとおり恥ずかしいのか顔は真っ赤である。


「いや、でも……」

「大丈夫です! 昔からエレナはできる子だって言われてきました。だからきっと大丈夫です。さぁ、さっさと始めてください!」

「う、うーん、なんだか良く分からないけどと、とりあえず確認だけ……」


 困った顔でヤジットが手を動かすと、


「……あ」


 エレナ王女は辛いのか眉をひそめ小さく吐息を吐いた。確かにステイタス画面を何かこう内臓をまさぐられるような違和感と、圧倒的な従属感と、そしてどこか不思議な満足感がある。

 ヤジットはしばらくエレナ王女に耐えるような顔をさせた後、


「うーん。やっぱりステイタス画面は開けても操作はできないよ。エレナさんはほら、やっぱりどちらかというと俺にとって先生みたいなもんだから、意識が無い状態じゃないと無理みたい」


 ガーンとショックを受けた顔をするエレナ王女だったが、すぐに立ち直った。真剣な表情で、


「なら、意識を失います。すぐに首、締めてくれますか?」

「死んじゃうよ!」


 今度こそ、ヤジットが本気で困った顔になった。

 そこへ、


「えーっと、失礼していいですかね? そろそろどうでしょう? あまり時間がないと思うんですけど」


 サッチャンの声が外から聞こえてきて、ハッとした様子のヤジットが決意の顔を浮かべて真剣にエレナ王女と向き合った。


「エレナさん」

「……なんでしょう?」

「時間がない。フィオレさんなら大丈夫。あんまり意味が無いかも知れないけど俺が保証する」


 それでもエレナ王女はしばらく迷ったあと、


「……ズルいです。そんな風に言われたら、ダメって言えません」


 うんざりした感じのサッチャンの声が、


「……どうですかね?」

「急ぎます!」


 ヤジットが改めてフィオレの方を向いた。


「じゃあ『魔人』でいいね? 進化させるよ?」

「お願いします……!」


 そしてフィオレは進化の光に包まれた。

読んでいただいてありがとうございます。そして先週末からインフルエンザにかかりました! というわけでまったく進めていません。次回更新は何とか一週間後くらいにできたらなぁ、と思っていますが……この高熱と頭痛、いつまで続くんだろ。

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