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ダンジョン編-32


 汗一つかかないその影ーー青年は振り返って一礼する。


「毎度毎度的確なアドバイス、助かります」


 青年の視線の先、フィオレ達が入ってきた入口の方にいつの間にか可憐な少女が立っていた。先ほど青年に指示した声の主だ。可憐でありながら、凜とした美しさとそして深い知性を感じさせる。そして何より圧倒的なオーラ。威厳などと言う生やさしいものではない。まるで内側から輝いているようにさえ見える。

 フィオレは今度こそ固まった。状況がわからなかった。

 周囲を気にすることなく堂々たる歩みで少女はガーディアンに近寄りその前に身をかがめ、


「このサイズのガーディアン……」


 少女は立ちあがってこう告げた。


「間違いありません。スタンピードですね。これは最序盤の偵察個体でしょう」

「!!!!?」


 少女の言葉にフィオレは驚愕した。一方、スタンピードという言葉を知らないであろう囚人達は首をかしげているだけだ。

 一瞬難しい顔をした少女は皆を見回し、安心させるように微笑みを浮かべた。

 

「無事で何よりです。ただ、これよりさらなる危険がこの国に訪れます。怪我をしている人間はすぐに下がってください。このダンジョンを封鎖します」

「ちょ、ちょっと……」


 慌てたフィオレの方を向いた少女は、


「そのお顔、闘技会で見覚えがあります。神々の黄昏団の団長、確かフィオレさんとおっしゃいましたか。なるほど、周りの方はその団員さんたちですね。強制労働ダンジョンの所長に依頼を受けてここにいる……差し支えなければ依頼内容を教えてください」

「……このダンジョンの秩序の回復、よ。それよりもあなたはいったい……?」


 少女は笑みを浮かべ、それから左手の中指にはめられた指輪を示した。その指輪には王家の印が刻まれていた。偽造が発覚すれば一族全員が殺される権威の象徴。持っているだけで、王権を揮うことができる

 少女はその指輪を示し、


「今、この瞬間より監視委員長の名をもって、強制労働ダンジョンの管理業務を一時接収します。従って、あなたの依頼主は私に引き継がれた、と認識してください」

「な、何が何だか……」

「ああ、申し遅れました。私はエレナ・ベレスティオーレと申します」


 その名はさすがに知っていた。

 ベレスティオーレはベレスティナ王国の王家の名だ。

 つまり目の前の少女は、エレナ王女。

 聖女と呼ばれる王家の主柱。

 そのことに全員が気づいた。

 神々の黄昏団の団員達も囚人達でさえ突然のことにぽかんとしている。

 エレナ王女の背後に先ほど一撃で巨大ガーディアンを倒した青年が護衛のように立っている。立っているだけに見えるが、隙が全くない。おそらく凄まじく強いであろう。さらにその横に侍女と思われる、整った顔立ちの娘もいる。

 そこにユーインがとことこやってきて、


「姫様、来てたの?」

「ええ。先ほどあなたに気づいて少々驚きました。むしろ私が聞きたいです。なぜユーインさんがここに?」

「ヤジットにお願いがあって」

「あらまあ……そのお願いはかなえられたのですか?」

「まだ。ヤジットは寝てる」

「……あとで詳しく説明して下さい。今は時間がありません」


 それからエレナ王女は全員の方(・・・・)を向いた。

 フィオレはそのことに感心した。その場にいる全員の方を向いて語りかけるのは優れた軍事指揮官の技能だ。全員が「自分に語りかけられた」と感じさせるのは簡単ではないのだ。

 エレナ王女は静かだがよく通る声で言葉を紡ぎ始めた。


「王国は現在大いなる危機の中にあります。スタンピードとはダンジョンから本来ダンジョンから出ることがないガーディアンが変異し、あふれ出てくる状態のことを言います。外に出てきた無数の変異ガーディアンは人間を殺戮して回ります。目の前の変異ガーディアンは、斥候です。このあとさほど間を置かずに本格的な攻撃が来ます。皆さん、目を閉じて皆さんの愛する家族、恋人、友人、お気に入りの食事処のことを思い浮かべて下さい」


 皆がまるで催眠術にかかったように目を閉じた。

 エレナ王女の声が続く。


「そして、今あなたの目の前にあるその大切なものたちを守るため力を貸して下さい」


 力が湧いてきた。

 フィオレは目を開く。全員が、部下達も囚人達も目つきが変わっていた。

 エレナ王女は優しく頷き、それからフィオレの方を向いた。


「神々の黄昏団に、お願いがあります。王都に誰か使いを送って欲しいのです。スタンピードは一番近い人口密集地に向かう傾向があります。ここでは王都でしょう。ですので、王都からの可能な限り住民達を避難させる必要があります。また、動ける騎士団すべてをここに送ることを私からの依頼として兄に伝えて欲しいのです」

「部下を送るのはいいけど……王宮の人間は私たちは信用ないわよ。なにしろなんでもありの傭兵団だし」

「これを」


 エレナは躊躇なく王家の印が入った指輪を指から抜き取ると、


「これを見せれば話を聞いてくれるはずです」


 それをフィオレにあっさり渡した。

 フィオレは驚いた。指輪は王家の印が入っているだけではなく、宝石も組み込まれた高価なものである。売れば一財産になるはずだ。

 それを簡単に人に委ねる度量。

 ……なるほど。

 これが王族か。


「お願いしますね」


 旧神の加護は続いており、異様な鎧を身に纏ったフィオレを、エレナ王女は恐れる様子をいっさい見せなかった。その態度と行動にどこか敗北感を感じたフィオレの目の前で、すでにエレナ王女は背を向けて別の打ち合わせを始めていた。エレナ王女の背中からは、フィオレに指輪を渡しこれで安心、という信頼だけが伝わってくる。そしてそのこともフィオレの敗北感を助長する。

 フィオレの背後に、オナシスが立った。


「……どういたしましょうか」


 フィオレだけに聞こえるオナシスの小声にフィオレはようやく冷静さを取り戻した。

 瞬時に状況を分析し唇を噛んだあと、加護を解いた。いつもの姿になったフィオレは、


「……いったん、言うことを聞くわ。確かにルール上雇い主だし、それにスタンピードは我々も困るわ。お金をもらう相手が無くなっちゃうもの」


 返事がないので振り返ると、オナシスはなぜか感極まった顔をしていた。


「何よ、その顔」

「……大変失礼ですがお嬢様はお変わりになられました」

「……どういう意味?」

「以前は激情にまかせて行動されていましたが、今は違います。本当に成長されました」

「そりゃそうよ。私はもう二八よ。戦闘力ならこの国の騎士団長にだって勝てる自信があるわ」

「そういう意味の成長ではございません。戦闘や知力という意味ではもともとお嬢様は全てにおいて天才でいらっしゃいましたし」

「……」

「思い起こせば両親さえ尊敬や憧れの対象ではなく、分析と庇護の対象であったように思えます」

「……そうね。両親は十歳の時に全ての面で上回ったわ。しょうがないわ。彼らは貴族といえども普通の人間であげくにただの小悪党だもの」

「そう、普通の人間ばかりの中で、自分は特別だと思っていらっしゃった。だが、特別な『勇者』にはなれなかった……それがお嬢様の鬱屈を産みました。ずっとおそばで見ていた私にはわかります。特別ではないのに、特別に強いというのは、責任も目的も見失いやすいものです。しかし、そんなお嬢様が武神様と呼ぶ何者かとの出会いによってここまで変わられた。人は憧れの対象を見つけ、生きる目的を手に入れれば、責任と落ち着きと自覚を得て前を向いてもう一度歩き出せるのです……」

「ちょっと、ここで保護者気取りはやめて」


 なんだか目を潤ませ始めたオナシスに少し慌ててフィオレは言う。

 だがオナシスは、立派なヒゲに似合わぬ涙を拭くこともなく、


「いえ。やめません。私はこっそりお嬢様が武神様と呼ぶ何者かに会った日を記念日にしているくらいですから! まだ会ったことありませんけど!!」

「……気持ち悪いんだけど」


 あからさまな嫌悪を向けても今日のオナシスはひるまなかった。それどころか、


「何とでもお言いなさい」


 涙に濡れた顔で堂々と、


「私は嬉しいのです。お嬢様の成長に感激しているのです。旦那様も奥様も草葉の陰で泣いておられます」

「まだ生きてるわよ!」

「とにかく! お嬢様は、武神様に再会して見事その心を射止めて、彼の身も心もを籠絡する必要があります。再び武神様を失えば、果たしてお嬢様がどうぐれてしまわれるのか、私は心配でなりません。ですので、お嬢様の恋が成就するための助力を惜しみませんよ。男を落とす手練手管は心当たりがあります故」


 愕然とした。


「ちょ、ちょっと何言っているのよ? 恋ってどういうことよ!!?」

「お嬢様もそろそろ三十代。急がなければ適齢期を逃してしまいます。ご安心してください。私はいつでもお嬢様の味方です」


 そう言ってオナシスは「わかってます」的な優しい微笑みを浮かべ、愕然としているフィオレを残して、「さて、使者には誰がいいか……」などとつぶやきながら団員達の方に向かって歩いて行った。

読んでいただいてありがとうございます。次回更新は4日(火)の予定です。

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