ダンジョン編-29
「あなたたちにもリーダーはいるのかしら? 面倒だから一騎打ちで決着をつけましょう」
フィオレの言葉を聞いた囚人達の視線が一人に集中した。ケイモである。
なるほど。あれが囚人達のリーダー格か、とフィオレはケイモの顔を記憶した。強情そうな顔つきで頬に大きな傷がある。だが、どこか品もあった。身を持ち崩した商家の息子、と言ったところか。
「な、なんでお前たちの言うことを聞かなくちゃいけないんだよ!?」
ケイモが不満げにフィオレに向かって言う。
「あら? わからないのかしら? さっきの短い間にそちらは何人も怪我人が出ているけど、こちらの怪我人はまだゼロ。このままいくと私たちにすりつぶされるのは決定しているも同然だと思うけど。だからこれはサービス。万が一私があなたに負ければ引き下がるわ」
「ざ、ざけんな! 今に神様が起きておまえらなんか全員ぶっ倒してくれるぞ!!」
(……神様?)
とフィオレは内心で首をかしげた。
何を言っているのだろう。
しかも「起きて」と言っていた。つまりその神様は今は寝ていると言うことだ。
フィオレは瞬間イヤな想像をした。この強制労働ダンジョンの奥深くで何かが眠っていて、それと偶然接触を果たした囚人が、不気味な集団を形成している、という想像である。実際に、ダンジョンと呼ばれる世界各地に存在する『もの』の中にはそう言った危険が眠ることがあるという。ダンジョン内の職人種族であるクラフターがそう言った超存在を産み出すのだ。そう言った超存在は世界に災厄をもたらす。魔王と同等に、『勇者』が対応すべき存在だ。
ダンジョンはそもそも危険が多い。
クラフターが産み出す超存在より危険だと言われているのが、暴走と呼ばれている現象である。こちらはダンジョンからガーディアンがあふれ出す状態になることを言うが、実際はガーディアンだけではなく、ダンジョンが世界そのものを侵食していくのである。つまり世界が変質し壊れていくのだ。
スタンピードはかつて1回だけ、発生したと言われている。
その際は、偶然、近くに勇者オーイガがいて、何をどうやったかスタンピードは収束したらしい。
いずれにせよ、ダンジョンなんてものは関わらないのが正解だ。
さっさと仕事を終わらせて出て行こう。
そう決めたフィオレは、もう一度笑みを浮かべて、
「いいわ。一度に一人でも全員でも。好きにしなさい」
それからフィオレは契約魔術を唱え始めた。
「て、てめぇ」
詠唱が終わり、フィオレの背後に緑色のゆらゆらと揺れる影のようなものが現れる。無数の手を持つその影が、フィオレを背後から抱きしめるように次々と手を伸ばす。全身を覆い、さらに頭も隠していく。
それを見て、囚人のリーダー格の背後に立っていた囚人達の中では少し趣が違う雰囲気の青年が呆然とつぶやいた。
「ま、まさか旧神……!?」
揺らめく緑の手の間からフィオレが答える。
「あら、よく知ってるわね。そう。私の契約したのは精霊でも魔甲でも聖霊でもない。旧神と呼ばれる忘れ去られた神々の一柱」
フィオレに巻き付いた緑色の手はそのまま硬化し茶色に変化していく。
名も失われた神々の一柱がフィオレに与える加護ーー神秘の鎧である。
この神秘の鎧は、圧倒的な防御力だけでなく、剣にも盾にも変化し、フィオレのイメージのまま無限に変化する。最強の盾であり最強の矛なのだ。
問題は魔力の消費量で、レベル62のフィオレのMPでさえ、十五分もすれば空になる。
だが自分ならば十五分かからずに撃破できる。あらゆる敵を。武神様以外の全ての敵を。
「……私はね、勇者になりたかったの。世界を救う勇者。そのためにレベルを上げた。でも、いくらレベルを上げても何度教会に行っても私の称号に『勇者』は現れなかった。私は神に認められなかった。だから別の神にすがった」
フィオレは右手に念を込めた。
フィオレの意志を受けて、神秘の鎧の右腕から緑色の鞭が伸びる。ただの鞭ではない。意志に応じて変化する鞭だ。そして硬化すれば鋼鉄よりも堅い。つまり自在に動く槍のようなものなのだ。
範囲攻撃をする場合、フィオレはこの『鞭』を使う。
「終わりにしましょう」
フィオレが右手を振り上げ、攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、その広間にダンジョンの方から人が現れ、
「ケイモいる?」
と場の雰囲気にまったくそぐわない緊張感のない声を上げた。
現れたのはユーインだった。
次の更新は28日(水)の予定です。




