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ダンジョン編-23

 シトガルの悲鳴にも似た救援要請に、


「あらまぁ、早速お仕事ですか」


 間延びした口調でフィオレが返事をするその言葉が終わらぬうちに、男の手刀がわずかな躊躇もなくフィオレを襲う。

 心臓を正確に狙ったそれをフィオレはギリギリで躱し、空を貫いた手が引かれる前に取ろうとするが、寸前でそれをやめて大きく飛び下がった。直後に飛び下がったフィオレの影を薙ぐように男の回し蹴りが空を切る。

 おそらく男は手刀そのものを囮に本命の回し蹴りでフィオレを倒そうとしたのを、フィオレが察して躱した、ということだろう。

 一瞬で恐ろしいほど高度な攻防だった。

 今は五メートルほどの距離で向かい合っている。

 フィオレが艶やかな笑みを浮かべ、


「……あんまりふざけたことすると……殺すわよ」


 フィオレの言葉にシトガルの背筋が凍り付くような殺気が宿った。口調そのものは静かなだけにいっそ恐ろしい、とシトガルは思った。

 すると、男は首をすくめ構えを解いた。


「なるほど。さすがですね……ギルドを抜けたとはいえ金色のフィオレの名は伊達ではないようです」

「そりゃそうよ……で、私とやり合うの? 続きをやる?」

「いえいえ、ただの挨拶ですよ。ミッションでもなければ御免被ります。金色のフィオレと一対一でやり合うなど馬鹿馬鹿しいですから」

「ならいいわ」


 相対していたと思ったら知人同士の会話が始まってシトガルは慌てて、


「お、おい!」


 するとフィオレはにっこり笑みを浮かべて、


「彼なら問題ありませんわ。少し行き違いがあっただけ。ね、デルトナ」

「ええ。フィオレさんのおっしゃるとおりです」

「だ、だが……」

「それに私が請け負った仕事は強制労働ダンジョンの反乱の鎮圧と秩序回復。ここは請け負った仕事場の外ですわよ? そこで仕事を発注すると別料金になってしまいますけど……よろしくて?」


 神々の黄昏団は強力な傭兵団であり依頼料も高額だ。シトガルであっても尻込みする程度には。


「……ね、念のために確認するが、し、知り合いなのか? その化け物と……」

「昔の知り合い、というべきかしら」

「そうですね。あなたは冒険者ギルドを辞めた。もう我々の仲間ではありません。だからといって敵というわけでもない。古い知り合い、というのが正しいでしょう。しかしもったいないですね。あなたほどの腕がありながら武神などと言う訳のわからない存在にたぶらかされて、ミッションを捨てるとは」

「……武神様を悪く言うなら銭金関係なく殺すわよ」


 再び殺気がほとばしり、デルトナは肩をすくめる。


「……これは失礼」


 頭を下げたデルトナに殺気を消したフィオレがどこかうっとりと言う。


「私は強くなりたいだけ。だから強さとしてレベルを求めた。レベルを上げるために傭兵団まで作って、レベルが簡単に上がらなくなったころ、私が極めようとしていた強さが意味がない境地にいる武神様を知った。だから本道に立ち返ってレベルより大切な強さを求めるようにしただけよ……身も心も捧げる前に武神様に逃げられちゃったのが玉に瑕、だけど」

「……気持ち悪い顔をしていますよ」

「やっぱり殺した方がいいかしら」


 シトガルは固まっていた。

 フィオレが冒険者ギルドに所属していた、というのはそれほど強烈な事実だった。冒険者とは反社会的集団であり、王国政府も弾圧している対象であるからだ。

 シトガルの気配を察したのか、フィオレは振り返って、


「あら、昔のことですわ。あなたも昔の男を気にする面倒な方?」

「昔と言ってもたった一年半前でしょう?」


 デルトナの言葉にフィオレは舌打ちをし、


「うるさいわね。とにかく、王国に余計なことを言ったりしたら、あなたたちも、シトガルさんも皆殺しにするわよ。念のために伝えておきますけど、私が無駄に育てたレベルは78。多分、武神様でもなければ敵わないと思いますよ?」


 78……その衝撃にシトガルは再び固まった。王国最高の緋色の剣士ゼオンがレベル33だと言われている。魔王と戦った勇者パーティはそれよりも高いと噂されてはいたものの、それでも78はないだろう。78という数字はそれほど隔絶していた。半分でも39であり緋色の剣士ゼオンの数値を超える。数字が数字だけに逆にリアリティがあった。そして、もしその数字が見栄などではなく真実ならば、少なくとも人間は越えている。騎士団一つを相手にできる数字だ。

 レベルは、まず基本的なHPとMPに影響する。HPは生存域を示す指標であり、MPは魔術を行使できる回数を示す指標だ。もちろん、攻撃を受ければただ単にHPが削れていくだけではなく肉体的にも損壊する。しかし、死が訪れるのはHPがゼロになった瞬間であるのは確かであり、レベルが上がればそれまでの時間が増えるわけで、生存率が上がるのである。

 また、習得したスキルの技術ランクを上げる為に必要なランクポイントもレベルに応じて付与される。ただこちらはほとんど意味がない。レベル1でランクポイントは10配布され、次に配布されるレベルは20、その次は50と、どんどん手が届かない領域になってしまうからだ。たいていの人間はレベル1で配布された10ポイントでやりくりする。50の次が何レベルだったのかははっきり覚えてないが、レベル78であれば少なくともランクポイントは通常の人間の三倍、30ポイントを有することを意味する。

 そして筋力もレベルに応じて上がると言われている。

 この一見たおやかな淑女に見える女性の中にそれほどの力が眠っている、ということなのか。

 シトガルはフィオレのレベルの高さに恐怖を覚え、それが味方であることの圧倒的な安堵感を感じ、瞬時に頭の中で計算し、死なないためにすべてを聞かなかったことにすることにした。

 シトガルは咳払いをして、


「……わ、分かった。私はフィオレ殿に仕事を依頼しただけだ。その仕事を実行するために貴殿はここに来た。お互い何も見ず何も起こらなかった。それでいいのだな?」


 シトガルの言葉にフィオレは艶やかな笑みを浮かべた。


「物わかりのいい人は好きですよ。ちょうど部下たちも到着したようです。それではさっさと依頼された仕事を済ませてしまいましょう。私も暇ではありませんので」


 するとデルトナが当然のように続けた。


「私もご一緒していいですか? 中に用があるのです」


 デルトナは冒険者と言うことだから、どうせ高レベルなのだろう。そう考えると魔術も使わず手刀で金属の盾を貫いたことも納得ができる。

 どちらも化け物だ。

 デルトナの言葉にフィオレは眉をひそめ、


「……反乱の鎮圧と秩序の回復が私の仕事。秩序を乱さないならいいわ。ただし乱したと私が判断したら殺す。いい?」

「それで結構です」


 デルトナは気障ったらしく一礼した。

 是非の判断の主導権はすでにフィオレにあると言うことか。契約では全ての判断はノドン子爵側が行うことになっていた。だが、シトガルは自分の命のために気にしないことにした。


次回更新は18日(日)の予定です。

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