ダンジョン編-22
逃げるのに躊躇はなかった。
敵うわけがなかった。化け物だった。
男は魔術を使っていなかった。にもかかわらずこれほどの暴力を発揮したのだ。
這いずって逃げるシトガルに対して男はゆっくりと歩いて追ってくる。
シトガルの悲鳴にさらに部下達が集まってきた。その数、二十人ほど。
シトガルの姿に慌てて剣を抜き、男を囲む。
「ふむ。アリを潰すのは容易ですが数が多ければ大変ですね。困ったものだ……」
男がぼやいた隙にシトガルが立ちあがって走り出した。
背後を気にしながら全力で走る。死から逃れるために、なりふり構わず走る。
部下達が背後で男に撃たれる破壊音が響くが、いっさい速度を落とさなかった。
だから目の前の人影に気づいたとき、止まれなかった。
(くそっ!)
半ばタックルのように相手をはじき飛ばそうと肩を前に突きだし速度を落とさないまま駆け抜けようとして、直後、ふわりと宙に放り出された。視界がぐるりと回る。それから暖かい何かに抱き留められた。
「うおっ!」
「あらまぁ、驚かさないでくださいな」
視界が再びくるりと回転し、まるで手品のように地面に足が着いた。
シトガルの目の前に立っていたのは革製の鎧に身を包んだ妙齢の女性だった。長い金髪が美しい顔と相まって、どこか浮世離れしている。武器は腰に佩いたままである。
鎧の胸部にマークがあった。折れた神樹を意匠化した刻印だ。それはすなわち、神々の黄昏団の象徴。しかも金の箔が押されていた。
神々の黄昏団に女性はかなり多いはずだが、その中で金の印章を許されたものはただ一人。団長フィオレである。
では、この女性が、神々の黄昏団の軍事機密と言われたあの金色のフィオレなのか、とシトガルは驚いた。
フィオレは、傭兵である神々の黄昏団の団長としてもともと知る人ぞ知る強者であったが、1年ほど前王都で開かれた闘技大会に個人として参加し、不思議な技で準決勝まで進んで巷間にも知れ渡った。本人は武器を持たず、しかも打撃ではなく『投げ』るのである。投げた相手をどう落とすかまで自在に操り、あるものは肩の骨を折り、あるものは背中から落ちて呼吸が止まり、あるものは何事もなかったように足から地面に降りたという。フィオレの倍はありそうな体格の剛勇の士もなすすべなく投げられた。その不思議な技をフィオレは偶然出会った『武神』に習ったと嘯いたらしい。そしてその技を試すために闘技大会に出た、と。準決勝も「これ以上やったら私のレベルという軍事機密がばれちゃうので」という理由での辞退であり、実質無敗である。その後しばらく『武神』を詮索することが貴族間で流行ったが結局それらしい相手は見つからなかったらしい。
闘技大会をシトガルは見ていないが、たった今シトガルが投げられた技こそがその武神の技なのかも知れない、と思った。
いずれにせよ、フィオレならば味方で、そして目の前の『冒険者』であろうとかんたんに倒すことはできないだろう。
シトガルは安堵で腰が抜けそうな気持ちになりながら、フィオレにすがりつくように、
「いいいいいいいいところへ来た! 敵だ!! 直ちに排除して欲しい。この際生死は問わん!!」
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