ダンジョン編-9
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さて、と俺は覚悟を決めた。
作業部屋である。そして目の前には大怪我をした囚人が一人。
ガーディアンに襲われていたのを助けた相手だ。
彼の『ステイタス』を確認したところ、複雑なダメージが全身に及んでいて、一個一個修正するのはMPがかかりすぎるとわかった。一方、一気に全てを巻き戻すのはやはりMP的に無理だった。俺が元気なときなら何とかなったかも知れないが、今いるこの作業場も実は結界魔術で作ったものであり、維持にMPを消費し続けているのである。そして三号の常時顕現も続いているわけで、俺の今の状態はすでにMP的に大赤字の状態なのだ。蓄えを切り崩しているのである。
一方、目の前の彼もそろそろ本格的にヤバいのがわかった。HPがもうすぐゼロになる。その前に何とかしなければ死んでしまう。
『ステイタス』によるとオーバンという名前のこの男の薬を手に入れるために、狐顔のトンミが看守と掛け合っているはずだがやはり間に合いそうもない。
だからやるしかない。
俺は周囲を見回した。
固唾を呑んで見守っている囚人達がいる。不安とそして俺に対する得体の知れない信頼に目がキラキラしていた。
何となくやりづらかった。
でもこの期待のために俺はがんばるのである。
減り続けるMPという状況で、オーバンを結界魔術で治癒するために、まず俺は三号を諦めた。このダンジョンでの仕事には三号がいた方が色々と都合がいいが背に腹は代えられない。
俺は三号との契約回線を開き、事情を説明する。
三号はいったん村に行ってもらうことになった。ガイオと仲良く出来るか少し心配で、事前にガイオにもちゃんと説明しておきたいのはやまやまだがそのMPももったいない。
「うおおおお……三号さんが、三号さんがぁ! そんなぁ! もう二度と会えないのかよぅ! ちゃんとお礼を言ってないのにぃ!!」
三号がいなくなることを伝えると、なぜか囚人達の中には泣いている奴がいる。
色々とわかってない気がする。MPさえ戻ればすぐに呼び戻すことが出来るのだが……。
もちろん三号だけではすまなかった。次は囚人達のほとんどに一度部屋を出てもらってから、作業部屋を一気に縮小した。
今度も部屋の外から
「俺たちの……俺たちの家がぁ!!」
いちいちうるさい。
幸い、作業部屋に残ってもらった三人は騒がず冷静だった。頬に傷があるケイモと、寡黙なフゴ、そして最年長のヒネク。この三人はこの強制労働ダンジョンのリーダー格であり、それなりに賢そうであるし、多分それなりに賢い。聞くと同じ村の出身だと言う。ちなみに狐顔のトンミもそうらしい。
三号を還し作業部屋を縮小したことで、ようやくMPが赤字から少し黒字に戻った。
これでMP切れでぶっ倒れてもそのまま大事故にならないですむ。
さらに実はこの作業部屋(小)は、今までの作業部屋(特大)とは異なりMP回復効果を付与している。寝ているだけで、通常よりも早くMPが回復するのだ。だからぶっ倒れている時間も短くて済むだろう。
俺はさらにケイモたちに俺がぶっ倒れたあとのオーバンの世話など細々お願いしたあと、
「じゃあ、準備は出来たから始めるよ。俺はこのあとぶっ倒れるから、あとはよろしく」
するとひどく真剣な顔で聞いていたケイモが慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。せめてトンミの野郎が帰ってくるまで。あいつはあんたのことを俺たちの中で一番……」
「いやぁ俺も待ちたいけどさ、待ってるとオーバンはきついと思う。大丈夫大丈夫」
「そんなぁ……あんたがいなくなったら俺たちは……」
頬に傷があるケイモが涙ぐんで黙り込んだ。
最年長のヒネクは難しい顔をしている。
寡黙なフゴが突然ぼそぼそと、
「……お、俺はヤジットさんのことを恩人だと思っている。や、ヤジットさんが来てから、こ、ここは変わった……で、でもまだ恩を返してない。だ、だからここをもっといい、第二のスラット村にして、それからヤジットさんが来た日を記念日にして……」
ケイモもヒネクも目を潤ませながら何度も頷いている。
完全にお別れの感じで、少し焦った俺は、
「えーっと、いや、俺、死ぬつもりはないよ?」
フゴが真っ赤になった目を俺に向けた。
「……あれ?」
「……あれ? むしろ俺死にそう?」
「いや……その……」
「帰ってくるからね。帰ってきても驚いたりしないでね。ゾンビとか言わないでね。哀しい気持ちになるから」
「お、おう……」
「じゃあ、よろしく」
時間がなかったので俺はオーバン対象の結界魔術を起動した。
これから先はすごく注意深くなる必要がある。針の穴を通すような繊細な作業が続く。
オーバンの『ステイタス』画面にズラリと並んだ特記項目を、生命の維持にとって問題だと思われるものから一個ずつ修復していく。
そのたびにMPがごそっと削れる。
周りから見たら何をしているのかわからないかも知れない。一方、オーバンの傷口は確実に消えていっている。だが、HPの減少は緩やかになったものの止まらない。
二回連続で失敗。俺は焦った。もう一度特記事項をよく確認し、邪魔をしているように思える『呪い:認識阻害』を削除する。
進めれられるようになった。
そして、十七個目の特記事項を修復したとき、ようやくHPの減少が止まった。
俺は大きく息を吐いた。
既に一桁。ギリギリだった。
だがこのままでは何かの切っ掛けに死ぬ可能性が残る。
それこそ、小指をぶつけてそれがクリティカルでHPがゼロになって死んだら目も当てられない。
だから、HPをある程度まで回復しなければならない。
MPと違ってHPの回復はまだ容易いが、一桁から少々のアクシデントで即死しないだけにするのはそれなりに大変なのである。
俺は最後のひと頑張りと、乏しいMPを使って最後のオーバンの『ステイタス』変更を始めたところで、突然、作業部屋(小)の扉が開かれた。
外の大騒ぎが一気に流れ込んでくる。
だが俺はもう反応するだけの気力もない。MP切れで失神寸前だ。
俺に代わって、泣く子がひきつけを起こしそうな恐ろしい顔でケイモが振り返った。
「なんだ!? うるせぇぞ!」
俺なら絶対悲鳴を上げると思われるケイモの恐ろしい怒鳴り声に、
「トンミの野郎が!」
「薬を持ってきやがったか! だが遅い馬鹿って伝えておけ! ったく、肝心なときにいやがらねぇ」
「違うんだ。おい!!」
囚人が五人がかりで作業部屋(小)に担架ごと運び込んできたのは、半死半生になった狐顔のトンミと、見たことがないがやはり半死半生の男だった。
「こ、こりゃあ……なんだ? ど、どういうことだ……?」
「看守達が、処理しておけ、つって蹴り込んで来やがった……」
「!!」
つまり、一人の半死半生の囚人の薬を手に入れるために出かけていった人間が半死半生になって、さらに半死半生の人間をもう一人連れて帰ってきたのである。
一人治したと思ったら、お代わりが二人。
何が起こったのかわからねーと思うが、俺も全然何をされたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。
そして、俺はそのままMP切れでぶっ倒れた。




