ダンジョン編-10
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戦闘準備の気配だ、と夢うつつでオーバンは思った。
懐かしい気配だ。
近衛騎士だったオーバンは二度ほど魔獣との戦いに参戦したことがある。
鎧のぶつかる音、剣を磨く音、そして興奮した口調の雑談。
それは戦いの前の準備の気配だった。
徐々に緊張を高め、そして心的な圧を高めていく準備運動。
それからオーバンは気づく。
寝ている場合じゃない!
急いで自分も準備しなければ!!
慌てて半身を起こしたオーバンは周囲を見回し、固まった。
オーバンがいたのは戦場ではなかった。潜入任務の潜入先である強制労働ダンジョンだった。
第一層の作業部屋に寝かされていたようだ。雰囲気からそうだと思うが、記憶にあるものと比べてひどく狭いので、もしかしたら似たような部屋がいくつもあるのかも知れない。
同時になにがあったかを思い出していた。
オーバンは監視対象であるヤジットに近づくべくダンジョンを進み、そしてガーディアンと遭遇し戦闘になったのだった。
近衛騎士として戦闘訓練を受けたオーバンにとっても、ガーディアンは想像以上に強く、オーバンはあっという間に傷だらけになりそれでも必死に戦い続けた。囚人のみ送られる強制労働ダンジョンの奥で誰も知らないままガーディアンに殺されるのは惨めすぎた。せめて近衛騎士として死んでいこうと、習った技術を駆使しひたすら剣を振るった。
やがてもともと出来が良くない剣が折れ、ガーディアンの攻撃肢を受け止めることさえ出来なくなり、それでも躱せるものは躱したが、躱し損なった敵の攻撃が、オーバンの身体に傷を増やしていき、そしてついにオーバンは力尽きて地に伏した。
そこから先は余り覚えていない。
何者かが近づいてくるのを視界の先に捕らえたような気もするが、幻覚だと言われればそれはそれで納得する。
そしてそのまま意識を失った。
当然死んだと思っていたが、死んでいなかったようだ。
しかも改めて自分の身体を見たり触ってみたりして確認したところ、細かい傷はともかく大きな傷はない。これはいったいどういうことだろう。
いったい何が起こったというのか。
あれが全て幻覚だったとでも言うのだろうか。
訳がわからずぼんやりとしていると、目を覚ましたオーバンに気づいたのか、頬に傷がある大男が、
「おう、起きたか?」
頬に傷がある大男はなんだかキラキラした目でオーバンを見た。どこか狂熱を感じさせる光だ。
何となく不安を覚えながら頷く。
「あ……はい」
大男は明るい雰囲気で、
「何だ、その顔? ま、あんな目に遭っちゃ仕方ねぇか」
「あの……私、俺は一体?」
「なんかダンジョンの奥の方でヤジット様が見つけて助けてくれたらしい。ダンジョンの奥の方に行く危険を知らせなかった俺らも悪いが、次から気をつけろ。ヤジット様が救ってくれた命だ。無駄にすんじゃねぇ」
「す、すみません、気をつけます……その俺を助けてくださったというヤジットさんは……」
「ヤジットさんじゃねぇ! ヤジット様だ!!」
頬に傷がある大男がいきなり居住まいを正し、床に直接正座して部屋の奥を拝んだ。
訳がわからずぽかんとしていると、
「ヤジット様はあちらだ。ってお前が聞いたんだろ? 頭を下げろ。救い主様だ」
頬傷の男の視線をたどると、部屋の奥になんだか椅子を組み合わせて祭壇のような形にしたオブジェがあり、その上に誰かが寝ていた。
角度的にはっきりは見えないが、中肉中背やや下腹が出てきた中年の男に見える。
振り返ると先ほどよりも強い狂熱を感じさせる目で、
「お前は死にかけてた。それをヤジット様が治してくださった。俺は治癒魔法を見たことがあるが、ヤジット様が使ったのはそんな生やさしいものじゃねぇ。奇跡だ。ヤジット様は奇跡を起こすんだ」
「は、はぁ……」
「それを見て俺は気づいた」
「……何をでしょう?」
「ヤジット様はこのダンジョンの救い主様。神さまだってな」
「……へ?」
「俺たちを救うためにこんな場所まで来てくださったんだ」
「えーっと……」
「だから俺たちは進む。前へ。ヤジット様が起きたときに恥ずかしくないようにな!」
そう言ってどこか浮かれた感じで、頬傷の男は立ちあがった。頬傷の男は今見ると鎧のようなものを身に纏っている。ダンジョン攻略用の武装よりも本格的だ。おそらくダンジョン攻略用のやや心許ない革鎧に、手頃なガーディアンの部品を取り付けて強化したお手製の鎧であろう。
頬傷の男は扉を開けて作業部屋を出た。
外には似たような防具に身を固めた囚人達がズラリと並んで待っていた。
「よし、お前ら! 行くぞ! 俺たちはヤジット様の名の下に自由を手に入れ、俺たちの仲間と良く分からん奴を必ず救う!! そしてその勝利をヤジット様に捧げるんだ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「看守どもを許すな!!!」
「許すなぁあああああああああああああああああああああああ!!」
頬傷の男と同じくらい熱狂的な声が上がった。頭蓋骨がぐわんぐわん鳴るくらいの大声だった。
ついて来いとも言われなかったのでオーバンはそっと扉を閉めた。ちょっとついて行けない気がしたからだった。
潜入という仕事である以上、本来は状況に合わせて付いていくべきだというのはわかる。だが、状況がわからない、だから今動くのは危険だ、危険のはずだ、そう自分に言い訳をして、距離を取ることを自分に許容した。そもそも監視対象はあっちではなく、こっちで寝ているご本尊の方である。
そう思って振り返ると、作業部屋に残っていたもう一人、囚人の中ではかなり年かさな、五十代に見える男がオーバンの方を向いてニヤリと笑った。
オーバンもぎこちない笑みを返す。
「あんた、オーバンっつったか。儂はヒネク。よろしくな」
「あ、どうも……行かないんですか?」
「こいつらの世話があるからな」
言われてはじめて気づいた。
ヤジット……様の前、一段低い場所にお供え物のように怪我人が二人並べられていた。
一人は見覚えがある。確かはじめてこの作業部屋に入ったときに話した男の一人だ。パッと見た限り怪我は打撲が中心で今すぐ死にそうだ、ということはなさそうだが、放っておくと危険だろう。意識を失うほどの打撲というのはそういうものだ。
二人の怪我人の前にヒネクが腕組みをして立って、
「ケイモの野郎は神様の前に置いときゃ治るとか勝手なこと言ってたけどよ。そーいうんじゃないだろ」
「……俺は自分がどう治してもらったのかわからないので」
「見ていた儂らもわからんかったからな。ま、神様が起きたら治してもらおう。それまでは何とか生きててもらわんとな。さすがに死んだら生き返らせないだろうし……って神様だったら出来るのか?」
「……知りません。あの手伝います」
「おう。だったら水を汲んできてくれ」
「わかりました」
とにかく情報を集めよう。
このヒネクという男は、囚人達のリーダー格である頬傷の男と親しいようだ。呼び方に親しみが籠もっていた。だったらまずヒネクという男の信頼を獲得し、そしてこのダンジョンの情報を集める。最終的にはこのダンジョンの神様だというヤジットの情報だ。
オーバンはまだ任務を諦めていなかった。




