間章-1
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国王と王子がそろい、祝賀会がようやく正式な意味で始まった。
とは言っても異様な雰囲気である。
そもそも中庭には黒い魔甲が立ち尽くして、その周辺には近衛兵が取り囲むように立っている。
貴族達もまったく酔えない様子でそわそわしており、主賓たる勇者パーティ一行も全員どこかこわばった顔のままだった。エレナ王女に至っては思うところがあるのか表情に怒りを滲ませていた。
そして祝賀会とはとても思えない雰囲気のその会は、始まって一時間もしないうちにマクダフ王子の名の下に閉会と解散が宣言され、そして後片付けをする召使い以外誰もいなくなった。
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祝賀会場から逃げ出したデルトナは混乱していた。
王城を抜け出し、何度も衣装を変え、ようやくたどり着いたここは安全だと思われる場所である。何しろ冒険者ギルドが借りている酒場の中。その地下に作られたギルドメンバーしか知らない秘密の小部屋だ。秘密結社である冒険者ギルドはこういった場所を王都にいくつも用意している。
そこに逃げ込んで既に半日が過ぎていた。
デルトナは当然のことながら冒険者ギルドメンバーであり、高レベル冒険者だった。
そのデルトナがまったく状況が理解できず混乱から立ち直れないでいるというのはあまりにも異常な事態だった。
そもそも冒険者というのは、冒険者にとって神であるバイゴーンを崇め、自身の修行のためにバイゴーンが課すミッションと呼ばれる様々な困難に立ち向かう者達だ。それは例えば人を害する魔獣の退治であったり、ダンジョン攻略であったり、特定の秘宝の収集であったり様々だが、何年も、それこそ何十年もかかるミッションもある。
ミッションを全うし、冒険者ランクを上げ『仙人』に至る冒険者はまれであり、大抵は道半ばで死ぬ。また、ミッションの中には「え?」と目を疑うような残虐なものも含まれており、そのため人の社会からは『はた迷惑な変わり者』として扱われることが多い。魔獣を退治したりしてたまに役に立つから、冒険者ギルドそのものはかろうじて討伐対象ではないが、犯罪者リストに登録されている高レベル冒険者も多いのだ。だが冒険者は価値観が常人とはまったく異なるため、気にしていない。考えてみれば一部からは邪神と呼ばれているバイゴーンを崇めている段階で、危険思想の持ち主と言っていいわけで、気にするような人間は冒険者にならないのだろう。
デルトナも当然気にしない。気にしているのは己が崇める神であるバイゴーンの評価のみだ。
そして今、バイゴーンが彼に与えたミッションのクリアを示す証が手元にあった。
ブルガディ公爵によるアーティファクトの移譲の証書である。
だが、デルトナはどうやってこれを手にしたのかまったく記憶にないのである。いつの間にか懐にあった。しかもサインは間違いなく本物。つまり実効力のある証書なのである。
デルトナがブルガディ公爵の護衛として雇われて五年になるが、そもそも護衛として雇われた理由はただ一つ。彼のミッションの一つである『古エルフ族の秘宝の回収』の完遂に最も近かったからだった。
既に滅ぼされた古エルフ族の秘宝は、アーティファクトと呼ばれ、秘められた魔力とその外観の芸術的な価値から、古い宗教団体や強大な国の蔵に収められていることが多い。したがって、有名なものであれば、宗教団体や国から強奪してこなくてはならない。不可能ではないかも知れないが難易度は跳ね上がる。さらに強奪に成功しても、犯罪者リストに入れられてしまえば、今後のミッションの遂行に支障を来す可能性がある。
だから、その古エルフ族の秘宝のひとつが巡り巡って、ある公爵の手元にある、と言う噂を聞いたとき、デルトナは飛びついたのだ。所有者が公爵であれば難易度は一気に下がる。さらにその真の価値を知らない公爵をだまして合法的に入手することもできるかも知れない。
実際、会ってみればブルガディ公爵は借金の形に取り上げた古い美術品という認識で、それがどういった由来のものか全く把握していなかった。
デルトナはブルガディ公爵と契約し、ブルガディ公爵の裏の仕事を手伝う代わりに、アーティファクトを譲ってもらうと言う約束を取り付けた。
以来、デルトナはブルガディ公爵の右腕として様々な悪事を行った。知力も高く、戦闘力もあり、なにより悪事に抵抗がないデルトナはブルガディ公爵にとっては非常に都合のよい駒だったようで、気づけば懐刀として重宝されていた。
そんな日々が突然終わったのだ。
しかもどうやって終わったのか全く分からないまま。
デルトナとしては、祝賀会場で自分の主が勇者パーティの娘と飲み比べをしていたら、いつの間にか呼んでもいないバオガイオーが外に出ていて、自分の言葉に反応しなくなっていた、という認識だ。バオガイオーは帰還命令にも反応しないから、このままだと魔力切れでデルトナが倒れてしまう。だからやむを得ず、契約を切ったのだ。それ以外方法はなかった。
ブルガディ公爵は謹慎になっているという。
一方、あの場から逃げ出した自分は、自分にとって頼みの綱である魔甲を失った。
悔しかった。惨めだった。
ともあれ、今は動くべき時ではない。
追っ手がかかっている可能性もある。
待って、最強の武器にして最強の防具であるバオガイオーを取り戻さなければならない。
取り返して、アーティファクトを受け取り、ベレスティナ王国をあとにする。バイゴーンの秘密神殿に行くのはそのあとだ。
理性ではそうすべきだとわかる。
だが、秘密の小部屋からデルトナが出て行かない最大の理由は不安だった。
自分が徒手空拳であるという感覚。
バオガイオーを入手してから、どれだけそれに頼り切りだったか改めて気づかされた。
突然、小部屋の中で
「意外ですね。あなたからあれほど誇っていた魔甲の気配が消えている……」
デルトナは慌てて振り返った。
いつの間にか部屋の中に一人の人間が立っていた。
裾と袖が長い白い服を着たただの若い男に見えるが、デルトナはすぐ気づいた。
バイゴーン崇拝の高位神官である。
確かベルトルドという名前だったか。すでに仙人に至り超常の力を手にした怪物である。
彼ならばデルトナが気づかぬうちに部屋の中に現れるなど容易だろう。
デルトナは憧憬のまなざしでベルトルドを見たあと慌てて跪き、
「理由はわかりませんが、バオガイオーを失いました。ただ、必ず取り返します。必ず」
「そうですね。それがいいでしょう」
「ハッ!」
それからベルトルドはつぶやくように言った。
「勇者などと言う正義が成立しては迷惑なのですよ……」
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