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魔術の発動は感覚でわかった。
地面がうっすらと光り、それが中庭と祝賀会場まで及んでいた。おそらく半径二百メートル程度。光そのものは注意しないとわからない程度の淡さだ。
そして、世界が変化した。
一度説明を受けたことがある。
結界魔術は、結界で指定された世界の書き換えである、と。
ただ、今回の魔術はエレナ自身に影響はない、ように思えた。実際、旅立ちの前、エレナが魔物除けを書き込まれたとき、とてつもない違和感があったのだ。体内を弄られているような、むしろ魂そのものを弄られているような不思議な感覚で、なんだか耐えられなくて少々はしたない声を漏らしてしまった。ヤジットが顔を真っ赤にしながらとても申し訳なさそうな顔をしていたのを覚えている。そうか。今思えばあれも恋をしていればこそ、だったのかも知れない。そしてその不思議な感覚が今回なかった。
「やっぱこの人数だときついなぁ。魔力が空っぽだ」
ヤジットの言葉とともに光が消え、周囲の人たちが何事もなかったように動き出す。
突然、
「な、なんだあれは!?」
と誰かが中庭の黒い魔甲を指さし叫んだ。
その言葉でいっせいに魔甲の方を見る。
先ほどまで黒い魔甲に必死に呼びかけていた高位貴族の従者だと思われる男も愕然とした顔で黒い魔甲を見ながら
「……!? バオガイオー? どうしました!? なぜバオガイオーが出ているのです!?」
そして、
「おい! 動きなさい!」
従者の呼びかけに対して先ほど同様、魔甲の反応はない。
あまりにも異様な事態。エレナはいくつか推論を立てたが訊ねる前に
「おいおい、なんか色々大丈夫かよ?」
現れたのは大柄な赤毛の女戦士ミルトンダフだった。魔族の血が混じっている一族の出で、勇者パーティの戦士である。右手に小さな樽に見えるコップを持ったまま、左手で赤毛をかき上げ、
「なにしたんだ?」
「あれ? いたの?」
「いるにきまってんだろーが。こりゃあ、あたし達のお祝いだ。いいから質問に答えろ」
「あー。お前たち以外のこの辺の人たちの記憶を少し弄ったんだ」
「おろ?」
「いやー、実はヤバかったんだよ」
ヤジットは怯えた顔で周囲を見回しながら、
「ガイオは知られちゃダメだった。じいさん達に怒られる禁則事項だった。じいさん達、怒ると怖いんだよ、マジで」
「ってかそんなこともできるのかよ……やっぱヤバい奴だな、あんた。近寄りたくねー」
「そんな使い勝手がいいわけじゃないよ。レベルが高かったり魔術のランクが高かったりすると弾かれちゃうしね。ここにいる人たちはそうじゃないみたいだし、なんとかなったよ。あのデルトナって人もかかったのが意外だったけど」
「なんとか、ねぇ」
先ほどの従者の呼びかけに周囲の人間が反応する。
「バオガイオー? どういうことだ?」
顔を見合う人々。動かない黒い魔甲を見て、危険はないと判断したのだろう。恐る恐る人が黒い魔甲の方に集まってくる。
そして黒い魔甲を指さしながら口々に意見を言い始めた。
動かない魔甲にこのままだとマズいと思ったのか、「一体全体何がなんだというんだ!? くそっ!」舌打ちととも従者は逃げ出した。信じられないような動きだった。かなりの高レベルかつ高ランクの人間だろう。
この年で魔力切れはきついなぁと腰を叩いていたヤジットがハッと顔を上げ、
「あ、あいつ魔甲と契約を切りやがった。ひどい奴だなぁ。まぁ出しっぱなしだと魔力が保たないからわからなくもないけど、このままだとこいつここで動けなくなっちゃうぞ……ってかガイオの知り合いらしいし、それはさすがにマズいだろ」
ため息をつき、それから黒い魔甲に近づき、
「しょうがない。仮で俺が契約しておくから。あとでもう一度あの背が高い奴とよく話し合えよ」
黒い魔甲の前でまた空間に何かを書くような不思議な動作。黒い魔甲とヤジットの間に何かが通ったのがわかった。
そして黒い魔甲が動いた。
ヴヴヴと声を上げ、ゆっくりと立ちあがる。
「動いたぁ!!!!?」
悲鳴とともに皆が逃げ出した。
だが、特に攻撃的な動作をするわけではないので立ち止まり、振り返って状況を注視する。
立ちあがった黒い魔甲はヤジットの前に歩み寄るとそこで跪き、手を伸ばした。
魔甲と使役者の契約の拝礼である。
かがり火でゆらゆらと揺れる中の、巨大な黒い魔甲と少しお腹が出ている中年男の契約は、どこか幻想的で、果てしなく非現実的だった。
ヤジットはそんな雰囲気をぶち壊すように頭を掻いて、
「あー、そういうのはいいよ。俺、苦手だから。えーっとプロトタイプだとなんかかわいそうだし、これからお前のことは三号って呼ぶからそれでいい?」
「ヴ!」
「お。気に入ったか」
「ヴヴヴヴ」
三号が懐いた犬のような声を上げた。
うんうんよかった、とヤジットが頷いた。
なんとなくまとまったような空気が流れ、ユーインが首をかしげた。
「これでいいの?」
グランフェディックも首をかしげた。
「……さぁ」
そこへ厳しい声が響いた。
「何事か!?」
振り返るまでもなく、その声はこの国の主であるザリューン二世のものだった。
皆、いっせいに跪く。寝ているブルガディ公爵を除けば、立っているのは、王女であるエレナとなぜか反応していないヤジット、そして三号と名付けられた黒い魔甲だけだった。
続いて現れたザリューン二世の嫡男マクダフ王子が破壊された城の壁を見て、
「こ、これは、城の壁が……誰だこれをやったのは……いや、これはそこの魔甲の仕業だな。改めて聞く。誰の魔甲だ!?」
全員が跪いたままヤジットの方を見た。
黒い魔甲も立ったままヤジットの方を見た。
「……え? マジ? 俺のせい?」
マクダフ王子が顔を引きつらせながら衛兵に命じた。
「不届き者を牢に連れて行け!」
読んでいただいてありがとうございます。祝賀会編、一段落です。次は、強制労働ダンジョン編が始まる予定です。




