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エレナはキュンとした。
二日ぶりにヤジットの顔を見た途端、これである。
そして、エレナは改めて自覚した。
ああ、これが恋なんだと。自分は恋をしていたのだ、と。
今までヤジットが正当に扱われてない、という不満や怒りが、実はヤジットに向けた好意から発生していたという事実に気づいてしまった。近頃ずっと感じていたいらだちや焦燥がすべて自分の恋心由来であることに、少し衝撃を受け、赤面した。
赤面しながらこう思った。
(……ああ、幸せ)
今すぐにでもこの発見ーー自分がヤジットに恋をしているという事実をヤジットに伝えたい。ヤジットはなんと言ってくれるだろう。そしてどう反応してくれるだろう。
だが、今はその時期ではない、とエレナの冷静な部分はエレナの暴走を止める。
それにこう言うのはもっと時期を探り、いつでも思い出して二人でうっとりできる場所とタイミングで行うべきなのだ。そしてそれは今ではない。
何しろ目の前で勇者がブツブツと独り言をつぶやき、ユーインはむすっとした顔で立ち尽くし、黒い魔甲がうずくまりどこかの貴族の従者らしい人間が必死にその魔甲に呼びかけていて、なぜかブルガディ公爵と思われる人間が地面に寝転んで鼾をかいており、そして何より愛する人がすがるような目でこちらを見ているのである。王女としての責務が、エレナの理性に直ちに対応することを声高に叫んでいた。
とにかく状況を把握しなければならない。
それを説明してくれる相手として、エレナは数瞬迷ってグランフェディックに声をかけた。
「……何が起こったのですか?」
グランフェディックは極めて安定した精神の持ち主だ。健やかな、と言い換えてもいい。
ヤジットはこういう場合、独自の見解を述べることが多く役に立たない。
エレナ王女の問いかけに、グランフェディックは自分一人の世界から戻ってきた。
「これは王女殿下。いつこちらに?」
「今し方です。それよりも大丈夫ですか? なにやら……その……自分の世界に閉じこもっていたようですが」
「いえ。大丈夫です。もうバオガイオーのことは考えないことにしました。あれがあれば私が魔王と戦う意味なんてなかったのではないかという疑問はなかったことにします。そうでないと祝賀会という一番似つかわしくない場で目から何かが溢れてしまいそうなので……」
「バオガイオー?」
「いえ! 気にせず!! そしてこの状況ですが」
グランフェディックが実に簡潔かつわかりやすく状況を説明してくれた。
ブルガディ公爵の命令で従者のデルトナが、ユーインを殺すために黒い魔甲を呼び出したことにエレナは眉をひそめ、ついに黒い魔甲がヤジットを狙ったと聞いたときに、思わず叫んでいた。
「どういうことです!!」
キッとした表情で眠りこけているブルガディ公爵を睨む。
それからハッとヤジットの方を見た。優先順位を間違えていた。幸いパッと見では怪我はないようでホッとした。
それにしても、魔甲の攻撃をどう防いだのだろう。魔王と戦ったときの防御結界を使ったのだろうか。あれはそれなりに準備がいると聞いた気がするが……。
それから急に恐怖が沸き起こる。ヤジットは一見、無事だが、本当に無事だろうか。念のため医師に診せた方がいいのではないか。だとすると王宮の医師をすぐに呼び出して、などとエレナが考えていると突然、
「あ」
と、ヤジットがどこか抜けた声を上げた。それから、
「しまったぁ!」
頭を抱える。
エレナは慌てた。
やはりダメージがあったに違いない。
しかも頭となれば深刻だ。エレナは慌ててヤジットに駆け寄り、大丈夫ですか?と訊ねながら、
「頭部の問題は動かない方がいいと思われます。すぐに医師をここに呼びますので!」
「あ、大丈夫大丈夫。禁則事項だったのを思い出しただけだから」
「禁則……事項?」
「村のルールでバオガイオーって外に出しちゃいけないんだった……ほら、色々目立つから」
「先ほどからバオガイオー、バオガイオーと、初代勇者の究極兵器がどうかしたのですか? 残念ながら我々の調査では発見できませんでしたが……」
「エレナさんなら大丈夫だと思うからあとで説明するよ。ともかくちょっと待ってて」
愛しい相手の自分に対する信頼が伝わってくる言葉にジーンと胸が熱くなる。
感動しているエレナの目の前でヤジットが周囲を見て何やら不思議な動きをする。
目の前の何もない空間に何かを書き込むような。
これが初代勇者の一族が継承する結界魔術らしい。
そして、次の瞬間、
「拘束成功。それからっと……あ。これだけの人数だとランク低くても魔力けっこう消費するなぁ。でも仕方がないか。決まりだもんなぁ」
胸を焦がす恋に浸っていたエレナはそこでようやく思い出した。ヤジットの魔術はしばしばとんでもない効果を及ぼすことを。
慌てて、
「あ、少々お待ちくださいませ」
「え?」
制止は間に合わず、そしてそれが発動した。




