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「……姫様は今恋する乙女の顔をしていらっしゃいます」


 フィッタの指摘にエレナ王女が目を見張った。


「え?」


 エレナ王女はそのままフィッタの目の前で固まる。身体が動かないまま、長いまつげの大きな目でまばたきが連続する。

 フィッタは黙って待った。今この瞬間、エレナ王女が猛烈な勢いでその頭を働かせていることを知っているからだ。フィッタにとっては想像も出来ないほど高性能の頭。あらゆる政治的判断をなすための知識が詰め込まれ、本来大勢の人間が会議で知恵を出し合うような難問を並列処理するだけの処理能力を持つ。一方、普通の人が当たり前に持っている機能がところどころ欠けていたりもする。例えば恋愛について。エレナ王女ももちろん知識としての恋愛は知っているだろうが、それは机上の空論に過ぎない。おそらく自分の恋愛をする可能性を想像したことさえないのではないか。本来的に王族の恋愛はあり得ないし、あってはならないものだから、エレナ王女はある意味完全にその類の願望の抑圧に成功していたとも言える。

 だからこそ、あれほど聡明な王女でさえいったんはまり込んでしまうと自分の感覚を冷静に分析できなくなってしまうのだろう。恋愛の可能性を考えたことがないから、その感情から湧き出るノイズを除去できず、大きな影響を受けてしまう。

 そして、今まさにその状況だ、とフィッタは考えている。

 何しろ最近のエレナ王女の発言は九割ほどまでヤジットというエレナ王女がスカウトしてきた中年の男性の話題が占めている。彼がどれほど優しく、どれほど特別で、どれほどベレスティナ王国にとって重要で、それどころか人類にとって重要かを嬉しそうにとくとくと語るのだ。発言の残り一割も話している内に最後はヤジットの話になってしまうほどだ。

 明らかに異常である。

 確かにエレナ王女の発言が全て真実であれば、ヤジットは超が付くお人好しで完璧で最強で無敵で素敵でイケメンだ。だが、フィッタの目にはただの中年の田舎者のおっさんに見える。王都から少し離れた農村にいる十把一絡げの善人達と区別が付かない。礼儀も知らず、言葉は乱暴で、外面はただのおっさんだ。悪い人でないのは間違いないが、少なくともエレナ王女が気を掛けるような相手ではない。

 身分だって違いすぎる。

 だからこそこの機会に目を覚まして欲しい。フィッタは心の底からそう願っていた。

 エレナ王女のまばたきが終わった。それはエレナ王女の計算が終わったことを意味する。

 フィッタは緊張しながら待った。

 エレナ王女の最初の一言は、


「なるほど……」


 というものだった。エレナ王女の顔に納得と微笑みが浮かんでいた。

 まずい、とフィッタは焦った。

 エレナ王女はかわいらしく首をかしげ、


「言われていくつかの不可解だった自分の感情の答えが出ました。初潮や性徴のようにこの身にまた自然な変化が発生したのかと思い込んでおりましたが、違ったのですね」


 エレナ王女はわずかに首を上に向け、どこかうっとりとした口調で、


「そうですか……これが恋……」


 まずかった。最悪のパターンだ。フィッタは慌てて言う。


「お、お待ちください。言い過ぎました。私が申し上げているのは姫様が恋をしている、ということではありません。恋をした気になっている、ということです。年頃の女性が必ずかかる麻疹のようなものです。自覚することによってその感情から距離を取れますし、そうするべきものです」


 エレナ王女がクスリと笑った。


「フィッタの言いたいことは分かりますよ。王族はそうあるべきではない、ということですね。理解しています。理解した上で、私は私が進むべき道を確信しました。私はそのために生まれてきたのです。あらゆる心配が解消されるたったひとつの方法を発見したのです。フィッタのおかげですよ?」

「……そ、その道とは?」

「それは秘密です。まだ」

「お、教えてください! 姫様と私の仲ではありませんか!」

「でも……フィッタに迷惑をかけられませんし……それこそ下手をするとフィッタの命に関わりますから」


 ぞっとした。

 エレナ王女の目に、今までなかった陶酔に似た気配とさらに強い意志の光が浮かんでいる。エレナ王女が、陶酔するような何かを決意した、ということだ。

 至急、エレナ王女の兄であり、次期国王であるマクダフ王子に報告し対応を求めなければならない。

 だが、行動に移す前にそれを吹き飛ばす騒ぎが祝賀会場の方から届いてきた。

 悲鳴と何かが壊れる音が連続で続く。

 酔っ払いが騒いでいるにしてはすこし派手すぎる。

 エレナ王女が立ちあがった。


「いけません! 危険があるかも知れません。はっきりするまでは動いてはなりません!」


 エレナ王女はフィッタの言葉に優しく微笑み


「大丈夫です。忘れていませんか? この世で一番安全な場所は、ヤジット様と勇者達の側ですよ?」


 そして会場に向かう扉の方へ歩き出しながらとても嬉しそうにこうつぶやいた。


「それにヤジット様と色々段取りを話しておきたいのです。突然色々発表されたら驚かれるでしょうし……あ、でも驚くヤジット様も少し見てみたいですね……悩みどころです」


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