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 その部屋は暗く、そして厚い壁によって周囲から隔離されていた。

 王国の命運に関わる重要事項を討議するための秘密の会議室である。

 そこにいたのは、国王であるザリューン二世と、その嫡子であり現在二十二歳のマクダフ王子、そして王国の大賢者シングルトンだった。シングルトンは百歳を越えているはずだが、三十代前半にしか見えない。魔術的な力で老化を抑えているのか、それとももっと悪魔的な技術で再生を果たしたのかは誰も知らない。その英名は八十年以上続いており、その間ずっとこのベレスティナ王国の魔術の第一人者である。王都を襲った8ランクの魔獣であるグリフォンの退治、失われた氷系魔術の復活等、子どもでも知っている数々の伝説を持っており、彼が勇者パーティに名を連ねたのはある意味当然と言えた。

 そのシングルトンに向けてマクダフ王子が驚いたように訊ねた。


「……それほどなのか?」


 シングルトンは首をすくめ、


「そうだね。私が見た限り、魔王と対抗できたのは十割までかのものの功績だ。かのものがいなければ、魔王の前にたどり着いたとしても、傷一つつけれず敗退だろう……いや、それは言いすぎかだな。傷一つくらいはつけたあと、粉みじんだ。というわけで、殺されるのは間違いない。そもそも、かのものがいなければ、魔王の居城にまでたどり着けたとは思えんがね。それほど魔界というものは人の世とは隔絶した世界だったよ。二度と行きたくないね。そうそう、私の目の前でかのものは竜を三度撃退したよ。竜だよ? 人間にとっては等しく化け物とはいえしょせん魔獣にすぎないグリフォンとは違う。神獣だ。しかも魔甲魔術を発動していたんだ。これはもう死んだなと思ったさ」


 マクダフ王子が疲れたように首を振る。


「……そなたに勇者パーティに同行してもらって助かったぞ。それにしてもそれが本当だとすると同じ人間とは思えん」

「その感覚は共感できるな。私もそのように感じた。これは本当に人間なのか、と」


 先ほどからザリューン二世は黙ったままで、マクダフ王子一人がシングルトンと話をしていた。マクダフ王子はエレナ王女の影に隠れているが、知性的な施政者であり、それなりに有能である。国王の血筋で『それなりに有能』となれば、高い価値を持つものなのだ。また未婚であり、その意味でも国内の貴族の未婚女子とその父親からは熱いまなざしを向けられている。ザリューン二世の功績は、マクダフ王子とエレナ王女の二人を後継者として産みだした、という一事に尽きると言われているほどだ。ちなみにザリューン二世の子は全部で七人で、残りの五人は平凡か平凡以下だった。

 国内の期待を背負うマクダフ王子が恐る恐る訊ねた。


「……まさか人間ではないのか?」

「その可能性はある。何しろ、かのものの使う術は、既存の魔術の体系とはまったく異なる物だ。私の知りうる限り、近いものさえ存在しない」

「……」

「そもそも、何が行われているのかさえ理解できん」

「大賢者であるそなたをもってしても、か?」

「私は知者である自信がある。現存するあらゆる魔法を調べ、その成り立ち、構成を確認した。だが、かのものの『魔術』は、確認さえ出来ない」

「……どういう意味だ?」

「魔術とは本質的に『絶対者』を呼び出しその力を借りる技術だ。『絶対者』は、精霊であったり、聖霊であったり、神であったり、あるいは竜であったりするが、かのものが実行した奇跡ではそのような『絶対者』が出現しない。つまり結果は明白だが、過程がまったく理解不能なのだ」

「わけがわからん。それではーー」


 何かを言いかけたマクダフ王子を遮るように、


「そう。その通りなのだよ。かのものの魔術は、言わば、かのものが『絶対者』自身であるかのようなのだ」

「!?」


 衝撃のあと、重たい沈黙が落ちた。

 しばらくしてからマクダフ王子は首を振り、


「……なるほど、勇者を放逐した聖王国の気持ちがわかるな」

「では我が国もかのものを放逐するのかね?」

「……いや、無理だ。結果として聖王国が滅びたのは、魔王を倒したあと、身内と言っていい人間相手の戦力として勇者を使用できなかったからだ。そして魔王という脅威がなくなった今、間違いなく人類同士の争いが起こる」

「確かエレナ王女はその抑止力として魔王の存在に期待し、滅ぼすのではなく条約ですませたのではなかったかね?」

「その抑止力が機能するのは数年だろうさ。人は見たい幻想を見る生き物だ。魔王は人類に関わるのを諦めた、と考える。野心を持つ者であるならなおさらだ」

「ではどうする?」

「まだわからぬ……なぜそのように楽しそうなのだ? いささか不愉快だぞ」

「実際楽しいのだからしょうがあるまいよ。施政者が現実に存在してしまった『絶対者』をどう扱うか、興味を持ったのさ。楽しく観察させてもらうよ」


 シングルトンの低い笑い声が続いた。

 本格的に腹を立てたのか、マクダフ王子が何か言おうと口を開きかけたところで、門を叩く音が響いた。

 マクダフ王子が不機嫌な口調で、


「まだ会議中だ」

「そ、それが……」

「どうした?」

「ブルガディ公爵のお付きの者が祝賀会場にて魔甲兵を出して大変な騒動になっております。お治めできるのは陛下のみかと」

「……な? 意味が分からぬ!? なぜ会場で魔甲兵を出す?」


 混乱して立ち上がったマクダフ王子を手のひらを向け押さえたのはザリューン二世だった。


「……わかった。行こう」


 初めてザリューン二世が口を開いた。すでに立ち上がっている。

 シングルトンは座ったまま手をひらひらさせて、


「私は行かないよ」


 ザリューン二世がシングルトンに目を向けた。


「分かっている。ご苦労だった。勇者パーティへの参加についても充分褒美を取らせよう」

「ああ、助かるよ。何しろ魔術は色々と物入りだからね」

「では行くぞ」


 ザリューン二世はいつもと変わらぬ足取りでその部屋を出た。マクダフ王子は慌ててそのあとを追った。

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