血の海に現れた女 3
「なんなんだよ、お前ら。 なんでこの状況で平然としてられんだよ!?」
霧人はたまらず声を上げた。
彼の足元には、つめたくなっていく円谷教授が横たわっている。
「マツリ、パス」
空子と名乗った黒髪の女は、扉近くにいるボブの女に手のひらをピラピラと振ってみせた。
「えー、空ちゃん、無茶ブリすぎない?」
ディスるマツリに構わず、空子は円谷教授の横に膝を折って腰をおろすと、太ももにくくりつけられた革製の道具入れから一本の注射をとりだし、なんの躊躇もなく円谷の首筋の動脈に突き刺した。
ちゅう、ぅぅ、
細い注射器には赤い液体がみっちりと入っていたが、あっという間にそれは円谷教授の体内に注ぎ込まれていった。
「は?」
霧人はその光景を見て、ただ唖然とした。
「な、何やってんだよ!?」
叫ぶが、声がうまく生成されずに尻すぼみになる。
「ま、まあまあまあまあっ! 落ち着いてっ、ねっ?! 落ち着いてっ、落ち着こう! えーと、えーとッ」
「壇 霧人、よ。マツリ」
空子に飛びかからん勢いの霧人に、慌てて間に入るマツリ。
小柄な体で、両手をいっぱい広げて上下に動かし、なんとか霧人をなだめようと必死だ。
「霧人さんっ、落ち着こう! どー、どー、どー」
「ざっけんな。何してんだよ!? 正気か!?」
霧人は二人から馬鹿にされたように感じて、マツリに掴みかかった。
「ふぁ?! えっとね、これはッ、そう、公務、公務なの!」
マツリがアワアワと答える。
「公務だって?」
霧人の息は荒い。
「そう、そうなのー、公務なの〜」
マツリはなんとか霧人の手を解くと、まあまあ、と言って、一人、深呼吸をした。
そして、おもむろにコホン、と咳払いをしてから、
「私達はね、公務でここにきたの。
広島第六区役所の役人なのです!」
と、片手を腰に当てて、右手の人差し指をおったてて、ポーズを決める。
「広島第六区役所? あの、死神区役所? 国民が死んだら来るっていう、役人?」
「そうそうそう、それ〜! それよ〜!」
マツリが嬉しそうに相槌を打つ。
「ほら、これが証明! ね? 見て〜」
ずい
霧人の目の前に一枚の身分証明書が突き出された。目の前すぎて、霧人には文字が全く見えない。
霧人は、それを手に取り、マジマジと見つめ、
「広島第六区役所 総務部 涼風 マツリ……、なんで総務がここにいるの?」
と、首を傾げた。
「そりゃあ、ウチらが特務だからよ?」
マツリではない声に、霧人が顔をあげる。
少しハスキーな声は研究室によく通った。
「特務?」
「そ! どこにでもいるでしょ? ヤバい案件片付ける専門の処理班。総務は表向きね」
スタスタと部屋に入ってくるスレンダーな女は、先ほど部屋から出て行った金髪の女だ。少し内巻きにした金髪がふわふわと宙を舞う。
「ちょっと、美波っ。特務はひみつだってば」
「バレたほうが、わかりやすいじゃん?」
言って、美波はいたずらっぽく笑った。
無邪気さを孕むそれは、小麦色の肌とよく似合う。
「空子、藍統さんから伝言」
「なぁに?」
空子は注射器を道具入れにしまいながらだるそうに返す。
「生け捕れってさ、セーギノミカタ」
「あの性悪ドS上司め、言うのはカンタンでいいわよねぇ」
「ほんとそれ」
「で? どこで滞っていらっしゃるの?」
すっくと、空子が立ち上がる。
「死期執行のアカザル君が足止めしてるみたい☆」
美波は、霧人の後ろに回り、窓から外の様子を見やる。
「藍統さんの話だと、情報学部棟の本館一階あたりらしいんだけど」
「げ、骸華のトコの? なんでここに、死期執行官のあいつがいるのよ?
今日はこの辺では、誰も正規の死期を迎える人間はいないはずでしょう?」
「それがぁ」
答える美波がおもむろに小首をかしげたときだった。
かしゃん
「え?」
霧人の右手に手錠がはめられていた。もう片方の手錠は、美波の手にある。
「どーやら、この人追っているみたいでさー」
と言って、霧人にウインクをしてみせる。
「は?」
霧人は反射的に、ぶん、と腕をあげるが、美波は平気な顔でぐい、と引き戻した。そして、霧人の空いた手首にも手錠をかけた。
「いってぇ、この馬鹿力ッ、何すんだよ!?」
両手を前にした状態で手錠をかけられた格好の霧人は、ぎっと美波をにらみつける。
「いやぁ〜、ツラいのよ? ウチらも中間管理職だからさぁ」
しれっと美波は言い放つ。
「ざっけんな! 役人が手錠使うのかよっ?!」
「あー、ね。これはウチの趣味だけど」
「趣味って何っっ!!」
「なになにー? その子、訳ありなの?」
マツリが興味津々で霧人の顔を覗き込んでくる。
「ちょーっと一緒に来よっか? 壇 霧人さん?」
抵抗する霧人に、美波はにんまりと笑いかけ、
「じゃ、空子、あとはよろしく」
と言って、ドン、と空子の方に押した。
霧人は、不意打ちに対応しきれず、よろめく。
「おわっ!?」
次の瞬間、霧人の目の前には空子の顔があった。
長いまつげが、頬に影を作っている。
紫に塗られたネイルの指先で、霧人の顎をくい、と上げると、
「なるほどねぇ、藍統さん、ホント性格悪いわぁ」
と呟いた。
その顔は、下衆としか表現のしようのない歪んだ、恍惚そうな笑みを浮かべている。
霧人は、さきほど一瞬でも見惚れてしまった自分を、この時ほど悔やんだことはなかった。
空子は、ぐん、と手錠の鎖部分を引っ張ると、
「壇 霧人。
あんたに【この世界の本当】を教えてあげる」
と言って、鎖から手を離して踵をかえし、風のように駆け出した。
「ちょっと、待てよ!!」
霧人は、空子を追うように研究室を後にした。
以前、執筆していた死神空想黙示録を書きなおさせていただきました。
毎週日曜日0 :0 0に更新させていただきます。
前作から見ていただいていた方にも楽しんでいただけるようにがんばります。
なにとぞ、よろしくお願いいたします。




