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空想死神黙示録  作者: タテハ
9/13

血の海に現れた女 4

殺人現場と化した研究室を飛び出した霧人は、運動不足の身体にムチを打って走っている。

「はぁ、はぁ、はぁ、ック、しんど、……ッ」


別館のエレベーターが止められていたため、二人は情報学部棟本館への連絡通路をぬけて、本館の螺旋階段で1階まで降りる羽目になっていた。


「なかなか、やるわね。

ついてきてる? 白猫くん?」


余裕しゃくしゃくの声は、空子からだ。

半階おくれで続く霧人を、完全にからかっている。


「っ」


悪態のひとつもつきたいところだが、声帯が声をつくってくれない。

カッカッカッと、リズムよく階段を降りる空子のヒール音を聞きながら、

霧人はさきほどの円谷の遺体を思い出していた。

(ありえねぇ、大学で殺人とか……、なんだよ、役人って、もうわけわかんねぇ……。なんで俺、走ってんだ……? 神風博士と何か関係が?)


霧人は、喉の奥から鉄の味がした。走り過ぎて乾きすぎているそこを、唾液で無理矢理に潤す。


バタバタと頭の後ろでパーカーがはためいている。

(こんなに走ったの、いつぶりだよ)


タバコを吸っているためか、肺がうまく酸素を吸ってくれない気がする。彼が自身の不健康ぶりを心底後悔したのは、言うまでもない。


ダァンッ



三段飛ばしで階段を降り切ると、左手に、自動ドアを抜けていく空子が見えた。

こちらに気づいてひとつウインクしてくる。

開いた自動ドアに左手をかけて、霧人を待っているようだ。


「ヨユーじゃねぇか、クッソ」

追いついた霧人は、膝に手をついて呼吸をととのえる。

「クスクス、ついて来ちゃったのね。壇 霧人」

息の乱れのない、やたらとねっとりとした声色に、霧人は一瞬ドキリとする。

闇を孕んだ、低く甘い声だと思う。


「はぁ?? あんたがついて来いみたいに言ったじゃねぇか」


「まあ、確かにそう言ったけれど? 

美波の手錠、意味ないじゃないの」


空子は言いながら、紫のネイルが塗られた人差し指を霧人の手首に向けた。

「そのままでも面白そうだけど、ま、いっか」


かちゃり


空子は、小さな鍵で霧人の右の手錠を外してやる。


手錠は、片方だけかけられたまま、ぶらぶらと手持ち無沙汰そうにぶら下がっている。

拘束されたまま走っていたため、両手首には手錠の痕がついていた。


「赤く手首腫れちゃってるの、なんかエロいわね」

つつ、と腫れた部分を人差し指でなぞり、からかうように空子は微笑む。


「なっ?」


恥ずかしさと戸惑いで、霧人は反射的に赤面してしまう。

妖艶な雰囲気を持つ彼女から、一瞬垣間見えた笑顔がとても無邪気だったことに、霧人は驚いていた。


「うちのボス、とても拷問が好きなのよ。

だから、余計なことに首を突っ込む前に逃げればイイかな、と思っていたのよ?」

「はあ」

「なんで、あの赤猿があんたを追ってるのかしらね」

さきほど殺人現場を見たとは思えない空子の落ち着きぶりに、霧人は違和感しか感じない。


「あかざる? 

それって、さっきの神風博士と関係あんのか?」



ぴりっ


霧人の言葉に、空子の空気が一気に張り詰めた。


「神風博士……? あんた、会ったの?」


静かに問うてくる空子に、霧人は身を引いた。イケないことを言った気がして生唾を飲む。


「あ、ああ、さっき、この先の公衆電話で」


「会話を? 会ったというの? “あの人に?” ありえないわ」

空子の態度にはあからかに余裕がなかった。


「そう、だよ。俺も驚いたさ。

だって“あの人”はッッ」


どがんっっ


霧人が空子に歩み寄ろうとした時だった。

公衆電話群のあたりで大きな破壊音が聞こえた。


「なに!?」


霧人は公衆電話群に視線をうつす。


アーチ状の通路の先で、誰かが言い争っているようだ。


「さっきのウルトラマンのお面の奴か?」

「おそらくね。

セーギノミカタさんたちは、大体、獲物を殺るとさっさとズラかるのだけど。

今回は、運が悪かったみたいねぇ」

「行こう!」

言い切る前に、霧人は公衆電話群に向かってかけ出していた。


「あんた、お人好しって言われるでしょ」


空子がつぶやくが、霧人には聞こえていない。

一度頭を掻いてため息一つ、霧人に続いて走りだした。


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