2.5.2
◇ ◇ ◇
同時刻 A区画 森林公園前
「なぁ、皆でナンパしね?」
不良集団『リライズ』の集会が終わって一時間後。リライズは、C区画に攻めてきたと思しき因縁のチーム『仕掛人』……特にその筆頭である黒子幹弥の捜索に動き出していた。
仕掛人は既に解散したチームだ。だが、その頭だった黒子幹弥が島に帰ってきたという話が出てきた事で、もしや復活しているのではないかと、彼らは—―特に日下部八史はそう考えている。
倉庫を出た後、リライズは少人数の班に分かれて島内に散開しており、現在、A区画にはその班の一つがやって来ていた。森林公園前の通りを歩いているところだ。
班の面子は、皆に『ヨネ』と呼ばれている耳にピアス付けたモヒカン頭の男を筆頭にして、他に五人いた。その五人の内訳は、皆の舎弟——相沢繁と、ゴスロリ衣装の女——倉科紗雪、あとは最近チームに入ったという長老と、補佐役のタスケ。そして最後に、おかっぱ頭の男だった。
因みに、八史やラナの班はC区画を散策しており、別行動になっている。
そうして散策が始まってから三十分程経ったところで、ヨネが唐突に先ほどの台詞を吐いたのだ。
「あの……ヨネさん。ちょっと聞こえなかったんすけど、今何か言いました?」
後ろを歩く繁がヨネに声を掛かる。実はしっかり聞こえていたが、もしかすると聞き間違いかもしれない。一応確認した。
「だから、皆で一緒にナンパしねって」
「ホントに何言ってんすか⁉」
もしもの可能性に賭けたが繁の願いはあっけなく散る。ヨネは足を止めて、仲間たちを向いた。
「シゲ。お前はただ仕掛人を探すなんて事の為だけに、このチャンスをふいにする気か?」
「え、チャンス?」
「そうだ。いいか? よく考えてみろ。俺たちは何だ? 確かにリライズである事に間違いはない。しかし、その前に一つの命。一人の男なのだ。そして、この状況で男なら何をする? 俺たちはあの倉庫を脱して、島に放たれた獣と化した。今最高に自由を謳歌しているんだぞォ!」
「別にあの倉庫は牢屋でも何でもないっすよ」
「細かい奴だな、いいんだよそんな事はッ! とにかくナンパがしたいんだよッ! したいったらしたいんだ! ここらで俺の時代を築きてぇんだよぉー!」
「そんな駄々こねられても」
その二人の会話に横から入ってくる声があった。おかっぱ頭で童顔な、エロの話題に対して極端に反応を示す、皆に『チェリケン』と呼ばれている男のものだった。
「貴様、さては今からエロい事をする気だな!」
「……チェリケンよ。お前もいい加減目を覚ませ。いつまでもそんなチェリーな事を言っててどうする。これを機に『ケンタロウ』の名を取り戻したいとは思わないか?」
「何だ。今僕をディスったのか? ……許さんぞ。エロい事と僕をディスる事は許さん!」
チェリケンの鋭い眼光がヨネに向く。その圧に一瞬たじろいでしまうヨネだったが――。
「……くっ。い、いや、俺は負けねぇッ。たとえお前がチームで屈指の武闘派であっても、俺は今ここで退く訳にはいかないんだ!」
その意志は固かった。ヨネの目は真っ直ぐで、何故か心の濁りが感じられない。
「な、なんて清らかな目だ。ここまで意志が強いとは……。どうやら僕は誤解していたようだな。仕方ない。ただエロい奴はボコボコにするとこだが、その心意気に免じて許そう。協力してやる」
――ちょろいな……。
横で聞いていた繁が生暖かい目でチェリケンを見ていた。そんなやり取りが一区切りついたところで、また別の声が入ってくる。班の最後方にいる沙雪のものだ。彼女は日傘を差している。
「あのさ……アタシ、女なんだけど」
「……? 何を当たり前の事を。知ってるけど、それが何か?」
「何かじゃないわよ! さっきから聞いていればナンパがどうのこうのって。その間アタシはどうすればいいのよって話よ! いや、っていうかそれ以前にッ!」
沙雪がその場で一回転した。ヒラリと舞うスカートに合わせて、日傘も一緒に回る。
「ナンパなんてしなくても、此処にこ~んな良い女がいるじゃないのよぉ~」
ほ~ら皆のユッキーよぉ~、なんて声まで聞こえてきそうだった。完全に自分に酔っている。
しかし、もう全員慣れているのか、ヨネの方は全く動じていなかった。
「うん。それは凄いな。良かった良かった。でな皆、これからの事を話そうと思うんだけど――」
「アンタ滅茶苦茶失礼ね!」
「そんな事言ったって、ユッキーはユッキーだしよ」
長い付き合いで今更手は出せないし、出す気にもなれないといった反応だった。
「あの皆さん。いつの間にか話が脱線してますが、目的忘れないで下さいね? 特にヨネさん」
「目的? あー、えっと……俺達の目的は……そう。ナンパ……」
「もう完全に呑まれてるじゃないっすか! 目を覚まして下さいよ。仕掛人っすよ仕掛人! アイツら探す為にA区画まで来たんでしょう? やっさんにもそう言われてるじゃないっすか」
「あー……あぁ、そうだった。そういえばそんな事もあったな」
「……もうこの際ナンパしてもいいんで、本来の目的だけは見失わないで下さいよ……」
「いやだってよぉ、なんかやる気になれねぇんだよな。ここ最近の八史ってなんかつまんないしさ」
「そ、それは……」
ヨネの発言に全員が沈黙する。
最近の八史はつまらない。それは、実は今のリライズメンバーの殆どが感じている事だった。
日下部八史は島外の生まれだ。七年程前に舞識島にやって来た。
その当時から、彼の手には常に工業用のスコップが握られていた。いついかなる時も何故かその手にはスコップがあったのだ。
当然変わり者として、色々な人間にちょっかいをかけられていた。数え切れない程喧嘩を売られていたが、八史は負けなかった。そのスコップ一つで向かってくる連中を蹴散らしていった。
八史がスコップを持ち続けている理由は何なのか。それを知るのはチーム内でもごく僅かしかいない。しかし、それを知らずとも、チームに居る者達は皆、八史の『何か』に惹かれていた。
日下部八史に共感するところがあった。だから、彼らはリライズに参入している。
だが、ヨネの言う通り、最近の八史はどこかパッとしなかった。毎日『つまらない』と口にしているだけで、文句ばかり言い続けている。今の八史からは魅力が感じられないのだ。
「仕掛人の話が出たから、暇つぶしにはなってるけど、いつまで続くかねぇ。うちのボスの憂鬱は」
「どうでしょうね……。最近はいつもやってるゲームにも文句ばかりですから。まぁ、あれはそもそもがクソゲーなんで文句出るのは仕方ないっすけど」
「まぁ、こればかりはもう少し様子見だよなぁ。……っと、ちょっとシケたな。悪い。新米のいるとこで話す事じゃなかったか。話を戻そう……ってかそうだ。長老たちもナンパはオッケー?」
話を振られた長老は、ここぞばかりに、特に意味のなさそうなジェスチャーを始めた。全身をクネクネ動かしている間は一言も発しておらず、顔髭とサングラスで表情も分からない。
そして、十秒近く動いてからピタッと止まったところで、隣に居るタスケが口を開いた。
「『オッケー』と仰っています」
「あんなに動いてて情報量そんだけなの?」
一先ず全体としての意見がまとまったところで、ヨネは辺りを見回した。さっそくナンパを始める気らしい。その僅か数秒後、ヨネは地下街に繋がるエスカレータ付近を見て声を上げた。
「お? ……おぉぉぉ‼ ちょ、おい、待って。あの子たちスゲー良くね⁉」
ヨネが指差す方をには、成人済の若い女性二人の姿があった。どちらも年齢は二十代前半か。ぱっと目に入っただけだが、二人ともスタイルが良く、整った顔立ちをしていて綺麗な印象がある。
特に片方の女性は、銀髪と蒼眼を持った美人で、ヨネはその女性の方に釘付けだった。
丁度地下から上がってきたところのようで、彼女たちの近くには老婆の姿がある。もう一方の女性が大きい鞄を持って手を引いているところから、二人の連れのように見えた。
何かの用事中らしい。しかし、ヨネはそんな事は構わず「よっしゃー、あの子たちに決めたぜぇ!」と声高に吠えると、一直線に彼女たちの方へ向かおうとした。
そんなヨネを止めるべく、繁が急いで彼の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待って下さいッ! もう始めるんすか⁉ というか、え、あの人達に?」
「当たり前だろ! 今行かなくていつ行くんだよ!」
「いや、やめましょう。あの人たちはやめときましょうッ! 俺たちには無理っす!」
「は? 何でだよ」
「いや……だって、見てくださいよ。片方の人、明らかに外人じゃないっすか。話通じないっすよ」
「ハッ、んな事かよ。弱気になるなシゲ。国の違いがなんだ。俺のモテパワーを全開にすりゃ言語の壁なんて余裕で超えられるぜ」
「どっから来るんすかその自信は」
「だが、お前の意見も一理あるな。いざとなれば俺のモテパワーでなんとかするが、別の手があるに越したことはない。……よし、誰かこの中で英語出来るやついないか? 通訳でなんとか」
「そんな都合よくいかないっすよ! それに英語って。そんなの話せる人がうちにいるわけ……」
しかし、ヨネの呼びかけのすぐ後、繁の後ろの方で挙手があった。タスケの手だった。
「私いけます」
「いけるんすかッ⁉」
「英検一級持ってるので」
「濃いなぁ! っていうか凄いなぁ! 何で不良やってんすか!」
「流石だぜタスケ。いつも長老の通訳してるだけはあるな。よし、ちょっと何か話してみてよ」
「I can speak English」
「すげぇ、完璧じゃねぇかよ……」
——今のでいいのか……。
内容はともかく、発音はネイティブに近かった。最早ヨネを止める事は出来そうにない。
余計な事をしてくれたなぁ、と繁は内心呟いた。
「ちょっと。盛り上がってるとこ悪いけど、アンタたちがナンパしてる間、アタシは何すればいいのよ。何か策でもあるわけ?」
紗雪の問いに対し、ヨネは薄く笑った。余程自信があるのか仁王立ちで胸を張っている。
「勿論だぜ。ユッキーは『俺たちと一緒に遊ぶ事になってる子』って設定で後ろに居てくれ。これにはナンパのやらしさを緩和するという重要な役割があるのだ。『あ、もう誘われている子がいるんだ。じゃあ安心だわ。私たちも一緒にいこうかなぁ!』という流れにもっていく作戦だぜ!」
「小賢しいわね色々と。というか、やらしい自覚はあるんだ」
「……やらしいだと……? 貴様ァ、やっぱりエロい事をするつもりなんじゃ—―」
「チェリケン、俺を信じろ」
「くっ。なんて真直ぐな目だ……。わかった、信じよう」
——ちょろいな……。
その後、色々と話は拗れながらも、最終的には纏まり、ヨネの作戦通りナンパが決行される事になった。目を付けた二人の女性が去ってしまう前に、ヨネの一団が彼女たちの方へ向かっていく。
距離が縮まっていくにつれ、繁は気が重くなっていった。




