第9話
「どこだっけな、探してみよっか」
「そうだな、色々みてみたいしな」
通りを曲がると、サラリーマン風の男と若い店主が店先で話しているところへかちあった。
「これなんか、奥様も喜ばれるかと」
「ううん、小遣い半年分だよ」
店主は織物を男へ見せている。古風だが、素敵な贈り物だ。相手はきっと麗しい人なんだろう。
「これほどの品はそう見かけませんよ」
「よわったな、どうしよう」
すれ違い様に織物を横目で見た。言いようのない違和感が走る。確かに品がいいものだ、貰った人は喜ぶだろう。しかし、この店主の言い振りは見過ごせない。この織物には輝きがない。
「失礼、それの“耳”を見せてくれ」
「え、なんですか……?」
「なんだ、おめぇ」
男は戸惑い、店主は訝しんだ。
「俺もこいつを気に入ってね、買う前に見たいんだ」
「いいけどよ、客同士で揉めんのはよしてくれよ」
店主はしぶしぶこちらへ織物を寄越した。客の男は俺の割り込みにどぎまぎしている。
手に取って確信に変わった。これは贋作だ。店主へ織物をつき返す。
「これを買うのは辞めておくよ」
「なんだってんだお前はよ……」
店主は呆れ半分、苛立ち半分といった様子だ。
「なんだと言うなら答えるが、証紙の割印の色が左右で僅かに違う。本物の証紙を切り取って、複製した判を押したんだろう。紋様も工数が少なく精彩を欠いている。糸も後染めだ……」
店主の顔がみるみる赤くなっていく。客の男も気まずくなって立ち去ってしまった。
「似たものを安く欲しい人間に売るならいい。けど価値を偽るのは違うだろ」
店主が軒先にある棚を蹴り飛ばし、俺に掴みかかろうとした。間一髪、身を引いたことで拳は眼前で空を切る。
「逃げよう!」
ヒヨリの声に押され、俺たちは同時に駆け出した。ヒヨリの脚の方が速いのが、なんとなく哀しかった。背後から怒声が聞こえる。
入り組んだ路地を、人とぶつかりながら進む。向こうの方が勝手がわかる場所だ、いずれ追いつかれるだろう。
「まったく、世話の焼ける男パル」
「あんなに怒るとは思わなかったんだよ……」
息が切れる、日頃の運動不足が祟っているな。
「イオリさん、こっち!」
ヒヨリに導かれ曲がると、一等細い人のいない路地に出た。
「掴まって!跳ぶよ!!」
ヒヨリに後ろから抱きかかえられる格好になった。
「魔装束、一秒起動!」
「あいあいさー、パル」
瞬時にヒヨリの服は魔装束へ換装され、そのままヒヨリは俺を抱えてバク宙をした。屋根を超え、別の路地へ着地する。
「ヒヨリ、ここ空き家かもパル!」
「お邪魔しちゃおう!」
俺たちは転がるように建物へ入り、扉を閉めた。外では俺たちを探すあの店主の怒号と足音が響いている。向こう目線では、路地に入った俺たちが消えたように見えるだろう。
「ほとぼりが冷めるまで隠れるか。ヒヨリ、ありがとう」
「たまたま誰も見てない場所があってよかったよ」
俺たちはそっと胸を撫で下ろした。
「無作法だね、今日は営業してないよ」
奥からひとりの老婆が現れた。年老いてはいるが、力強い威厳のある声と立ち姿だ。しまった、軒先に品物がないから誰もいないと思っていた。
「すみません、ちょっと揉めてしまって……いらっしゃるとは思わなかったもので」
立ち上がって頭を下げた。これ以上大きな騒ぎにはしたくないし、怒らせてしまったら引き渡されるかもしれない。
「もしかして、おばあちゃん?」
「おや、懐かしいお客だね」
ヒヨリは不安そうな顔から一転、安堵と喜びの笑みを浮かべる。老婆は口の端を少し綻ばせた。
「知り合いなのか?」
「さっき話してた友達の、育ての親みたいなかんじだよ」
その友達もスーパーにいたこども達のような、身寄りのない身の上だったのだろうか。いずれにせよ、事情をわかってくれそうな人に出会えて幸運だ。
「こないだのテレビ見たよ……大層活躍したね」
「えへへ。でも、運が良かっただけなんだけどね」
ヒヨリは照れくさそうに横目で俺を見た。
「運すらないやつは死んでいくばかりさね。よくやったよ」
和やかな雰囲気を保ちつつ、油断ない眼差しで老婆は俺を捉える。
「ところで、何やらかしたんだい坊や」
老婆は懐からキセルを取り出した。
「向こうの通りの織物が偽物だって言ったら怒らせてしまいまして」
「ほう、なぜわかった?」
ゆっくり葉を詰め終わった老婆が、マッチで点火したっぷり一服をした。
「一目見てなんとなく。触れたら確信しましたけど……あれは輝いてなかった」
自分が吐いた煙を吹き飛ばすように、老婆は高笑いした。
「馬鹿正直だね坊や。ふん、面白い」
老婆は背後を親指で指した。
「奥にいときな」
ヒヨリと顔を見合わせる。最悪何があっても二人でいれば大丈夫だろう、俺たちは頷きあって上がらせてもらうことにした。
「靴は脱いで持ってきなよ」
言われた通り、そうして奥へ入るとちゃぶ台や古いガスコンロなど変哲もない生活スペースだった。
表が騒がしい。玄関の戸を叩く音がする。あの店主だろう。
「はいよ」
「すみませんご隠居。若い男女の二人組を探してましてね……ここいらに来ませんでしたか?」
「さぁ。騒がしいと思ったらあんたらかい」
老婆は俺たちの存在を隠してくれた。その後いくつか問答をした後、男は去っていった。老婆がこちらへやってくる。
「あいつにはよく言っておくよ、相手見て喧嘩売れってな」
「ありがとうございます……あなたは一体?」
「聞こえてた通り、ただの隠居婆さ」
何か力ある人間だけが言う謙遜に思えた。実際、あの店主は終始老婆を尊重する物腰だった。
老婆は三人分の茶を淹れると、俺たちに振る舞ってくれた。一礼して湯呑みに口をつける。なんだこれは、今まで飲んだどれよりも美味い。こんなあばら屋で――と言ったら失礼だが、驚いた。
「あんまり遠回しなことは好かなくてね」
老婆は少し身を乗り出して、俺の目を真っ直ぐ覗き込んだ。
「カタギじゃないね、坊や」
「えっと……人を殴ったこともない、もやしですよ」
「そうじゃないよ」
老婆は俺に一枚の革を差し出した。短冊ほどの大きさのそれを手に取ると、怖気が立つような不思議な感覚に捉われる。一見するとワニ革にしか思えないが、これは一体――。
「どう見る」
「ワニ、ですけど……この張力と艶、どう加工したか検討もつかない」
俺はそれを引っ張ったり、電灯に透かしたり、とにかく観察する。
「それに、この鱗のサイズはあり得ない。白亜紀の地層から出てきたと言われた方がまだ納得できる。しかし繊維の方向も、鱗の並びも完璧な幾何学を描いて傷もない……」
これが人工物だとしたら、もはや魔法としかいいようがない。生体の特性を持った構築物、矛盾するがそのような表現が適切だ。
「この完璧な状態の銀面を取り出すなら、これの数百……数千倍の大きさの革から選び抜かないと――」
俺には覚えがある。この生命力、完全なる生地からしか見えない迸る光を。
「どうしたの、イオリさん?」
「乖獣だ……」
ヒヨリがえっ、と声を漏らす。
「テレビで見た。ランキング八位の人に倒されていた乖獣の革なんだ」
間違いない。白亜紀から連れてこなくたって、常識の秤を超えた生物が実際にいるじゃないか。何故これをこの人が持っているんだ?
「うん、アタシの目も曇っちゃいないね」
老婆はお茶をひと啜りした。
「正解だ坊や」
やはり、か。ヒヨリは何も言わないが、内心かなり戸惑っている様子だ。パルファムの声も聴こえない、何も知らないのだろう。
「いい子にはご褒美をあげないとね」
老婆は自分の足元から座布団を退け、畳を剥がした。床下へ続く出入り口が現れる。
「裏問屋街の、本当の顔を見せてあげよう」




