第8話
中は思いの外広い空間が広がっていた。建物は老朽化しており、かろうじて最小限の電気は点いている。ワンフロアに点在している既視感のあるショーケースや棚……どれも荒廃しているが、もしかしてショッピングモールか?
「このフロアはスーパーだったらしいパルね」
「閉店後のスーパーでかくれんぼするのが夢だったけど、ここでは遠慮したいな」
「あっちから外へ出るよ」
ヒヨリの後を着いていく。足音が反響して、不気味な雰囲気だ。いや、待ってくれヒヨリ。
足音が多い。俺が振り返ると、子供が立っていた。
「やぁボク……邪魔したか?」
「んーん、男女連れって珍しいなと思って」
男児に敵意はなさそうだ。ここを遊び場にしているのかと思ったが、身なりを見るとあまりにここに馴染みすぎている。
「こんにちは!」
ヒヨリは男児と同じ目線に屈んで挨拶をする。んー、と気のない声色で男児も応えた。
「ここに住んでいるのか?」
「そだよ、今日は俺が見回り」
なるほど、“裏”らしくなってきたじゃないか。どうなっているんだ行政は。
「こども一人でか?」
「みんな見てるし大丈夫」
周囲を見回すと、他の気配もあった。天井付近には、この建物に似つかわしくない真新しいカメラが吊ってある。
「俺たちは進んで大丈夫か?」
「うん、いいよー」
案外軽い調子だ。何を基準に決めているのだろう。
「ねーちゃん前に見た事あるしね、魔法少女でしょ?」
「うん、内緒だよ」
「おっけーおっけー、ここへはみんな内緒で来るよ」
男児は行きなよ、と手をひらひらさせた。本当に同じ国の環境なのか?
ヒヨリは男児へ手を振りながら歩き出した。俺もなんとなく、手を上げておく。
「驚いた……」
「わたしも最初すごく怖かったよぉ」
「そもそもなんでここへ来たんだ?」
「ここに住んでた友達がいるんだ。今は少し遠い地区にいるけど」
ヒヨリは懐かしそうに微笑んだ。いい思い出だったのだろう。
「その子は元気そうか?」
「うん!その子も魔法少女やってるんだよ!」
「それはすごいな、いつか話聞かせてくれよ」
「すごい可愛いんだよ!今度自慢するね」
初めて普通の女の子らしい表情を見た気がする。俺には友達と呼べるほどの人はいなかったから、眩しい。
スーパーのフロアを横切り、開け放しの自動ドアから外へ出た。眼前には明らかに大工仕事ではない、手製の家屋がひしめいている。時代劇で見る長屋のような状態だ。
「モールの駐車場だったところが、裏問屋街になったんだって」
「すごいな……九龍城にでも来たみたいだ」
軒先には野菜や日用品、ガラクタのようなものまで並んでいる。商品なのだろう、俺の感覚では格安の値札が掲示されている。
こども達の声や、呼び込みのおばちゃんの声があちこちから聞こえる。客と思しき人物は、案外普通の主婦や作業着姿の男など様々だ。ここまでの雰囲気の割に、案外開けているらしい。
「服飾エリアはあっちだったはず」
「いこうか」
アトランダムに小屋が建ち並ぶ、狭い道を進んでいく。痩せた犬が乾いた咳をする。どこかから糠漬けの匂いが漂う。ざっくばらんに切られた屋根材から、歪な影が地面へ落ちる。
不思議と、不快感はなかった。綺麗とは言い難いが、ここには随分久しぶりに感じる人の呼吸がたくさんある。
角を曲がると、布や衣服がずらりと陳列されている通りへ出た。日に焼けに焼けたマネキンが着ている服は、不釣り合いに真新しい。
俺らのような人種に共通するだろうが、こういったところでお宝を探すのは嫌いじゃない。
「お二人さんどう、見ていかない?」
おばちゃんに呼び止められる。せっかくだし色々見てみよう。
「寄ってもいいか?」
「もちろん!」
小屋へ入ると、垂らしディスプレイされた一枚布がまず目に飛び込んできた。脇には反に巻かれたものがいくつかと、棚にカセ巻きの糸がある。
まずは垂らしのものを……見事だ。妖しく濡れ、内側から漏れるような光沢と悩ましいドレープ、絹だ。
「女将さん、手で触れてもいいですか?」
「いいよ、それも見本だ」
見本とはいえ、これはおそらく極上の物だ。恭しく扱うべきだろう。耳を近付けて、傷めぬよう優しく指で挟んで布地を擦り合わせる。
「何してるの?」
「いい絹物は擦れたり握ったりすると、なんだろう……雪を踏みしめたみたいないい音がするんだ」
「本当だ!」
触れていることを忘れかねない質感、これほどのものがこんなところにあるなんて。
「お目が高いねお兄さん」
「素晴らしいです、どこもこのレベルの品を扱っているんですか?」
「ま、需要は色々だからね。ピンからキリまであるよ、だから目利きが大事さね」
ここの絹を舐めるように見るだけで日が暮れてしまいそうだ。あちこち見たいからここは一旦お暇しよう。俄然燃えてきた。
「欲しかったらまた後で寄ろうね」
「うん、ありがとう」
「なんかこどもみたい、イオリさん」
ヒヨリが悪戯っぽく笑う。馬鹿にする意図は全くかんじないから、素直な感想だろう。確かに男って、年齢に関係なくマニアックなこだわりがあるな。
「女将さん、ありがとうございます」
「またおいで、価値がわかる子には良くしてあげるよ」
すっかり気分が良くなってしまった。他に目を惹く店はないだろうか、目を皿にして練り歩く。
少し先の店から出てきた一人の男性客の足元に目が行った。真新しい革靴だ、今買って履いて帰るところなのだろう。直感がそこへ行けと告げている。
「あそこも入りたいな」
「いいよ!イオリさんが楽しそうでよかった」
凝り性の男の買い物に付き合えるとは、懐の広い子だ。これも回り回って彼女のためだ、厚意に甘えよう。
目的の店へ入ると、ずらりと革製品が並んでいた。
「いらっしゃい」
ぶっきらぼうな、職人気質そのものといった老父が新聞に目を向けたまま言った。
店主がいるカウンターの奥には、半裁の革がいくつか吊るされている。少し遠目だが、ものすごい存在感だ。革がひとりでに動き始めても驚かない、と言ったら大袈裟だろうか。
棚には靴や鞄、ジャケットなど多様な革物が並んでいる。
「手にとって見ても?」
「ああ」
まずジャケットの銀面を見る、薄化粧だ。
「お化粧?」
「ヒヨリみたいなもんだよ。素材で勝負できるから、コーティングがなくてもこの仕上がりなんだ」
「くっさいパルねぇ」
夢中でパルファムの存在を忘れていた。たしかに、革物屋のオイルの香りなんかは動物には厳しいだろうか。
「ヒヨリ、外で待っててもいいぞ」
「いや、あの……大丈夫」
ヒヨリはもじもじして座りが悪そうだ。平気ならそれでいいんだが。パルファムの溜息が聴こえた気がするが、人前では話せないから放っておこう。
次はベルトなんかも見てみよう。指で弾力を確かめると、跳ね返るようなコシがある。床面は均一で、風にそよぐ草原のように光を受けている。コバの処理も職人技だ、ここの商品どれを取っても間違いないと断言できる。
値段は、高いけど安い。名前だけプレスして、製作は賃金の安い国へ外注しているハイブランドの連中に見せてやりたいくらいだ。さすがにヒヨリにねだるには気が引けるからいつか金を工面してから来よう。
「ありがとうございます」
店主の返事はなかったが、会釈して表へ出た。二軒しか見ていないがとてつもない充実感だ。そろそろ道具を見に行ってもいいな。




