第7話
「イオリさん、これあげる」
裏問屋街へ行くため避難所の外でヒヨリと落ち合ってすぐ、黒いつば広のバケットハットとサングラスを手渡された。
「一応用心パルね」
パルファムがヒヨリのバッグの中から頭だけを出した。隠れているつもりかお前。
「人が増えてきたら消えるパル」
「出たり消えたりできるのか?」
「パル。今日は風が気持ちいいから出ておくパルね」
ヒヨリとパルファムは同時に深呼吸して、満足げに微笑んだ。
「とにかく、早く被るパル」
パルファムは俺が目立たない方がよいこと、魔法少女が男性と歩くリスクを説明した。そういうことなら素直に身につけよう。
「かえって怪しくないかこれ?」
「似合ってるよ!」
不審者セットが似合うと言われると、なんとも言えない気持ちではある。
「おそろいであるんだよー」
ヒヨリは俺に渡したものと同じ形の白い帽子と、桃色のマスクを着けた。お忍びの芸能人みたいだな。
「今日は電車で行こうね」
飛んで行くのが一番目立つだろうし、それがいいだろう。
「駅まで遠いか?」
「十五分くらいだよ、着いてきて!」
ヒヨリは俺の一歩半先をゆく。俺はこういう時、どのあたりを歩けばいいかわからない。離れすぎても変だし、隣を歩いていいのか訊くのもおかしいだろう。
そういえば、ヒヨリの私服を初めて見た。淡いピンクのシアーブラウスを、白のバルーンスカートへタックインしている。膝上あたりに絞りのリボンが付いていて、少しシルエットのボリュームを下げている。ウエスト周りは細く見せて、足元は楽な造りなのだろう。歩くたびにギャザーが上下のブロックで別の動感を作っている。
「どうしたの?」
ヒヨリが振り返ってこちらを見た。服を見ていると意識が他所へ飛んでしまう、俺の悪い癖だ。
「いや……服が似合ってるなと思って」
「ええ!」
パルファムが汚いものを見るような視線をこちらへ送ってくる。
「ありがとう、頑張って選んだんだ」
ヒヨリは少し照れ臭そうに、手を口元へ持っていった。袖はフレアになっているんだな。風に揺れて涼しげだ。彼女が素直な人でよかった。
「視線はキモいけど、さすが見る目はあるパル」
「俺が邪念を抱いている前提で話すのをやめろ」
「そうだよ、パルファム」
ヒヨリはバッグのジッパーを閉めるよ、とジェスチャーでパルファムを窘める。
「それにイオリさんは大人だから。十六歳は対象外だよ」
「十六歳!?」
「イケるんパルか!?」
「そうじゃねぇ!」
ヒヨリは落ち着いているし、魔法少女という責務をこなしているからか大人びて見えていた。
「すごいな、尊敬するよ」
「お互いさまでしょ、装師」
「そう言われても実感がないんだよな」
俺にとっては降ってわいた称号だ。実際のところどれくらいすごいのかもわからない。
「たくさんいる服職人さんの中でもトップなんだよ」
「魔装束をデザインから製作まで全てできる稀有な職人パル」
「それって難しいのか?」
そうに決まっているパル、とパルファムは耳を掻いた。
「パソコンのパーツ自体から作るようなもんパル」
「確かに……あの板とか金具の素材が何かすらわからん」
「限られた人しかなれないんだって」
それほど稀有な存在なら、パルファムはもっと俺に優しくしてくれてもいいのではないだろうか。
「記憶も職もないようなやつの世話をするだけ大甘パル」
「たしかにな、どうもありがとう」
もう駅に着くよ、とヒヨリは指を指した。俺の知る駅と大差ない。むしろ、少しひなびたかんじだ。避難所の先進性と比べると、かなりアンバランスに思える。
「乖獣に壊されるかもしれないのに、新築する意味も薄いパルね」
たしかに、それなら避難所や魔法少女周りに予算を割く方が賢明だ。
「そしたらパルファムはニンニンモードね」
「ドロン、パル」
ヒヨリ達が印を結ぶポーズをすると、パルファムが消えた。この動作はおそらくしなくてもいいやつだ。
「ちなみにそっちの様子はわかるし会話もできるパル」
「結糸した人と魔法少女だけね」
それなら今、パルファムの声が普通の人には聞こえないのか。喋るうさぎがいると周りが混乱するし好都合だな。
「じゃあ行こっか」
その前に。
「ヒヨリさん……電車賃を奢ってください……」
「もちろんそのつもりだよ!」
ヒヨリは颯爽と歩き出した。俺より断然格好いい。
「何回見ても笑えるパル」
「俺だって本意じゃないけど、頭下げるのが礼儀だろ」
「どうせ財布があってもバリバリのやつパル」
「どうしてわかった?」
パルファムの姿は見えないが、引かれているのはわかった。あれはいいものだぞ、たくさん入るし汚れたら洗える。
「センスをもう少し自分へ向けた方がいいパル」
「余計なお世話だ」
「もう、行くよぉ」
ヒヨリに引率されて駅構内へ入る。駅員の姿は見えず、無人のようだ。
「五分後に来るね」
ヒヨリから切符を渡され、改札を通る。ホームに人は全然いない。本当に東京なのか疑わしいくらいだ。
「いつもこんなかんじなのか?」
「そうだね、お店とかもあんまりやってないし」
「そうか……災害時みたいなもんだしな」
大都会ではないけれど、便利で居心地がよくて活気のある俺のいた街。自分で思っていたより愛着があったみたいだ。
「商店街とかは、こんな時だからこそって頑張ってるよ」
「たくましいな、これから行く所もそんなかんじか?」
「あそこはちょっと独特かも」
ホームへ電車が侵入してきた。機内はガラガラで、誰もいない車両があったのでそこへ乗り込む。
「裏問屋街っていうくらいだから、表と違うんだよな」
「わたしも詳しくはないけどね」
「服職人や一部工学マニアには面白いらしいパル」
「行ってのお楽しみか」
窓から外を眺めると、街並みは真新しい建物と、古いままの建物が混在している。新しい方はプレハブのような四角いものが目立つ。壊された区画から建て替えているのだろうか。
「他の街は、どんなかんじなんだろうな」
「千代田区とかはすごいよ、もう鉄のお城みたい」
「三枢軸のお膝元パルね」
ヒヨリがわっと両手を広げる。相当大きな建物があるのだろう。トライということは三つ、もしかして港区と中央区が残りか?
「珍しく冴えてるパルね」
「魔装束最先端メーカー三つがそれぞれあるところだね」
「そうなのか、いつか見学したいな」
「うん、行ってみよう!」
避難所のエレベータで見た広告に、会社の名前が出ていた気がする。一般常識レベルでポピュラーなものはどんどん情報を入れていかないとな。それに、この国のトップといわれる服を見てみたい。
「どこで降りるんだっけ、次?」
「次の次だね」
「話してたらあっという間だったな」
目的の駅に到着し降り立つと、乗ってきた駅よりは活気があるように思えた。駅前の広場で昼から酔っている人がちらほらいる。想像していたより生活感がある。
「こういうディープな所に物や情報が集まるパル」
「たしかに、裏っていうくらいだし雰囲気あっていいな」
駅からほどなくして、寂れたアーケードへ行き当たった。所々閉じたシャッター、昭和のまま連れてきたような中華屋、床屋……こんな所に最先端技術である魔装束の糸口があるようには思えないが。
「一番奥のブロックだよ」
ヒヨリはずんずん進んでいく。あまり女の子が一人で歩くような場所には思えないが、よく考えたら魔法少女より強い暴漢なんているはずもないか。
最奥へ着くと、アーケードの向こう側が見えなくなった。アーケードの出口に建物があって塞がっているようだ。普通こういうところは、両端から入れるようになっているはずだが。
「かなり入り難い雰囲気だ」
「あの奥の建物の先が裏問屋街だよ」
行くとなったら腹を決めよう。俺たちはアーケード最奥の薄汚れたガラス戸を開けた。




