第6話
「まずは全ての始まり――魔石を知るのが先パル」
パルファムがヒヨリの魔石を指した。これがとんでも物質なのは家で目撃した時から感じていた。ぐっと顔を寄せて観察してみると、幾重にも完璧に重なった組成がキラキラと輝いている。これはまるで――。
ヒヨリが自分の肩を抱く格好で、魔石が隠された。
「そんなに見られたら恥ずかしいよ……」
「ごめん、そんなつもりじゃなくて」
ヒヨリは暗くてもわかるくらい紅潮していた。傍から見たら、少女の胸元をじっくり覗き込む不審者である。パルファムが親の仇を見るような目で訴えてくる。本題へ戻ろう。
「パルファム、魔石ってもしかして布なのか?」
ヒヨリとパルファムは驚愕の表情を浮かべた。
「お前、これがわかるパルね。はっきり言って天才。頭は極めて愚かなのに」
「どんな感情になればいいかわかんねぇ!」
なんか耳の裏とか敏感そうなところをこねくり回してやろうかと思ったが、ヒヨリに宥められた。
「むぅ……お前の推理は正解パル」
「どう見ても石なのによくわかったね」
綺麗な石にしかみえないよとヒヨリは言っているが、あれは自然物の構造ではない。極めて高い技術で織られたものだと直感的にわかった。
「人類の憧れはいつも宇宙パル」
魔石の出自は宇宙にあるってことか。どこの世界の人間も変わらないんだな。
「魔石は元々、あらゆる温度変化・圧力・汚染――宇宙で活動する服を造る時に生まれたものパル」
「炭素繊維にびっくりするくらいの圧力をかけたんだって」
ヒヨリの補足は完全に子供向けだ。まったり解説より噛み砕いてくれるならありがたい。一旦大人のプライドは忘れよう。
「ある日超加圧された繊維が偶然、完璧な整列を見せたパル。微粒子レベルの結合をして、結晶と化したパル」
繊維が石になるレベルの圧力ってなんだよ。かなり取り扱い注意なのではないか、それは。常識に反した話だが、この世界では事実だと受け入れる他ない。
「危険なのはその通りパル。実際取り扱いをしくじった研究所が消し飛んだパル」
ストレンジ・ラヴ博士はそろそろ出てくるか?いや、この世界では伝わらないだろう。記憶喪失ってことにしているし。
「魔石は配列を解いた時、とてつもないエネルギーを発生させるパル。魔力と呼ばれるパル」
「ぐーーん……パッ!だよ!」
ヒヨリは引き続き、語り聞かせモードである。ジェスチャーもともなってかわいい。
「配列には正しい解き方があるパル。粗製のものを使ったり手順を間違えると、さっきの悲惨な例になるパル」
つまり魔法少女は、その正しい解き方を知っているということか。
「そうパル。魔石は特定の周波数に触れると緩む性質が見つかったパル」
その発見により、人類が爆発的なエネルギーをコントロールできるようになった。この世界の技術が進んでいるのはこれが理由か。
「周波数は、限られた少女にだけ備わっているとされるパル」
男は無理なのか。俺も変身してみたかった気持ちと、戦わなくていい安心感が同時にわきあがる。
「少女の骨格・精神の振幅・ホルモン・鼓動・脳波――様々な条件が周波数を作るようパルね」
勇者にしか抜けない剣、選ばれた者にしか使えない力、ファンタジー的に言うならそんなところだろうか。
「魔法少女は魔石を緩め、登録した型紙に沿って魔装束へと織り変えることができる存在パル」
あの時服が分解されて、変身するように着替えができたのはそれか。俺が渡した服は型紙になったんだな。
「パル。魔石は柔軟で強靭な鎧となり、敵を破壊する力となるパル」
「それにおいて服である意味はあるのか?防具なら体に巻いてあればいいだろ」
それは魔力と関係する、とパルファムは補足する。
「魔力自体は無軌道のエネルギーで危険パル。正常に走る回路が必要パル」
魔装束が、それだということか?
「そうパル。服の見た目をした、精巧な機械基盤みたいなものパル」
「わたしたちの周波数を全身から効率よく受けて、増幅する役目でもあるんだって!」
複雑になってきた。魔力とパルスでコクーンがパージ?
「幼稚園に行くパルか?」
ヒヨリが何か言いたげにしている。かけてもいないメガネをくいと上げる動作も。それでは先生、お願いします。
ヒヨリはパルファムを後ろから抱いて、ぬいぐるみを喋らせるように腕を振ったり頷かせたりしながら話し始めた。
「魔石は魔法少女の周波数を受けると繊維に戻って形を変えられるよ!ただ、魔石が解れた時に出てくる魔力は強すぎてコントロールが大変!魔力が正しく流れる回路として魔装束を身に纏うよ!魔装束は周波数を全身から受け取り、増幅させるために服の形が効率的だよ!」
パルファムがえっへん、とポーズをさせられてヒヨリのまとめは終わった。
「ヒヨリは聡明パル」
「えへへ」
パルファムはヒヨリには当たりが優しいんだな。
ヒヨリは長話をして喉が渇いたのか飲み物を取りに行った。
あとは怪獣、ディソナンスだったか?あれが一番現実として受け入れ難い存在だ。パルファム、説明してくれ。ところで、お前と怪獣は何が違うんだ?
「ボクとあれを一緒にされるのは心外パルが……よくわかっていないのが現状パル」
パルファムはヒヨリに揉みくちゃにされた毛並みを整えながら話し始めた。
「突如現れて世界を崩壊させかけた、人類の敵としか言いようがないパル」
世界にとってもイレギュラーの存在なのか。確かに、あんな存在は馬鹿げている。
「軍事兵器もまるで歯が立たなかったパル。さらなる破壊力を持つエネルギーが必要になったパル」
それが魔石から得られる、魔力のエネルギーか。
「そういうことパル。世界は命運を、魔力を操れる魔法少女に委ねる他なかったパルね」
ヒヨリが戻ってきた。俺がコーヒーと紅茶どちらが好きかわからなくてずっと迷っていて、結局水を持ってきてくれたらしい。ありがとう。
「どこまで話したの?」
「乖獣についてパルね」
ヒヨリはスマホを取り出して、こう書くんだよと文字を見せてくれた。怪獣じゃなくて、乖獣だったのか。
「魔法少女が糸を紡いで戦うなら、奴らはそれを乖す存在パル」
「わたしたちしか、乖獣は倒せない」
「交わることはないパル。魔法少女を傷付けられるのも、乖獣を貫けるのもお互いだけパル」
故に、不協和か。
魔法少女は唯一の人類の抵抗で、力を持たない市民のヒーローなのだ。
「パルファムについても不明なのか?」
「パル……。使い魔は魔法少女と同時に生まれる存在としか今は知られていないパル」
「どんな存在でも、パルファムはわたしの友達だよ」
ヒヨリはパルファムに頬擦りした。パルファムもご満悦の表情だ。
「ありがとう、少し掴めてきた」
「まだ終わりじゃないパル」
そう言いながらパルファムはこちらの顔を覗き込んでくる。
「適合率の高い服を作れたり、魔石の正体を見破ったり……。お前には間違いなく装師としの才能があるパル」
「装師さんたちはね、私たちの服を作れるすごい人たちなんだよ!」
装師という言葉はこれまでにも何度か二人の口からでてきていた。
「その、装師っていうのはどれだけの存在なんだ?」
「個人として装師をやっている人間は国内でも両手で数えられる程度パルね。ほとんどは量産品を与えられることになるパル」
「オーダーメイドで作ってくれる職人ってことか?」
「パル。装師が作る魔装束は別格の出力。あまり詳しくはないパルが特別な才能がなければ魔石のポテンシャルを引き出せないと言われてるパル」
前の世界にもあったアニメのことを思い出す。量産型よりもパイロットに合わせてカスタマイズ、製造された専用機体は突出した能力を発揮するのだ。それを可能とする人材は才能の有無という意味でも、需要という意味でも貴重な存在だということなのだろう。
「イオリさん、装師になったらいいんじゃないかなって思っちゃったりなんかして……」
「俺が?」
「うん、イオリさんが装師になったらわたしの魔装束をオーダーしたいの!服を作る好きだったんでしょ?」
「それはそうなんだが……」
確かに話を聞いているうちにそんな気になり始めていた。パルファムが言うように俺に装師としての才能があるとするなら、この世界で生きていくことを考えると挑戦しない意味がない。ここがどんな世界でも、何を知ろうとも俺がやりたいことはひとつだから。
微粒子レベルで結合した糸、魔力の回路を組む?腕がなるじゃないか。
俺にできることはなんだ。そう、服を作るしか能がない。
「わかった。次はもっといい服を作るよ」
魔法少女が心の周波数を服と変え戦うなら、俺はそれを奏でる手伝いをしよう。
「ほんと!?ありがとっ、イオリさん」
ヒヨリはぺこりと礼をして、屈託なく笑った。
息巻いたはいいものの、どうやって魔装束を加工したりすればいいんだ?どんな型紙を引けば登録できるんだ……。
「しまらない奴パル」
相変わらず憎まれ口を叩くパルファムだが、声色は心なしか優しげだった。
「説明はモノを見ながらの方がわかりやすいパル」
「そうだね!イオリさん明日はひま?」
別世界へ来て明日の予定なんてあるはずもない。いや、俺の場合元々他人との約束なんて滅多になかったか。
「そしたら明日のお昼に迎えにくるね」
「どこかへ行くのか?」
「うん、裏問屋街へ!」
問屋街か、横山・馬喰町にはたまに行ってたな。この世界の問屋はどんな生地や素材が並んでいるのだろう。ロマンを感じるじゃないか。
「そこは道具も売ってるか?」
「うん、なんでも揃うと思うよ」
「これは散財の予感だな」
いいものを見つけるとつい買ってしまうからな。現地でテンションが上がって買ったが、全然使わなかったものはうちにもたくさんある。待てよ、この世界のお金って……。
「どうしたの?」
「いや、記憶もないからその、銀行とかもわからなくて、なんていうか無一文で……」
「本当にしまらない奴パルね!」
今度は本当に言葉通りの意味でパルファムが唸っている。ヒヨリは気まずそうに、そして俺のプライドを傷付けないよう慎重に言葉を選んでいる様子だ。心遣いが逆に痛い。
「服作ってもらうわけだし、恩人だから気にしないで!今日倒した乖獣のボーナスも貰ったから!大丈夫!」
あえてさっぱりした調子でヒヨリは胸を張った。俺はへなへなと膝から芝生へ崩れ落ちた。
「ヒヨリさん……仕事道具を奢ってください……」




