第5話
「よし着いた。案内してやるよ……。やぁレイちゃん」
「ええ、ヤマトさま」
ヤマトさんはドアの脇に立つ少女に挨拶をする。身長は百六十五センチ程度だな――。
体幹が一直線に通った美しい立ち姿だ。伏目がちで涼しげな目鼻立ち、声も凛としている。胸には白く光る魔石がある、魔法少女か。この子もまた逸材だ、衣装のアイデアが次々に浮かんでくる。
しかし、彼女の服装はいただけない。軍服や制服のような印象を与える。材質など、物としてはいいがあまり似合っているとは言い難い。彼女の持つ雰囲気を押しつぶしてしまっている。
「そちらの方は?」
訝しんでいるという程ではないが、レイと呼ばれる少女は僕について尋ねた。入り口に立っているということは、警護役でもあるのだろう。当然の疑問だ。
「イオリってんだ。さっきヒヨリちゃんの中継見たろ?」
「逃げ遅れた方でしたか。ご無事でなにより」
淡々とした口調だが、ヤマトさんの説明には納得してくれたようだ。
「こいつん家壊れちまったみたいなんだ。一部屋空けられるかい?」
「ええ、C棟六〇四がご用意できます」
「ありがとう!お疲れ様」
ヤマトさんはズンズン中へ入っていく。俺もレイさんへ会釈だけして後に続いた。
施設の中はかなり整然としている。エントランスは大抵調度や内装にこだわる物だが、無機質な金属製の物が多い。椅子やテーブルは床にしっかりボルトで固定されている。そうか、建物自体が動くから転がったり割れたりする物を置いていないのか。
「おっ、わかるか」
「機能美で魅せる思想ですね」
「おう、これも俺たちの仕事だ」
華美ではないが、随所にこだわりが行き届いている。段差には必ずスロープがあるし、廊下の手すりは高低がある。たくさんの人が出入りするだろうに、床はしっかり磨かれている形跡がある。
「目の保養も充実してるぞ。休んだら見てみるといい」
ヤマトさんはエレベータ脇にある館内図をコンコンと叩いた。食堂、図書館、運動場、屋内庭園……すごいなここは。緊急避難だけではなく、ここで生活することを視野に入れた造りだ。
「浴場はキャパの問題でどうしても快適に造れなくてな」
「どんなかんじなんです?」
「十メートルの直線で、入り口で全身に泡吹きつけられてこう、歩いて擦りながら進んでよ」
ヤマトさんがジェスチャー混じりに説明してくれた。洗車機に入っているようなかんじだ。それでも、身体を洗えないよりずっといい。話しているうちにエレベータが着いた。
エレベータ内部へ入る。こちらも円筒形で、内壁は液晶のシートに覆われている。流れている映像は……魔法少女が着ている服の広告だ。先程の中継もそうだが、経済活動の中心がかなり魔法少女へ寄っているのが窺える。
ヤマトさんは操作盤のモニタを指差した。蜘蛛の巣状の断面図が映し出されている。これが地下へ広がる避難所の簡易的な構造か。
「寄宿は地下四階から六階だ。今回はC棟六〇四だから、まずCを押してから六階な」
ヤマトさんがモニタを操作すると、エレベーターが動き始めた。これは、回転している。三時方向のC棟へ出口が向くように調整しているのだろう。向きが変わると、降下した後平行に移動し始めた。今までのエレベータ体験とは全く違う感触に少し胸が高鳴った。
「おもしれぇだろ?」
「ええ、かなり」
「興味があったら、いつか俺の仕事を手伝ってくれてもいいぜ」
この世界のものづくりに対して理解が深まりそうだ。状況が整理できてきたら、体験してみてもいいな。ただ、この通り肉体労働は全く向いていない体格ですよ。
「魔石が発見されてからは相当機械化されたからな、青瓢箪でもできることは案外沢山あるぞ」
魔石。魔法少女の胸元にあるものだ。話の流れ的に、技術的な革新に関わっているのだろうか?
「いつかお世話になるかもしれません」
「おう!しっかり面倒見てやるよ」
今のところ、この世界での出会いの運はいいみたいだ。新しく人と知り合うなんて随分久しぶりな気がする。
エレベータが停止した。平行移動していたのに、慣性をあまり感じない滑らかな動作だ。
扉が開くと、長い廊下が伸びている。狭い感覚にずらっとドアが並んでいる。個室のネットカフェのような佇まいだが、清潔感はある。
「便所と水道はここと廊下の真ん中と向こう端にあるからな」
「ありがとうございます、色々と」
「いいってことよ、ゆっくり休みなよ。六〇四だぜ」
ヤマトさんは後ろ手を振りながらエレベータの中へ入っていった。また色々と話してみたい。お礼もしないとな。
六〇四号室はすぐ近くにあった。ドアノブがない、どうやったら開くんだ。とりあえず扉へ触れてみる。
「生体パルスを登録しました」
機械音声がなり、ドアが横へスライドした。鍵がなくていいのか?パスコードもなしか、すごいぞこれは。
部屋はシングルベッドを一回り小さくしたくらいの幅だ。面積の九割は寝具で埋まっている。ドア付近と枕元に電灯のスイッチとコンセント。天井にある換気口と埋め込みのフラットスピーカー、これで全部だ。カプセルホテルの感覚だ。避難施設で個室で眠れるだけかなり贅沢だ。
中へ入ると勝手にドアが閉まった。
「ノイズキャンセリングを起動しますか?」
ドアの裏と枕元の壁が光った。エレベータの壁面と同じ仕組みかだろう。至れり尽せりじゃないか。隣の音が気にならないなら、むしろこういう狭い所は秘密基地みたいで楽しい。もちろんオンだ。
モニタを操作すると、わずかに聴こえていた外の換気音が消えた。同時にメニュー画面も出てくる。テレビにラジオも視聴できるようだ。ここで情報収集ができるな。
俺はベッドへ横たわり、枕元のモニタを操作した。動画サイトもあるようだ、これがいいだろう。検索ワードはどうするか……“魔法少女 解説”から調べてみよう。
一番再生数が回っているサムネイルをタッチする。開くと、丸っこい首だけの饅頭のような可愛らしいキャラクターが現れた。こっちの世界でも、解説動画はこのスタイルなんだな。
「まったりドリムと、まったりマジカだぜ」
機械式の音声読み上げが喋り出す。こちらの世界へ来てから、一番郷愁と安心を感じた気がする。こういうのでいいんだよ。
「今回は魔法少女について解説するぜ」
「魔法少女って強くて可愛くて、憧れちゃうわよね」
何故かこのフォーマットで語られるだけで、何でも理解できるような気になってくる。でも瞼が、意思に反して勝手に――。
寝てしまっていた。あまりの非日常に身を晒されて、自覚しているより疲れていたのかもしれない。モニタの時計を見ると、二時間程度経っていたようだ。消棟の瞬間を見たかったのに……それなりに揺れただろうに気が付かないとは。
手首になんとなく違和感がある。少し熱を帯びているような……これで目が覚めたのだろう。ヒヨリの気配だ。すぐ近くにいる、上の階か。俺はすぐ靴を履いて表へ出た。
エレベータ前の館内図を見る。地下四階から六階は寄宿舎だ。三階より上で、今いるところと座標が近いのは……屋内庭園か。エレベータへ乗り込み、操作をする。
ヒヨリと会う前に多少の知識は入れておきたかったが仕方ない、幼稚園児レベルから教えてもらおう。
ドアが開くと、カフェスペースが広がっていた。かなり広い、数十人は座れるだろう。照明は暖色で、シンプルながら柔らかそうなソファもある。提供は無人のようで、コーヒーベンダーが何台も立ち並んでいる。
談笑したり、読書をする人がまばらにいるが、ヒヨリの姿は見当たらない。庭園の方だろうか。
カフェスペースの奥へ行くと、ガラス張りで区分けされた壁へ行き着く。向こうには色とりどりの花が活けてある。照明はカフェスペースよりかなり落としてある、現実の時間と合わせているのだろうか。ヒヨリの気配はこっちだ。
ガラス戸が開くと、気圧差で生温い風が入り込んできた。温度管理もされているのか。それにしても、引きこもりがちで随分久しぶりに緑の匂いを嗅いだ気がする。
踏み込んでみると、芝生も本物だ。寝転んでみたくなるが、奥へ進もう。花畑を抜けると、樹木が増えてきた。控え目な照明でぼんやりと木の葉の影が揺れている。風も吹かしてあるのか、すごいこだわりようだ。
最奥へ着くと、一本の桜の木が植っている。まだ蕾のようだ。その元に、ヒヨリは立っていた。俺が渡したセーラー服姿だ。じっと、桜を見上げている。
「好きなのか、桜」
「憧れ、かな」
背後から声をかけても、ヒヨリは驚かなかった。お互いに近付くのを感じていたから。
ヒヨリが振り返った。
「お待たせ、イオリさん」
「こちらこそ」
俺たちは桜の足元に座った。
「消棟してからも入れるんだな」
「魔法少女は出入り自由なんだ、通用口が別にあるの」
特殊な服を着ているだけで身分を証明できるのはなかなか面白いな。
「それもあるけど、これ気に入ったから」
ヒヨリは愛おしそうに生地を撫でた。作り手冥利に尽きる。
「何から話そうかな」
「魔法少女と怪獣、あとは服の仕組みを知りたい」
「ボクがしっかり解説してやるパル」
パルファムが現れた。お前がどういう存在なのかもかなり不明だぞ。よろしくお願いします。




