第4話
「見えてきたよ」
前に向き直ると、金属の壁に囲まれた大きな施設が視界に入った。避難所と言うよりは、要塞と言って差し支えない雰囲気だ。
「重要設備は大抵地下にあるんだけどね。今日はもう警報出てないからみんな地上にいるね」
広場のような場所に、人だかりができているのが見えた。風に乗って人々の声が聞こえてくる。相当騒いでいるようだ。
「祭りでもやってるのか?」
「なんだろう」
避難所のすぐ上空へ辿り着くと、人々の声の正体がわかった。とてつもなく大きな歓声だ。広場には大きなモニターが設置されており、今まさに俺たちの姿を映している。
「魔法少女ヒヨリが今、逃げ遅れた市民を抱いて降り立ちました!!」
スピーカーから先程テレビで聴いたキャスターの声が鳴り響く。一層、広場の市民たちはわきあがった。
「すごいことになっちゃった!」
「ヒヨリの活躍が中継されてたようパルね」
例えるなら、サッカー大国で贔屓のチームが優勝した時のような熱狂具合だ。興奮した男たちにあっという間に囲まれた。
「兄ちゃんラッキーだったな!」
「ヒヨリちゃん可愛い!ありがとう!」
「区の誇りだよあんたは!」
ヒヨリ、もう一度飛ばしてくれ。俺が一日に会っていい人数を超えている。人に酔ってきた。
「ありがとうございます!わたしもっとがんばります!」
普通に対応している!アイドルの握手会のような様相だ。俺より随分歳下なのにしっかりしているな。
「応援すごくありがたいんですが、わたしも手続きがあるので失礼します!」
ヒヨリはぺこりと頭を下げた、そのまま横目で俺へ目配せをすると、声を出さず唇だけを動かした。
後でね。
俺は黙って頷いた。
「彼も危険な状況で疲れているので、休ませてあげてください」
ヒヨリは俺の方を指して、群衆を抑えてくれた。
「謙虚だ……」
「優しい……」
「推せる……」
多分俺と似たような人種の奴らが口々に漏らしていた。少しずつ、この世界の魔法少女という存在が何か掴めてきたかもしれない。
彼女らはヒーローであり、偶像的な存在なんだ。年齢の割に落ち着いた対応も、公人としての自覚があるからだろう。
「それではみなさん、おやすみなさい」
ヒヨリは皆に手を振ると、宙返りをしながら上空高くまで飛び上がり、あっという間に見えなくなった。手首の糸を通して、彼女が遠ざかっていくのを感じる。少し、心細いかんじだ。
「初めて見る顔だな、怪我ないか?」
ポンと背中を叩かれた。後ろを向くと、三十代後半くらいの男性が立っていた。浅黒い日焼け肌に、白い歯がきらりと光っている。作業着を身につけた姿は逞しく、佇まいは堂々としている。
「大丈夫です。ただ、色々あったので独りで考えたくて」
俺はいかにも弱々しい若者然とした表情で答えた。パルファムが言った通りなら、ここはあまり目立ちたくない。
「そうだよな。少し歩こう、寄宿舎まで連れてくよ」
偉丈夫は手を差し出した。
「俺はヤマトだ。この地区の復興衆の棟梁をしてる」
「周唯織です。どうも」
握手で応えた。溌剌とした人だ。陽気なオーラと貫禄で自然と好感が持てる。こちらから色々嗅ぎ回ると不自然だ、好意に甘えて情報収集をしよう。
彼に促され歩き始める。広場は野球とサッカーのトーナメントを同時にでもできそうな面積だ。かなりの人数を収容できる施設なのだろう。
「アマネイオリって長い名前だな」
「周が苗字です」
「みょーじってなんだ?」
嘘だろ。もう落とし穴があった。なんとか言い訳しないと。この世界、苗字がないのか!?
「えっと、家族の名前です。いなくなった家族の名前も一緒に名乗ってて、イオリが俺で、その……」
ヤマトという大男は、目頭をつまんだ。
「すまなかった……若ぇのに色々あったんだな」
めちゃくちゃいい人なんじゃないかこの人。多分この人の中では、俺が天涯孤独の身になった悲劇の青年になっているぞ。
「家族の名前ごと背負って生きて行こうなんて、大した心意気じゃねぇか」
気に入った、とばかりにヤマトさんは俺の肩に手を回した。よし、もうこのままの設定でいこう。
「俺もひとつの組の親だ、家族想いの奴は歓迎するぜ」
家族がいなくなったのは全くの嘘ではないが、いささか罪悪感が芽生えてきた。
「ヤマトさん、新入り?」
「おう、イオリってんだ。可愛がってやってくれ」
すれ違いざまに、こんなやりとりが既に何度も行われている。ヤマトさん、かなり人望があるようだ。
「顔が広いんですね」
「まぁな、でも偉いんじゃねえ。やるべきことをやってるだけだ」
俺には彼の眼差しの正体が、なんとなくわかる気がした。自分の仕・事・に誇りを持ってこだわる、職人の目だ。俺にもいつかこんな眼ができるだろうか。
彼の服装や復興衆というワードから察するに、彼らは建築系の寄合なんだ。話を合わせてみよう。
「今回の被害は酷いんですか?」
「比較的いい方だ。ヒヨリちゃんがすぐに乖獣ディソナンスやっつけてくれたからな。死人もいねぇ」
酷かったら俺も出張ってるしな、とヤマトさんは付け加えた。
「中継見たけどお前ん家、ぶっ壊れてなかったか?」
「ベランダが吹き飛びましたね」
「そんくらいなら来週には直ってるな」
そんなに早いのか?大袈裟に驚くと変に思われるだろうから、そうですねとだけ答えた。いや、待てよ。勝手に直っているような言い草じゃないか。
「俺全然金ないんですけど、修理代って……」
「まだ気が動転してんのか?乖獣ディソナンスの被害は保険だろ全部」
怪獣の出る世界はそれに合わせた経済と福利厚生があるんだな。ひとつ言えることは、日本から来た俺は絶対にその保険に入っていないということだ。
知識もなければ、社会保障も金もない。かなりハードモードなんじゃないか今の状況は。
俺はスマホを少しポケットから覗かせて、画面をチラッと見た。せめて何か情報を集める手段を用意しなくては……圏外だった。そもそも、この世界の電気や電波が同じ仕組みかすらわからない。
「すげぇ汗だな、先に医務室行くか?」
「大丈夫です!疲れてただけで!」
「そうか!」
ヤマトさんが素直な人で良かった。広場を抜けて、俺たちは農園らしき場所にさしかかった。
通常の野菜が土に植った畑、というかんじではなく、縦型のプランターのようなものが地面に据えられている。スペースに対しての栽培効率を上げているのだろうか?
あまり詳しくないが、季節感のバラバラな野菜が育っているように見える。現代日本より少し技術が発達しているのかもしれない。いずれにせよ、食事に困ることはなさそうだ。
「ここを抜けたら本館がある」
ヤマトさんが指差す方向を見ると、凹凸のない円筒形の建物が連なっていた。堅牢そうだが奇妙な外観だ。窓もガラスが嵌っているというよりは、潜水艦や飛行機のそれに近いビルトインだ。
「じきに消棟だから、今のうちに寄宿に入っておきな」
「しょうとう?」
「夜間は建物自体を地中に隠すんだよ」
なるほど、防衛の為に工夫がされているんだな。格納しやすいように角や出っ張りのない形なのか。感じている場合ではないが、かなりロマンがあるじゃないか。
「消棟後は出られないんですか?」
「そんなことはねぇが、民間人は手続きがいるな」
家よりは遥かに安全そうだが、自由が効かなくなるのか。生活と服造り、ヒヨリとの秘密……二拠点ある方が都合がいいか。




