第11話
老婆の元でめぼしい材料を買い込み、ヒヨリと共に自宅へ戻った。数日しか空けていなかったが、随分久しぶりに感じる。窓は相変わらず壊れたままだが、風通しがよくていいだろう。
ヒヨリが所在無げに立ったままだったので、この部屋唯一の座椅子へ座らせる。客がくる想定を全くしていないので、不思議な感覚だ。
「狭くて悪いな」
「ううん。椅子、いいの?」
「俺はなんだっていいよ」
ヒヨリに口の開いてないお茶のボトルをそのまま渡した。洒落たグラスもないしこれでいいだろう。
「すごいね、服を作るためだけの部屋みたい」
「実際そうなんだ、生活スペースはほぼベッドだけ」
俺の部屋は大きな作業机と服の材料、今までの作品や資料でほぼ埋まっている。空いた部分にベッドとミニテーブルが肩身狭そうに押しやられている。
「やっと出られるパル」
パルファムはベッドに寝そべっている。おそらく妖精的な何かで、毛は着かないだろうから許す。
「むさ苦しい割に匂いは嫌いじゃないパル」
「人の寝具を嗅ぎ回るな」
たしかにこんなところに女の子を招くのは憚られるが、そうも言ってられない。テーブルを挟んでヒヨリの向かい側の床に座った。
「どんな服がいいかな」
「やっぱり可愛いのがいいな」
ヒヨリは照れているような、サンタを待つ子供のような素朴な調子で答えた。求める機能性について返ってくると思っていたが、最初にそれが出るのは意外だった。
「最大限努力するよ。何か魔法少女目線でこう、戦いやすい服の特徴はあるか?」
「うーん、魔装束のことはあんまり詳しくないからなぁ」
ヒヨリは腕を組んで考え込んでいる。確かに、ユーザーが設計やデザインについて詳しいことの方が少ないか。
「わたしはシュン!と動きたいかな。武器もレイピアだし、キュキュ、シュン!だよ」
「わかった、ヒヨリは感覚派なんだな」
ヒヨリは身振り手振りで説明してくれた。
おそらく、機動性と追従性が高いものを求めているんだと思う。あの日見たヒヨリの戦闘を思い返す限り、それが合っているようにも感じる。
「でも、イオリさんがこれだって思うものなら信じるよ」
「ありがとう、けどしっかりヒアリングした方が——」
「わたしは、自分のことを好きになれる服がほしい」
ヒヨリは少しだけ眉を困らせたまま笑っていた。
そうか、魔装束だって服なんだ。初心を忘れかけていた。パルファムは精神も周波数に関わると言っていたな。
「あのセーラー服、なんで気に入ってくれたんだ?」
「魔法少女になってから学校行ってないから、嬉しかったんだ——自分で決めたことなんだけどね」
老婆の言っていたことが頭をよぎる。魔法少女にも、事情があると。
「そうか、一人で頑張ってたんだな」
魔法少女は多くの人を助ける。そこに何か思惑があろうがなかろうが、事実彼女たちはヒーローだ。そして、ヒーローを助ける存在はそういないものだ。
彼女らを強くする服はなんだろう、俺は要素ばかり考えていた。でもきっと、あんな化け物達と戦っていく決意をした人間はその時点で強いんだ。周波数という稀な力を持っている。
本当に必要なのは、自分を信じる力だ。自分に似合う、使いやすい服を着て、心まで武装するのだ。
「家でも脱ぎたくないくらいのを作るぞ」
「うん!」
「よし、まず脱いでくれ」
パルファムが瞬間移動して来たかのようなスピードで、俺の顔面に蹴りを入れた。
「採寸するってことだよ!言葉足らずで悪かった!」
「ちょっとドキっとしたよぉ」
「厳戒態勢で見張っておくパル」
服作りに必要で、なんでもない作業なのにパルファムのおかげでかえって俺も意識してしまうじゃないか。
「あるなら手袋をしろパル」
「ないよ……。それに、服にかけてはいつだって真剣だと思って信用してくれ」
「わたしは大丈夫だよ」
ヒヨリは上着を脱ぎ、キャミソール1枚になった。俺のジャージも履かせて、スカートも脱いでもらう。俺はヒヨリに真っ直ぐ立つよう伝えて、巻き尺を手にした。
「完璧にしたいから、少し時間がかかるぞ」
「うん、お願いします」
人間の身体は左右対象ではない。片側だけ測って作ることもできるがヒヨリの専用服第一号だ、妥協はしたくない。完全な実数値で全部位を計測する。
「身長は……百五十八センチだな」
「やった、伸びてるよ!」
「ヒヨリが日々牛乳を飲んだ成果パル」
ひとつひとつ、確実に計測していく。強く、大きく見えた背中も数字にしてみればなんて華奢なんだろう。この肩に背負うには、重すぎる責務だ。
「みゅっ!?」
「大丈夫か?」
「うん、くすぐったくて」
「震えてるのかと思った。もう少しで終わるから」
ヒヨリの等身大マネキンを作れる程度には計測できた。めらめらと創作意欲が湧いてくる。
「よし、もう服を着て大丈夫だ」
「こんなの初めてだから緊張しちゃった」
そういえばパルファムは結局大人しくしていたな。こちらとしては結構なことだが。
「……あんな真剣な顔してたら邪魔できんパル」
「ありがとよ」
材料も揃ったし採寸もできた。あとは俺の戦いだ。どれくらい時間がかかるかは正直予測できない。納得いくまで、最速で最良の出来にしよう。
「イオリさんは製作に集中して!出掛けてくる!」
「どこへ行くんだ?」
「食べるものとか、応援グッズ買ってくる!」
あっという間に、ヒヨリはベランダから飛び立った。家には全然備蓄もなかったし、とても助かる。ここまでしてもらったからには、やり遂げないとな。
ざっくりしたデザインのスケッチをしていると、サンタクロースのように袋を抱えたヒヨリが戻ってきた。
袋を覗くと、カップ麺や冷凍食品、ドリンク剤や湿布なんかまで大量に詰まっていた。山籠りだってできそうだ。
「作ってあげられたらよかったんだけど、あんまり料理得意じゃなくて」
「充分すぎるよ、本当にありがとう」
これなら全てのリソースを製作に注げる。完成まで篭りきりでやろう。
「時々様子見にくるね」
「悪いな、何から何まで」
「わたしも頑張るからね!」
「ああ、無事を祈るよ」
一人で集中したいだろうからとヒヨリは気を利かせてすぐに出て行った。俺はヒヨリの姿が見えなくなるまで、ベランダから彼女を見送った。少しでもヒヨリの印象を脳内に残しておきたかった。
あとはイメージを具現化するだけだ。短い付き合いではあるけど、ヒヨリという存在の輝きをたくさん見たと思う。それを手繰り寄せるのが俺の仕事だ。カーテンを閉め、部屋と卓上のライトを灯す。
ヒヨリを強くするんじゃない、ヒヨリが自分は強いと信じられるビジョンを顕現させる。
目を閉じて、大きく空気を吸う。息が保つ限り深く、深く潜るんだ。脳よりもっと奥、心の底まで。
ヒヨリという概念の世界をここに構築する。髪の毛一本まで、彼女の美しさを漏らさぬように。
——憧れ、かな。
一本の桜を前に、ヒヨリが溢した言葉だ。その声色と表情は、こどもがお姫様や宇宙飛行士へ向けるそれとは違っていた。
ヒヨリが言うそれは、自分から最も遠い願いのことなのだと感じる。希うように彼女の中へ生まれた決意が、輝きの根源なんだ。
目を閉じていても煌めくあの光へ手を伸ばす。これが俺の想う、ヒヨリの魂。
この世界に移ってきてから俺の感覚が少し変化していることに気が付いたのはどのタイミングからだっただろうか。それまで服に触れたときにはなかった感覚。ヒヨリのイメージとともに自分の中の五感とは違う何かがはっきりとつながって、光となる。これが俺に備わっている装師としての才能というやつなのだろうか。
手の中でゆらめくその光は、あどけない温かさを放っている。揺らぎへ目を凝らすと、モノクロのシルエットが垣間見える。
一本の樹と、二つの人影。これは、墨染めの——。
「——ハァッ」
現実へ引き戻った。今の俺が潜れるのはここまでのようだ。
だが、虚空へ輪郭が生まれた。イメージをつかめた今、あとはこれを実在へと向かわせるだけだ。俺は鉛筆を手に取り、一気にデザインを書き上げる。
しかしこれがスムーズに行えたとしても、非常に繊細で泥臭い作業が待っている。型紙作成だ。平面に起こしたビジョンを、立体の現実へステージを上げる。
俺は綿布のロールを引っ張り出し、作業机へ広げる。まずは安価な布で仮型を作成し、試着と調整を繰り返してからが本番だ。
俺の設計思想とヒヨリのなりたい姿、デザインと実用性を織り込んでいく。煩雑で頭を使う、忍耐力のいる区間だ。服作りは結果こそ華やかだが、その一瞬のために他九十九%は極めて地道な作業で埋め尽くされる。
しかし、俺の心は踊っていた。これから創るのは人生をも左右する服だ。俺が見た輝きとヒヨリのそれが、同じものであれば心から嬉しい。
続いて平面から立体へ起こす際の各部の寸法を計算、布面積に対してどう切り出すのが最大効率かの計算をしていく。ヒヨリが大枚叩いてくれた貴重な魔導繊維だ、ロスは最小限に。
「イオリさん」
夢中で型紙を切っていると、視界が歪んできた。幻聴までしてくる。今いい所なんだよ。
「イオリさん!」
肩を揺すられた。振り返るとヒヨリとパルファムが心配そうにこちらを見つめている。
「本物だ。どうした、忘れ物か?」
「様子を見にきたんだよ、大丈夫?」
「すごくいいかんじだよ。仮縫いしたら試着してくれ」
「服じゃなくてイオリさんが!」
ヒヨリは俺を机から引き離し、座椅子に押し込んだ。すごい剣幕じゃないか。
「イオリ、あれから大体30時間経ってるパル」
「置いてったご飯減ってないよぉ!」
「え、本当か?」
何も食わずにずっと机にしがみついていたらしい。道理で目が回るわけだ。
「頑張ってくれるのは嬉しいけど、無理したらだめだよ?」
ヒヨリが俺の肩へブランケットをかけてくれた。気を抜いた途端、猛烈な空腹感が襲ってくる。
「いきなり食べたらお腹がびっくりしちゃうから、ゼリーのやつ飲んで?」
パックのゼリー飲料を手渡される。手が震えて開けにくいが、力任せに捻って一気に飲み干す。
「他にしてほしいことある?」
「大丈夫、ありがとう。後でちゃんと食べるから——」
意識を取り戻すと、ベッドの上だった。ヒヨリが来て、座椅子に収まったところまでしか記憶がない。寝落ちした俺を、ヒヨリがベッドへ運んでくれたのだろうか。
視線を脇へ向けると、ベッドに突っ伏す格好でヒヨリが寝ていた。ずっと見守ってくれていたのか。
「パルファム、いるか?」
「やっと起きたパルか」
「ヒヨリが寝てても動けるんだな」
パルファムが姿を現す。俺はどれくらい寝てたんだろう。
「五時間くらいパル。もっと寝たかったらヒヨリを起こして帰るパル」
「充分だ。この後の工程はヒヨリがいないと進まないから、いてくれると助かるんだけど……」
「パル。それまでヒヨリを寝かせてやってほしいパル」
俺はできるだけ揺らさないようにヒヨリを抱えて、ベッドへ寝かせた。結局迷惑をかけてしまった、今日からは体調管理もしっかり自分でしよう。




