第9話:歩みをとめない狂信のアイドル
普通の人間なら、太ももを銃で撃ち抜かれればその場から一歩も動けなくなる。激痛と筋組織の破壊で、膝から崩れ落ちるのが生理現象というものだ。
けれど、今の私――ルナは違う。
「ん……ちょっと風が冷たいかな」
お気に入りの地雷系ファッションに身を包み、私は平然と歌舞伎町の雑踏を歩いていた。
数時間前の戦闘で、左の太ももには綺麗な貫通穴が穿たれている。一歩踏み出すたびに、骨まで響くような劇薬級の激痛が全身を駆け巡る。血の止まりにくいO型の肉体から、じわじわと赤が滲み、黒のニーハイソックスを湿らせていく。
さらに、前回の戦いで自ら撃ち抜いた左腕の大きな穴も、病院で縫合することすら拒み、ただ白い包帯をきつく巻きつけただけだ。三角巾で吊ることすらせず、あえて力なくダラリと下ろしている。
前世の「痛がりな自分」なら、狂死していてもおかしくない苦痛の嵐。
それを私は、冷徹な殺し屋としての美学と、神様から貰った『酷使耐性』、そして「傷だらけで最高に可愛い女の子」であり続けたいという執念だけで、完全に抑え込んでいた。
表情ひとつ変えず、背筋をピンと伸ばして歩く。この「普通じゃない歪み」こそが、私の快感だった。
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「あ! ルナちゃん!!」
カフェのテラス席から、甲高くて甘い声が響いた。
声をかけてきたのは、以前路地裏で柄の悪い男たちに絡まれていたところを、私が気まぐれに助けてあげた地雷系の少女たちだ。彼女たちは私が裏社会の殺し屋であることを知っている。
「やっぱりルナちゃんだ! ねぇねぇ、こっち座りなよー!」
「今日もめちゃくちゃ可愛い……って、えっ……!?」
駆け寄ってきた少女たちが、私の身体を目にして息をのんだ。
だらりと下がった左腕の痛々しい包帯。そして、ミニスカートの裾から覗く太ももに、新しく増えた生々しい傷跡と、薄っすら滲む赤いシミ。
「ルナちゃん……また戦ってきたの……? その腕と脚、絶対ヤバいよね……!? 普通歩けないよ……!」
「ううん、大したことないわ。ちょっと掠っただけ」
私は鈴を転がすような声で微笑み、何でもないことのようにカフェの椅子へ腰掛けた。
左脚に重みが乗る瞬間、脳が焼けるような激痛が走る。けれど、私の青い瞳は一点の揺らぎもなく、完璧な「冷静な美少女」を演じきってみせる。
「うそ……だって、血が出てるよ……? なのに、なんでそんなに平気そうなの……?」
少女たちは、震える手で私の傷口を見つめ、それから私の顔を見上げた。
彼女たちの瞳に浮かんでいるのは、恐怖だけではない。
圧倒的な暴力の世界に身を置き、体中穴だらけでズタボロになりながらも、どこまでも美しく、凛と立ち続ける私に対する「狂信的な憧れ」だ。
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「ルナちゃんって、本当に本物の殺し屋なんだね……カッコよすぎるよ……」
「私達を守ってくれた時もそうだけど……痛くないの? 怖くないの……?」
「痛くないわけないじゃない」
私はストローでタピオカミルクティーを上品に口へ運び、ふっと儚げに目を細めた。
「でもね、私には守りたい美学があるの。だから、これくらいの傷で立ち止まるわけにはいかないわ」
「はぁぁ……凄すぎる……まるでアニメのヒロインみたい……」
少女たちは頬を染め、うっとりとした表情で私を囲む。
彼女たちにとって、傷だらけで冷徹な私は、どんなファッションモデルよりも危険で美しく、完璧な「憧れのアイドル」なのだ。
(あはっ……最高……っ!)
激痛に耐えながら、私の心の中では狂おしいほどの歓喜が渦巻いていた。
体中穴だらけで、本当は今すぐ倒れ込んで叫び出したいほどの激痛の中にいる。それなのに、誰よりも可憐に、誰よりも涼しげな顔で、地雷系の友達とパンケーキを食べているのだ。
自分の身体を徹底的に酷使し、その残酷なギャップで周りの女の子たちから熱狂的な憧憬の視線を浴びる。
「ルナちゃん、今度私にも護身術教えてよ!」
「ふふ、いいわよ。でも……私のやり方は、少し過酷かもしれないけれどね?」
痛みを甘美な蜜のように噛み締めながら、私は可憐に微笑み、少女たちとの歪んだ「平和な日常」を心ゆくまで堪能したのだった。




