第3話:貫通する美学、止まらない朱(あか)
「はぁ……はぁ……っ」
冷たいアスファルトの上、手当て用のピンセットを握る私の指先は、情けないほどに震えていた。
前世の私は、少しの擦り傷で大騒ぎするほどの「痛がり」だったのだ。今の私には神様から貰った『酷使耐性』があるとはいえ、痛覚そのものが消えたわけじゃない。肉体を襲う激痛はそのまま脳へ届く。前世の貧弱な精神が、その圧倒的な痛みに恐怖して悲鳴を上げそうになる。
おまけにタチが悪いことに、このルナの身体の血液型は、前世の私と全く同じ「O型」だった。
一度大きな傷を負えば血が止まりにくく、失血死の危険が常に付きまとう。女の子の華奢な体にとって、文字通り一滴の血が生死を分ける致命傷になりかねない。
「……ダメ。取り乱したら、最高の女の子が台無しじゃない」
深呼吸をして、荒れる呼吸を無理やりねじ伏せる。
私が目指すのは、どんな凄惨な状況でも凛として、冷徹に、美しく微笑んでいる「冷静な女」だ。痛みに涙を流して震えるなんて美学に反する。前世のヘタレな自分を執念で抑え込み、冷徹な殺し屋の表情を仮面のように貼り付けた。
---
次の依頼は、路地裏での至近距離からの銃撃戦だった。
敵の放つサブマシンガンの銃弾が、夜風を切り裂いて私の頭部や胸元へと肉薄する。
普通なら、超人的な身体能力をフルに活かして高速で回避するところだ。しかし、これまでの経験から私は知っている。音速を超える弾丸に対して無理な超高速回避を試みると、肉体が弾道を中途半端にかすり、かえって弾頭が体内に 変形して留まりやすくなってしまう。
血の止まりにくいO型の私にとって、体内で弾丸が弾け、血管や内臓をズタズタに荒らされる居残り弾は、手当ての手間も含めて最悪のシナリオだ。
「だったら――」
私はあえて、速度を落とした。
迫り来る弾丸の軌道を冷静に見極め、あえて避けない。
ドシュッ!
鈍い衝撃と共に、一発の銃弾が私の左胸のすぐ上――心臓のわずか数センチ横の肉を捉えた。
並の人間なら絶叫する激痛。しかし私は、身体能力で肉体の防衛本能を制御し、弾丸の進行方向に合わせて自ら肉体を「滑らせる」ように迎えた。
肉を裂き、骨の隙間をすり抜け、弾丸は私の背中へと綺麗に突き抜けていく。
「あはっ……綺麗に通った……っ」
ドクドクと溢れ出る赤い血。急所を紙一重で外され、前後に綺麗な「穴」を開けられた私の肉体。
高速で避けるのをやめ、あえて急所の近くであっても『確実に貫通させる』。それだけの圧倒的な思考の余裕と、痛みをねじ伏せる執念。
背後に立つ敵は、弾が命中したにもかかわらず、一歩も退かずに不敵な笑みを浮かべる金髪ボブの少女を見て、恐怖に顔を歪ませた。
「化け物……! 心臓を撃ち抜いたはずだぞ!?」
「惜しいわね、ちょっとズレてたわ。……じゃあ、お返し」
溢れる血を上品に手で押さえながら、私は左手で銃を構え、引き金を引いた。
ボロボロになりながらも、どこまでも冷静に敵を蹂躙する。この圧倒的なギャップと美学こそが、今の私を最高に輝かせるスパイスなのだ。




