第4話 迎えに来るって、言ったのに
初めての冒険の後、私はアルトと二人で村まで帰った。
夕方になり、日も暮れ始めていたが、ノアが家の前で溜まった雪を足で蹴って、私のことを待っていた。
ノアの頬は寒さのせいか赤くなっていて、私は慌ててノアの元まで走った。
「ノア!」
「ミアねぇね!」
ノアは私に飛びついた。私も可愛い妹をぎゅっと抱きしめる。ノアからは冷たい雪の匂いがした。
胸の奥に、まだ森の出来事が残っていたけど、ノアを抱きしめたら、ちゃんと家に戻って来られたという実感が湧いた。
「もう、ノア。ほっぺが真っ赤じゃない。いつから外にいたの?」
「だって……ねぇねがいないと寂しいんだもん」
一日いなかっただけなのに、ノアは頬を膨らませてむくれている。
私は、そんなノアが愛おしくて、またぎゅっと抱きしめた。
「妹か?」
後ろからアルトの声がして、私は振り返る。
「そうなんです。妹のノアです。ノア、挨拶して」
「……」
ノアは私の陰からアルトを見て、きゅっとローブの裾を掴むと、そのまま隠れてしまった。
「ごめんなさい。この子、村から出たことがないから、恥ずかしいみたい」
「大丈夫。気にしてない」
アルトは静かに首を振った。
「ミア……」
アルトは、かぶっていたフードを手で外した。彼の髪が夕日の色に染まる。
そっと優しく、アルトは屈んで私の両手を取った。
逆光で陰になったアルトの顔はどこか寂しさが滲んでいた。
「少し、片づけなければいけない用事があるんだ」
「はい……」
「それが片付いたら、必ず君を迎えに来る。だから、ミアも、俺とのことを考えておいてほしい」
私はアルトの言葉に息を飲んだ。
「……それじゃあ」
アルトは私から離れようと、一歩後ろへ下がったが、ふと動きを止めてから、私の右手の甲にキスを落とした。
私はアルトのキスで、体が完全に石になってしまったみたい。きっと顔だけじゃなくて、耳まで真っ赤になってしまっている。
アルトはそんな私を見て、ふっと笑ってから、夕日の中を帰っていった。
「ねぇね、『迎えに来る』って、プロポーズ?」
ノアの言葉に胸が苦しくなった。
私はノアをぎゅっと抱きしめて、心を落ち着かせた。
* * *
「……はぁ」
アルトと出会ってからというもの、私の頭の中はアルトのことでいっぱいだった。
朝、顔を洗って鏡を覗く。そこに映る自分の瞳を見ると、「吸い込まれそうだった」と言ったアルトの顔が脳裏に浮かんだ。
アルトの笑った顔。
冬の空みたいな瞳。
綺麗な髪の毛に優しいしぐさ、手の甲に落としたキスの感触。
全てがことあるごとに思い出されて、正直仕事が手につかなかった。
庭先で洗濯ものを干す手が止まる。空を見上げるとアルトのことを思い出して、またため息が出た。
「ノア。ミア姉ちゃんは最近ため息ばっかりだね」
近所に住む、ノアの友達の女の子が遊びに来ていた。ノアと一緒に雪を押し固めて、ウサギを作っている。
「ねぇねは王子様にプロポーズされたんだよ」
「え!? 王子様!?」
「うん!」
ノアは得意げに友達に自慢している。
「じゃあ、ミア姉ちゃんはお姫様になるってこと!? すっごーーい!!」
「こらこら、君たち。勝手なこと言わないでくれる?」
私は大興奮の妹たちをたしなめた。
「えー? でも、ねぇねは、あの王子様と結婚するんだよね?」
「そ、そんなこと、まだ分からないわよ……だって、あれから一ヶ月たつし……」
あの日から、もう一ヶ月が経っていた。
私は毎日、アルトのことで頭がいっぱいなのに、もしかしたらアルトは、私のことなんてもう――忘れてしまったのかもしれない。
迎えに来るって言ったのに……
私は、鼻の奥がつんと痛くなった。
よくよく考えてみると、出会ったその日に結婚を申し込まれるのもおかしな話だ。都会の男にからかわれていただけなのかもしれない。
真偽のほどを確かめようにも、私はアルトが冒険者であること以外、何も知らなかった。
歳はいくつなのか、普段はどこに住んでいるのか、家族はいるのか。
もう、アルトを知らなかったころには戻れないのに、ただ待つことしかできないのが、もどかしい。
私はさっきより長い白いため息を青い空に向かって吐き出した。
「手、しもやけになっちゃった」
ノアの友達は手袋を脱いで、真っ赤になった手をノアに見せた。
「貸して、ノアが治せるよ」
ノアが友達の手に自分の手を重ねると柔らかい光が手と手の隙間から漏れた。
「わぁ、ミア姉ちゃんみたいだね!」
友達がノアを褒めると、ノアは得意げに胸を張った。
「ごめんください」
妹たちがさっとこちらに走ってきて、私のローブの裾に隠れた。
私は物干しざおに干したシーツの陰から出て、声のした方を見る。
我が家のフェンスから黒いマントの男がこちらを覗いて、にんまりと微笑んでいた。




