第5話 プロポーズ
「こ、こんにちは…… 失礼ですが、どちら様ですか?」
私は、妹たちの頭を両手で押さえ、黒いマントの男とは距離を取ったまま話をした。
「あぁ、失礼いたしました。私、教会の者でございます」
男はマントの中から首にかかったロザリオを取り出し、私に見せた。ロザリオには七芒星の形をした銀色のペンダントが付いている。
教会……
父さんと母さんは、いつも教会とは距離を置いていたことを思い出し、私は身構えた。
「教会の方が何の用ですか」
「あなたを迎えに来たのです。ミアさん」
私の名前を、男はためらいもなく呼んだ。
「迎え? どういうことですか?」
「おや? もしかして、ミアさんは、教会を詳しくご存じない?」
男は不思議そうに首を傾げた。
「教会は癒しの力を持つ乙女――つまり聖女の教育、派遣を行う団体でございます。アウレリア王国の法律では、聖女は皆等しく、教会に所属しなければいけないことが決まっているのですよ」
「そ、そんな話、聞いたことがありません」
男はふふっと笑った。
「まぁ、田舎ではそういう方も時々おられます。なので、私のような教会の人間が定期的に地方を回って、聖女を探しているのです」
私は喉が渇いて、唾を呑み込んだ。
「ここ一ヶ月ほど、ミアさんのことを観察させていただきました。あなたは『治癒術』が使える。しかももっと高度な『浄化術』まで。違いますか?」
ノアがぎゅっと私のローブの裾を掴んだ。私はノアを見る。
この男は、たぶんノアの力には気が付いていない。
男の口ぶりから、私はそう判断した。
「二人とも、家の中に入っていなさい」
「で、でも、ミアねぇね」
ノアの瞳は不安そうに揺れていた。
「大丈夫だから、ほら、行って」
ノアはためらう素振りをしたが、友達の子が機転を利かせて、家の中まで引っ張っていってくれた。
「失礼しました。妹達には難しい話でしたので。それで、あなたは私にどうしろというのですか」
男は満足げに頷く。
「あぁ、話が早くて大変ありがたい。ミアさんには、ぜひ、私たち教会の傘下に入っていただきたい。一緒に王都の教会まで来ていただきたいのです」
私は、両手でエプロンを握りしめた。
「私はこの村での暮らしが気に入っています。村を離れるつもりはありません」
「先ほども申し上げました通り、アウレリア王国の聖女は、全員、教会に所属しなければいけないことが法律で定められています」
男は貼り付けたような笑顔を崩さなかった。
「従わないと……どうなるんですか」
「そうですねぇ。この土地の領主に報告いたします。聖女を隠すことは、聖女の保護者、つまりあなたのご両親の罪となります。領主が兵を連れて、あなたの両親を捕らえることになるでしょう」
「そんな――」
私は、父さんと母さんが兵士に捕まるところを想像すると、全身から血の気が引いた。
「あぁ、ご安心ください。私は何も、ミアさんのご両親を犯罪者にしたいのではありません。おそらく、ミアさんのご両親も、きっとミアさんと同じように報告の義務を知らなかっただけなのでしょう」
男は、そっと我が家の庭へと一歩、足を踏み入れ、ゆっくりと私に近づいた。
「どうか、ご両親にこのことをお話ください。私は、また一週間後に参ります。その時には、王都へ向かう準備が整っていると信じています。それまでに、家族との別れを済ませておいてください」
男が不気味な色白の顔でじっと私の顔を覗き込んだ。
私はただ、男の顔を見ながら震えることしかできなかった。
* * *
「今すぐにポンコ村を出よう」
仕事から帰ってきた父さんと母さんに、今日のことを話すと、父さんは間髪を入れずに言った。
ノアは状況が呑み込めないのか、父さんや母さん、私の顔を交互に見る。
母さんは、父さんの言葉に固く頷いた。
「そうね。そうしましょう。ミア、ノアと一緒に荷物をまとめて」
「待って! 逃げるって、どこに逃げるの?」
私の問いに、父さんと母さんの動きが止まる。
「どうして、そんなに教会を避けるの? 私は、家族が捕まるくらいだったら、教会に行ってもいいと思ってる」
「……教会は……聖女を徹底的に管理するの。どこで仕事をするか、誰の怪我を治療するか……決定権は全て教会にある」
母さんはゆっくりと話し始めた。
「教会は正しい善意の団体なんかじゃない。金の用意できない人間には絶対に聖女の力を貸したりしない」
母さんは、まるで思い出したくないことを口にするかのように額に手を当てる。
父さんはそんな母さんの肩を抱いた。
「私……それでもいい。父さんと母さんが捕まるくらいなら、なんでもする!」
「簡単に言わないで! それに、教会に所属した聖女は、結婚だって自分の意思ではできなくなるのよ? 私の友達は教会のやり方に反発して……隣国の貴族の年寄りに売られるみたいに嫁がされていったわ! あんなの奴隷と一緒よ!」
母さんは泣いていた。萌黄色の目からは、堪えきれない涙が流れていた。
「それでも、私は行く。私がうまくやれば、ノアのことは見つからずに済むかもしれない。私が教会にノアのことを聞かれても、『ノアには力はない』って説明できる。私、絶対にうまくやるわ」
私は駆け寄って、母さんの涙をぬぐった。
「……だから、泣かないで、母さん」
「ミア……」
コンコンコン。
玄関の扉をノックする音がした。
家族みんなが息を呑み、父さんは私たちを庇うように後ろへ下がらせた。
父さんは恐る恐る扉に近づき、少しだけ扉を開け、驚きの声をあげた。
「お前……いつかの冒険者か」
「お久しぶりです。良ければ、中へ入れていただけませんか」
「今、少し取り込んでいる」
「教会のことなら知っています。私なら、あなたたち家族を助けられる」
この声——アルトさんだ!
扉の外にいる人物の姿は見えなかったが、その低い声で、私はその人物がアルトであることに気がついた。
「アルトさん!」
私は父さんの横まで駆け寄って、扉の外を見た。
「ミア……会いたかった」
扉の外にいたのは、間違いなくアルトだった。
だけど、格好が私の知っているアルトとは全然違った。
「え……どうして、そんな格好をしてるんですか?」
「あ! こら、ノア!」
母さんの静止を聞かずにノアが私の足の横をすり抜けて、アルトの足に抱き着いた。
「やっと、ねぇねを迎えに来てくれた! ……あれ? 王子様、今日は本当の王子様みたい!」
ノアが驚くのも無理はない。だって、今日のアルトの恰好はいつもの冒険者の恰好ではなく、濃紺のロングコートを身にまとい、前髪はあげられ、きっちりとセットされていたからだ。
馬の嘶きが聞こえた。
アルトの後ろ。我が家の前に四頭引きの馬車が止まっていた。馬車には金色の鷹を紋章が装飾されている。
「これをどうしても、自分の手でミアのご両親に渡したかったんです」
彼の手には、馬車の装飾と同じ鷹の家紋が蠟封された、封筒が握られていた。
「ミア」
事情が呑み込めず、声が出ない私の目をアルトは熱っぽい視線で見つめた。
「結婚してください。君を迎えに来ました」
この時、まだミアは知らなかった。
これが、物語の終わりではなく、ミアの運命の始まりだということを。
第一章 完
こんにちは! ポムの狼です!
いつも読みに来てくださる読者様、新規の読者様、仲良くしてくれている作家友達の皆様、『灰色の聖女』を読んでいただき、ありがとうございます!
こちらカクヨムで開催されました、第2回めちゃコミック×LScomic×カクヨム漫画原作コンテストの【王道恋愛】部門に挑戦したお話でございます。
残念ながら落選いたしましたので、なろうにも投稿してみました(/・ω・)/
漫画原作コンテストということでしたので、だいたい単行本一冊分のイメージで五話の短編にしてみましたが、いかがでしたでしょうか? 上手くいってますか?
続きは投稿するかもしれませんし、しないかもしれません。ぜひ続きが読みたいよ!――という方はお星さまをください。重い腰が上がるかもしれません(笑)




