第3話 光る瞳と、隠された金色
『教会の聖女』——母さんがかつて、教会の聖女だったという話は、私も聞いたことがあった。
私の怪我を直す『治癒術』や瘴気を祓う『浄化術』の方法は、母さんから習ったものだった。
教会がいったいどんな物なのか、母さんや父さんに聞いたこともあったけど、二人は決まって、「知らなくていい」と言うだけだった。
考え事をしていて、返事を返さない私の顔を、アルトはまた覗きこんだ。
「あ、ごめんなさい…… 私は教会の聖女ではないです」
「治癒術や浄化術はどこで覚えたんだ?」
「母に習いました。あ、母に習ったことは内緒にしてください。母は人にその事を話すのを嫌がるんです」
「そうか……すまない。ズケズケと聞きすぎたな」
アルトは、それ以上私に、教会の話や力の話を聞くことはなかった。少し空気が重くなってしまった。
* * *
森に着くと、私はすぐに鼻を押さえた。
「どうかしたか」
「アルトさんは感じないんですか?」
鼻を刺すような刺激臭を感じ、頭がじんと痛む。しかしアルトの表情は変わらなかった。
「すまない。俺には分からないみたいだ」
「……母に聞いたことがあります。瘴気が溜まっている場所の匂いは、聖女にとって毒だと」
私は浄化術を使って、自分の周りに薄い光の膜を張った。幾分か、匂いもましになった気がする。これなら先に進めそうだ。
「念のために、アルトさんにもかけておきますね。瘴気は人にも害がありますから」
母さんの話では、瘴気には不運な出来事を招いたり、生き物の負の感情を増幅させる力があるらしい。
だから、瘴気の黒い靄が見えたら、こまめに祓うことが力を持つ者の務めである――と母さんには教えられていた。
私は、自分にしたのと同じように、アルトの周りにも浄化術の膜を張った。
「ありがとう。不思議だ……なんだか、空気がうまく感じる」
森の奥に進むにつれ、目に見えて黒い靄が濃くなってきた。
ここまで来るとアルトにも靄が見えるようで、剣の柄に手を当てる。
「……一度、祓います。このままだと、良くない」
私はいつも使っている浄化術の何倍もの力を胸の奥から引っ張り出した。
私の体から、柔らかい光がゆっくりと森の中へ広がっていく。
「すごい……こんなに広範囲を浄化できる浄化術は初めて見た」
アルトが森の空気を大きく胸へ吸い込んだ。心なしか、目が潤んでいる気がした。
「ミア、目の色が――光ってる」
アルトがじっと私の目を見つめる。急に距離が近づいたから、集中が途切れて、術も止まってしまった。私は両手で自分の頬を包んで、アルトから視線を外した。
「あ、気にしないでください。昔からです。強力な術を使うと、なんでか目が光るらしいんです。母もそうなので、遺伝なんだと思います。気持ち悪いですよね?」
「違う。すごく綺麗だった。吸い込まれそうだったよ」
私はアルトの言葉にポンと頭から煙を出した。
この人はどうしてそういうことを平気で口にするのだろうか。
「……恥ずかしいので、見ないでください」
そんな私の反応を見て、アルトはくすくすと笑った。
大人の余裕ってやつだろうか。私ばっかりドキドキしている気がする。
「そ、そんなことより、アルトさん。さっき浄化術を使っていた時、あっちの方に違和感がありました。目的の魔物かもしれません」
アルトは再び剣の柄に手を当てて、「分かった」とだけ答えた。
二人で違和感のあった方へと進んでいくと、森の茂みが音を立てた。
「下がれ、ミア」
アルトが剣を抜く。
私はすぐに術を使えるように手を組み、胸の中に力を循環させた。
ピギィィィィィ!!
茂みから飛び出してきたのは、黒い靄に全身を呑み込まれた生き物だった。
四足の足と大きな体。口には長くて大きな二本の牙が見える。目は赤く不気味な光を放っていた。
「おそらく、森の動物が瘴気に飲まれて、魔物と化してしまったのでしょう」
「祓えるか」
「できますが、動かれると難しい。少しでいいので、動きを止められるといいのですが——」
「分かった。それは任せてくれ」
「え……」
アルトは剣を構えて、魔物へと走った。
魔物も一気に走り出して、アルトに体当たりしようとするが、アルトは魔物の背に手をついて、ひらりと宙返りをしながらそれを躱す。そして、魔物の背面に強い蹴りを入れた。
ピギィィィィィ!!
魔物の声が森に響く。
アルトはその隙を見逃さずに一気に魔物に剣を振った。
アルトの剣と魔物の牙が噛み合うようにぶつかり、魔物の動きが止まる。
「今だ!」
「はい!」
私は魔物の怒りが鎮まるように、瘴気のない元の姿に戻れるように精一杯祈った。胸の奥がじんわりと温かくなる。
すると魔物の体は淡い光に包まれた。体から溢れていた黒い靄が少しずつ晴れていった。
黒い靄の中から出てきたのは、大きなイノシシだった。
アルトがゆっくりと剣を降ろすと、イノシシはブルブルと全身を震わせた。さっきまでの凶暴な様子とは打って変わって大人しくなったようだった。
私は緊張の糸が切れて、その場に座り込んだ。
「ミア! 大丈夫か」
すぐにアルトが私の元まで駆け寄った。
「あはは、大丈夫です。ほっとしたら、腰抜かしちゃいました」
私はさっきまで胸の前で強く組んでいた両手を握ったり開いたりした。手の平には汗をかき、戦闘が終わった今でも、小刻みに震えていた。
アルトはしゃがんで、私の両手を握ってくれた。
あたたかくて大きな手。革手袋ごしではあったが、アルトの暖かさが伝わってきて、手の震えがおさまった。
震えがおさまると、とたん恥ずかしくなって、私はぱっと手をひっこめた。
アルトの顔を見ると、アルトは優しげに微笑んでくれていた。
「あれ…… フードが」
さっきの戦闘でフードがずれたのか、アルトの髪も顔もあらわになっていた。森の木漏れ日を受けながら、アルトのプラチナブロンドが柔らかく光っているようだった。
「綺麗な髪……どうして普段は隠しているんですか?」
アルトは少し眉をあげて、すぐにいたずらっぽく笑う。
「ミアは、俺の髪が好きか?」
私はその返しに心臓の鼓動が早くなった。
「べ、別に好きだなんて言ってません! 綺麗って言っただけで、深い意図はないですよ……」
最後の方はごにょごにょと小声なった。言い訳しているみたいになってしまった。
アルトは口元を押さえてクスクスと笑った。
ピギィ
鳴き声がして、そちらに視線を移すと、さっき浄化したイノシシがこちらを見ていた。私を見つめて、小さくペコリと頭を下げると、森の茂みの中へ走っていった。
ガサ
私の後ろの茂みで音がして、私は後ろを振り返ったが、そこには何もいなかった。
一瞬、嫌な気配がした気がしたんだけど、気のせいかな……
アルトの顔を見ると、アルトもさっき私が見ていた茂みを鋭い眼差しで睨んでいた。




