第2話 灰色の聖女と、フードの冒険者
アルトは私に考える時間をくれた。
「明日の朝、日の出の時間に村から森へ行く。それまでに決めてほしい」
アルトはそう言い残し、私を家族の待つリンゴ畑まで送って去っていった。村の宿屋に宿を取っているらしい。
その日の夜。妹のノアが寝たのを確認してから、私はノアを起こさないよう、そっとベッドから抜け出した。
寝室を出ると、父と母は静かにお茶を飲んでいるところだった。
「どうしたの? まだ、寝ないの?」
母の瞳はテーブルのろうそくの火を映して揺れていた。
「うん…… ちょっと相談があるんだけど」
「今日の男のことか」
父さんは、もう分かっているみたいで、静かにカップを置いた。
「うん…… 明日、森の魔物討伐の依頼を手伝って欲しいって、頼まれたんだ。たぶん……回復係で」
「いつまでだ」
「えっと、明日だけみたい」
父さんはカップの中のお茶を見つめた。
「いいんじゃないか。ミアの好きにしなさい」
「あなた!」
母さんは父さんにすぐに異議を唱えた。
「私は反対です。ミアを村の外に出すだなんて――」
「落ち着け、セレナ。教会の連中に渡すよりは、ずっといい」
「でも、どこの誰だか分からないではないですか!」
「あの男は大丈夫だ。少なくとも、教会の息のかかった人間じゃない」
「それは、そうかもしれませんが……」
母さんは、最終的に押し黙った。
父さんは真剣な目で私を見つめた。
「ミアが決めなさい。お前ももう十七だ。自分のことは、自分で決めていい」
「……うん。分かった。自分でも考えてみる」
* * *
次の日、私は家族の誰よりも早くに目が覚めた。
私の結論は、「アルトの手伝いをする」だった。
不安がないと言ったら、嘘になる。
それでも、私は行くことに決めた。
私の助けを必要としてくれる人がいるなら、だれでも助ける――それが私の信条だから。
家族が寝ているのを横目に、静かに寝室を出ると、テーブルの上には小さなポーチ付きの剣帯と短いナイフが置かれていた。若いころに冒険者していた父が、出しておいてくれたのだろう。
私はいつもの灰色ローブに着替えた。エプロンをすべきかどうかは迷ったけど、ポケットもあって便利だから、ひとまず着ていくことにした。エプロンの上に剣帯を巻き、ナイフを差す。
いつもの恰好と一緒なのに、腰に父のベルトとナイフの重さを感じて、少しだけ胸が高鳴った。
* * *
「ごめんなさい、遅かったですか?」
村の入口には、もうアルトが待っていた。
フードではっきりとは分からないけれど、アルトは私を見ると、ほほ笑んだ気がした。
「いや、待っていない。俺も、さっき来たところだ。行こう」
アルトは静かな足取りで、村の外へと歩みを進めた。
私は深呼吸してから、大きく一歩を踏み出して、村を囲む塀の外へ出た。
父さんではない人と村を出たのは、これが初めてだった。冷たい朝の空気の中、私の足取りはリズミカルに弾んだ。
歩きながら、アルトに聞いてみたいことが次々と頭の中を巡った。
歳はいくつなのかとか。
なんで冒険者になったのかとか。
いつから冒険者をしているのかとか。
そんなことばかりがぐるぐると頭の中をめぐっていく。
聞いてみたいことは山ほどあったけど、聞いていいのか分からなくて、私は黙ってアルトの後ろを歩いた。
「少し、聞いてもいいか?」
「あ、はい!」
アルトが先に話しかけてくれて、私は少し走って、アルトの隣に並んだ。
アルトは一度だけ視線をそらしてから、言った。
「ミアは……恋人はいないのか?」
「へ……?」
予想外の質問だった。
アルトはバツが悪そうに手でグレーのフードを押さえた。
「……俺も一晩考えて、少し冷静になった。昨日は、ミアのことを何も聞かずに、俺の想いだけを伝えてしまったと思ってな」
「え…… 昨日の『君のことが欲しい』って言うのは、その……私を女として見てるってことですか?」
「それ以外に、なにか取りようがあったか」
アルトは、一瞬だけきょとんとした顔をしてから、「なんでそんなことを聞くんだ」とでも言いたげに首を傾げた。
「え、私、てっきり……冒険者としての回復係が欲しいのかと」
私の顔が一気に赤くなり、両手を頬に当てる。恥ずかしくてアルトのことを見れなくなってしまった。
「違う。俺はここに結婚相手を探しに来たんだ。それで、どうなんだ? 恋人はいるのか?」
「い、いませんよ! そんな人」
私は歩調を早めて、アルトより先を歩いた。自分がどういう顔をしているのか分からないけど、頬がすごく火照っていた。
アルトが私の前に回り込むと、手で目深にかぶっていたフードを少し上げて、私の顔を覗き込んだ。
そして、笑顔で、「良かった」とだけ言った。
初めてしっかりと見たアルトの顔は恐ろしいほどに綺麗だった。冬の空のような澄んだ青い瞳に、フードの端にはプラチナブロンドの髪が覗いていた。私より大人のようだけど、その表情は子供のように曇りのない笑顔だった。
「あ、あと、もう一つだけ、確認したい」
「な、なんですか?」
もう、ちょっと心臓がもちそうになかった。
「ミアは、教会の聖女では、ないんだよな?」
私は、アルトのその質問に胸がひくりと揺れた。




